嵐 〜やっぱり親子だね!〜
海の中を歩いてたら不意に体がふわっと上がって、頭上に明るい穴が見えた。押し上げられた私の体は天井に吸い込まれるかのようにそこに入って行く。
穴を抜け出ると、船上の私の部屋のテーブルの上だった。床に降りて振り返ると、あのガラスの皿がある。え、私こんな小さい所から出てきたの?信じられない。でも、これが魔法なんだね。人魚を人間にできるくらいだもの、こんなの序の口なのかもね。
部屋を見回すと誰もいなかった。
と思えば、ドアの外に消えかける森番もとい父親の後ろ姿が目に入った。
「おとーさん。どこ行くの」
父は振り返り慌てた様子で再び部屋に入ってドアを閉めた。
「廊下に人がいる。なぜ一森番が王子のお気に入りで怪しい仲の『旧友』の部屋に、て思われちゃう」
「なに、そういう風に思われてんの、私」
「さあ。それより魔女っ子に会えたか。どうだった、契約変更できたか」
そうか、私もともとはただ謝りに行っただけだった。結果契約ましにしてもらったけど。でも説明するのはややこしい、時間がないの!
「ちょっと待って、私出かけるから」
そう言いながら私は父への怒りの涙で崩れてた化粧をパパッと直した。交渉の結果を気にかける父。だけど、今、帰ろうとしてたじゃないの?
「おれの役目は終わったから、邪魔かなと思って仕事に戻ろうとしたけど、人がいるからな」
「邪魔ってなに?謎の発想。ただの冷たい人かと思ったよ」
私は仕上げの口紅を引きながらふと気付いた。そうか、森番の時のキャラと同じか、その時から私が知らなかっただけで中身は父親だったんだもんね。
不器用。
だけど変にアツい。
へんなヒト。
「あ、そうだ!」
最後に、見送る魔女っ子に呼びかけられた言葉。
「魔女っ子、人魚になりたい人間いたら紹介してって言ってたよ。そういうのやってみたいんだって。おとーさん頼めば!魂のさすらい終われるかもよ!」
「そうなのか?じゃなんでお前頼まなかったんだ」
「私はやることがあるから、人間として!」
その時、ざわめきが聞こえた。
宴が盛り上がってるの?ううん、そういう感じじゃない。悲鳴混じりだもん。
船が揺れる。父が警戒したようにつぶやく。
「波、でかいな」
「ちょっと、空間斜めだよ」
「降ってるな。すごい雨だ」
窓が開けられないくらい、まさにバケツの水をかけられているかのようだ。花火は当然中止……いやそれどころか宴やってる場合ですらないのでは?
「あぶない」
私と父が同時に叫んでいた。テーブルと椅子が二人に突進してくる。壁際に逃げる。父親は横をすり抜けた二脚の椅子を掴んで引き寄せ、自分たちの前にバリケードのように構えた。そして言う。
「様子を見て逃げよう」
「非常用ボートに乗るのね」
夕方姉たちに会った時のあれが予行練習代わりになるとはね。
「少なくとも甲板には出ないと。飛び込めば助かる可能性はあるけど、中にいたら」
父の言葉の途中で部屋が真っ暗になった。非常ブザーが鳴る。揺れは続く。怖い。私ホントに人間になったんだ。海をこんなに怖れるなんて。
揺れは激しくなるばかり。思わず父親の腕につかまる。父は何か抱えている。あのお皿?
そうか。こんな時に気付いた!あれは、私たちの色……私たち四姉妹の。
「沈むかも知れない」
父が言った。沈む?この最先端の豪華客船が?
「あの時と同じだ」
廊下に非常用の小さい灯りが灯るのが、壊れたドアの向こうに見えた。ほんの僅か恐怖が和らぐとともに乗客たちの叫びが耳に入ってくるようになった。そうだ、あの中にいるの?
「王子が」
助けなくちゃ。でもどうしよう、もう私人魚じゃない!
「でも今おれ人魚じゃないしな」
横から独り言のような父の声。もしかして、同じ事思ってる?
相手は違えども。
「ニェミ、契約どうなったか分かんないけど……」
じゃ、おとーさんの魂よ、
「生きて!」
「生きろ!」
二人の声が重なった時、弾けた二つの影は部屋を飛び出して右と左に散り散りになる。
「王子!」
私の叫びに
「女王!」
父の声が重なった。




