確かめ合う。
どうしたの王子、その鱗!なんで下半身が魚に……人魚になってるの?
「いやあ、見ての通り」
だから、あんな嵐の中、私を抱えて泳いだりできたんだね。
「まあ、そういうこと!それよりこの鱗の色どう?何色がいい?て聞かれたから緑!って答えたら、これになったよ」
「すごくいいよ!浅葱色っていうの?キレイ」
「イレミの鱗は何色だったんだっけ?」
私?私は……え、なんで私が人魚だったことを知ってるの?なんで?なんで?
「イレミ、気が付いた?」
王子の声で目が覚めた。なんだ夢か。目を開くと、そこは砂浜で、辺りは明るかった。海は凪いでいて、水平線の上に朝焼けが見える。嵐は去ったんだね。
「王子……え?」
まだ夢の続き?
「浅葱色……」
私は王子のその脚の代わりに揺らめく尾びれに目が釘付けになる。
「あ。まあ、見ての通り」
夢と同じ彼のセリフ。見ての通りって……見ても全然分かんないよ、何がどうなったのかなんて。
「それよりイレミ。喋ってる!」
「ほんとだ」
どうして。王子が人魚になったから?いや、魔女っ子の『特別ボーナス』発動?
「イレミの声、初めて聞いたよね。もっと喋ってよ」
「え、やだよ。そんなこと言われると何喋っていいか分かんないし、なんか恥ずかしいじゃん」
ふと見ると王子が指の背で目元を拭ってる。
やっぱり。
「やっぱり、あの声の人、イレミだったんだ」
おれの中に熱いものがこみ上げてきた。感慨っていうのかなこれ?
この声。あの時洞窟で瀕死のおれをこっちの世界に呼び戻した、あの心地よい声。
「ありがとう」
おれは言う。イレミは目で頷く。
「私も。ありがとう。夕べ、人魚になった王子に助けて貰ったんだよね?」
イレミの目がおれを映す。手を伸ばせば触れる距離にいる。一緒にいる。本当に幸せ。この声にもっと包まれたい。おれはイレミを抱きしめた。そして
「どっか痛くない?寒くない?気持ち悪くない?」
質問ばかり浴びせてしまった。イレミは大丈夫、と言いながら彼女の身をくるむ毛布を不思議そうに見た。
「それ、ごめんよって思いながら、向こうでサーフィンしに来てた人の荷物から勝手に貰って来ちゃった」
おれが説明すると、彼女は笑った。
「私とおんなじ事してる」
なんのこと?と聞くと、いや別に、と濁され……
不意に彼女は叫んだ。
「ニェミ。ニェミだよ」
なんのこと?
「私。私の名前。イレミじゃないの。ニェミなの」
そうだ……夕べあの人たちからその話聞いたよ。おれの確信に満ちた読唇術、間違ってたんだよね?イレミじゃなくて、
「ニェミ、ちゃん」
なんだか『ちゃん』を付けてしまった。イレミ……いやいやニェミちゃんは、辛いんだか嬉しいんだか分かんない顔で泣きそうに笑った。
「やっと、やっと言えた。やっと」
「そんなに、やだった?ごめん」
「そうじゃないけど、私もイレミな気がしてきてて自然になってたけど、ホントの名前呼ばれたら、いやこんなにいいもんかー、て」
「うわーごめん」
二人してどちらからともなく寄り合ってまた抱き合った。
そして。落ち着いたところで質問された。何故人魚の姿に?と。おれは答える。
「イレミを助けたくて」
それから、夕べ起こったこと……おれが体験した不思議なことたちを全部話した。
まず、花火大会の最中トイレに立った時、イレミの姉だと名乗る人たちに会った。海からおれを呼ぶ声がして、見たら人魚が三人いた。瞬間バリアが張られたようにそこだけ風がやんで、船上と海面を結ぶほんのり明るい空気のトンネルみたいものができた。夢の中みたいなその空間でおれと人魚の姉妹の会話が交わされた。それでニェミという名前を知ったんだけど……本題はそれじゃなかったんだ。
『緊急だからありていに言うわ』
『王子、久留米……?とかいう国の皇女と結婚するの、やめて』
『あなたがニェミ以外の人とカップルになると、ニェミは海の泡になっちゃうの』
三人で代わる代わる捲し立てるお姉さんたちに、おれも初めはなんのこと?と思ったけど、出てくるワード的に事態が深刻なことは分かって、よおく聞いた。
それで、姉ちゃんたちは説明が終わると、『体調が……』『疲れの限界』とか言いながら海に潜っていったんだ。
そこまで言うと、ニェミの表情が険しくなった。
「姉ちゃんたち、大丈夫かな、心配。事情かあって人魚の生命にとって大事な髪を切ったせいで調子が悪いんだと思う。やつれてなかった?」
確かに、彼女らは青い顔をして、しきりに疲れを訴えてた。でも、心配しながらもニェミは話の先を促してきたのでおれは続ける。
姉たちの話を聞いたおれは焦った。すぐにイレミ……ニェミの所に行かなくちゃ!ておもった。それでもう戻っちゃダメだ!て。ここに、この国の王家という場所には戻らない!て思った。
そん時急に天候が悪化して嵐になったんだ。強風が更に強まって大粒の雨が降り出した。パーティ参加者は大騒ぎで船室内に逃げ込む。そして追いかけるように次は大波が船を翻弄した。
おれは、子供の頃から聞かされてきた女王の体験談を思い出した。嵐の夜、女王の乗ってた船が座礁して爆発し、彼女が急死に一生を得た話。その時の話と似てる。多分おれだけじゃなくてみんなが、危機を感じた。
思ったのは、ニェミの部屋は奥の方にある、危ない!てこと。助けよう。でも、おれはプールで25メートルしか泳げない奴だ。自分の命すら守れない。不安に包まれながらもニェミの部屋に向かうけど、揺れが激しくて思うように動けないし、そうこうするうち波が船の中に入り込んできた。絶体絶命って思った時、会った。森番に。
おれも森番も床に伏せてた。彼は何かを抱えて何やらもぞもぞやりだした。そしておれの横で叫んだ。
「私は、おれは女王を助けたい。だから人魚になる。王子もなるかい」
なんだって?おれが面喰らってるうちに彼は変な皿に頭を突っ込んだ。それ、おやじの工房の……家宝の……いやそれよりそんなとこに人間が入るってどういうこと?
「人魚になるなら付いて来な、その間時間は止まるから平気だよ」
そう言い残して森番は皿に吸い込まれていった。瞬間そこに波が被りそうになる。皿が流される!とっさにおれは同じようにそこに頭を入れてた。
嘘みたいにその中に体がするっと入った。
中は海底で、何故かそこをおれは歩いてた。前を森番も歩いてた。夢かこれは?て思いながらもずっと付いていった。
黒い珊瑚の塊の中に森番は入って行った。おれは怪しがって、入る前に外から覗いてみた。森番と向かい合う誰かが見えた。人魚だ。真っ黒な髪、真っ黒な鱗の。
「お前は元人魚、純粋な人間じゃないじゃないか、私が欲しいデータは純な人間を人魚にした場合のものなのに」
黒い人魚が喋った。なんだ、森番が元人魚?そしてその森番が答える。
「だから今日は純人間を紹介するよ」
彼は振り返っておれを呼んだ。




