24時間ぶりの再会
17話の続きです。
嵐の近付く夕方、ニェミ(イレミ)の部屋に行こうとする王子は、女王側近に『航路変更ミーティングに出席するように』と引き留められました。
航路変更のミーティングとやらは五分で終わった。女王側近からの
「天候悪化のため航路を少し変えます。花火は繰り上げて開始プラス巻きで上げる感じで行います、以上!」
という発表で終了。ミーティングというより通達。なんだよ、なら集めなくていいじゃんね。さて、予定通りイレミのとこへ。と回れ右したおれを引き止めるは女王の声。他の者たちは次々と部屋を後にする。おれだけお残りか!?
「あの子は、だめね」
皆が出払いドアが閉まるやいなや母親はおれに言った。
「置いといてあげてもいいかなと思ったけど。やっぱだめね」
あの子って誰?イレミのこと?やな予感。
「だいたいどこから来た子なの?うちの国民じゃないでしょ、国への思いがない。次の港で降りてもらうよ」
「なに言ってんの?イレミとなんかあった?」
母はおれの言葉は聞いてない。一人語りのように続ける。
「あの子は帰るとこはあるのかい」
そんなの、おれだって分からないよ。
「あんたにフラレたらあの子路頭に迷うんじゃないのか」
そうだ、そうかも知れない。ましてや声が出なくて意思疎通の難しい彼女を見知らぬ国の港に捨ててくなんて。なに考えてるんだよ。
「でも私にも人間の情があるから、行くとこ決まってもいないのにムリヤリ捨てたりはしないよ」
なんだ、脅しかよ。おれはほんの少しだけホッとした。次の言葉を聞くまでの一瞬だけ。
「あんたが今夜両国王家の前で皇女との結婚を約束すればね」
遂に。戻れなくなるポイントが来た……?動悸が増して変な汗が背中に滲む。おれはずっと、どんどん潮が満ちていく海岸で岩の上に取り残されたままぼんやりしてたようだ。今、海面にほんの僅かだけ突き出た岩の先端に立って前にも後ろにも身動きが取れない。
「国の王が一人の人間を異国の地に一人置き去りにしたなんて。ばれたら外国に非難されるし。おれ付きの警護係はおれの言うこと聞くんだし、イレミには近付けないよ!」
おれの精一杯のあがきを女王は一蹴する。
「私とお前、王宮でどっちが力あると思ってんの!私と対立したらお前の言うことなぞみんな聞かないわ!」
一応おれは、聞くやつだっている!て言い返した。確かにいるかも知れない。でも、力が及ばないのは確か。悔しいけど。
悔しい?今初めてそんなことを思った。女王との力の差をそんなふうに感じるなんて。
女王が実力行使したらおれはそれを封じられない。それに、国による一個人に対する行為を握り潰すことなんて簡単なのも分かってる。
よく知ってる。おれの存在は、おれの立場は、そういうものの上に成り立ってるってことを。
異国に捨てられたら生きていけないのは、むしろおれだ。
右から順番に、赤、オレンジ、黄色、からの紫まで、虹の花が開いてく。三つの船から打ち上げられる花火。『見事』なんて褒め称えつつも眉の下に影を作る久留米里亜国王一家に、気づいてないのかよ、女王サマ?相手はエコの国なんだぜよ?
リサイクル花火っていう売り込み文句だけど、リサイクルするためのエネルギーがいっぱいかかってる……って言ってたの、誰だっけ?……森番だったかな?
今おれが駆け出して安全確認の手伝いしてるはずの森番のとこ行って『ぅえーい』って乾杯迫ったら、この両国王家の面々は、女王は、なんて言うかなあ。
ああ!トイレ行きつつ、マイナス物思いシャットアウトだ!
会場の隅の暗がりで室内へ続くドアに手をかけた時、誰かが呼ぶ声がした。振り返るが誰もいない。気のせいかと思い再びドアに向かうとまた声に呼びかけられた。どこかで聞いた声。
「あの時の?」
洞窟でおれを助けてくれた声?
いや。似てるけど違う。
「王子」
また聞こえた。海から?おれはデッキの縁まで行って、まさかと思いながらも波うねる海面を覗き込んだ。
*
非常用のぼんやりした灯りのもと、船の廊下を人々が逃げ惑う。雨を避けるために船室に逃げ込んだ人たちが今度は船が沈むことを恐れて外へ向かっている。そして大揺れするたびに床にへばり付いて悲鳴を上げる。皆まったく、目指す甲板への道を進めていない。
私も、絨毯に爪を食い込ませて、耐える。転げながら脇を通り抜けて行った人が壁に激突した。他にも多くの人が同じように翻弄されている。
王子、生きててよ。
しくじった。指が繊維から外れた。私は丸太みたいに転がっていく。止まれ、という一心で何か分厚い板を掴んだ。絶対離しちゃだめだ。顔を上げると、掴んでいたのは扉だったことが分かり、その瞬間私の頭はびちゃびちゃで、目の前には揺れる甲板が見えた。
不意に水の束が私に覆い被さってきた。終わる!船が沈むんだね。何も考えずに扉を捕まえてると、不意に頭が水上に出た。波が引いたみたい。
王子はどこに?もう探せない、もう無理……
今誰かに呼ばれた。どこ?誰?
王子……?
もう一回呼ばれた。耳を澄ませるけどその時また波がかかる。そして引く。さっきより水位が高くなってる。
顔が見えた。船のヘリに誰か捕まってこっちを見てる。
「イレミ。そこにいて」
王子の顔だ。この前会ってから24時間も経ってないのに、何年ぶりかの気がする。そっちに行きたいけど。私もう人間だし、服も水含んで重いし……腕の筋肉も、ピクピクしてる……
既に海と船上が混ざり合ってきてる。次の波が来た。もう限界、手が離れる。
流されかけた時誰かにホールドされた。次に浮力が働いて水面に顔が出た時にはそばに王子の顔があった。
「今度はおれが助けるよ!」
私は気が遠くなりそうだった。王子はそのまま私を担ぎながら船の外へ向かって泳いでいく。
大丈夫なの?王子、25メートルしか泳げないんじゃなかったっけ?
私は朦朧とした頭で考えた。




