後継者たちの苦悩
腹が立ってきた。私のこと、そんな調子のいい甘ちゃんと思ってたわけ?あるんだよ私にだって、プライド。
「もとはと言えば私のそういう軽薄さが招いた事態じゃない。そんな反則技使っておバカの上塗りしようなんて思わないよ!」
さっさと帰るつもりだった私だけど、気付いたら体ごと振り返って魔女っ子と正面から向き合っていた。
「馬鹿にしないで」
私がそう付け加えると、魔女っ子は微かに狼狽を見せながらも切り替えしてきた。
「じゃああんたはプライドのために命捨てるのかい?それともそれから逃れるため王子を、人を殺すのかい?その二つのどっちかしかないもんね、今の時点では」
私はハッとした。そうだ。何をしてんだ私。人の命、そして自分の魂を救うチャンスなのに、万策尽きる前に諦めようとしてた。ばかじゃない?まして魔女っ子のこの言い方は譲歩を匂わせてるじゃない。そうだよ、今私がすべきは
「お願い魔女っ子!助けて」
私はまたさっきのように姿勢正しく頭を下げた。さっきは謝罪、今度は懇願。
「お願いします。イヤミは全部取り消す。今後も言いません。実験に使うなら私の髪も上げる、あ、人間の髪は駄目?ああでも、人間としてできることはなんでもするから」
魔女っ子はどんな顔をしてるのかな。私には自分の足元しか見えないから分からない。
ずっと足元を見続けた。そうして閃いた。
「あ、そうか」
まだ頭が高いようね。私は膝を折ろうとした。そこで魔女っ子の心持ち震えたような声が響いた。
「ニェミ、じゃあ」
私は顔を上げ魔女っ子を見た。彼女の切れ長の目は大きく開かれていた。そして口は再びゆっくりと開く。
「王子と別れなさいよ。で、もう会わないの」
それでいいの?
「わかった。そうすれば王子が生きられて私も魂浮遊はなし?」
魔女っ子優しい。どっちみち王子とは永遠の別れだったわけだもん。お互いどこかで生きてるって思えるだけで、随分幸せなことだよ。
ん?なんだか違うみたい、私の解釈。魔女っ子から漂うのはそんな『優しい』なんて言葉が当てはまるようなほのぼのムードじゃない。カッと見開いた目に、眉間のシワ。怒ってる?いや違う、悲しい顔だ。
「魔女っ子何かあったの?」
「別に!」
魔女っ子はそう強く言ってから、腹立つ、と呟いた。それを聞いた私が、何が?と聞くと、
「もう帰れば?」
魔女っ子は半ば叫ぶように言い放った。
「なに、さっきは引き留めたと思ったら今度は帰れって。勝手じゃない。そんな呟くくらいならはっきり言いなよ、卑怯者!」
イヤミは言わないって言ったけど、卑怯者呼ばわりはする。これは意地悪じゃないから。これは……
「卑怯者だって?あんたみたいな根っからのフリーラバーズの家系に生まれたら分かんないよ!」
どういうこと?家系って……フリーラバーって……もしかして?
「魔女っ子、結婚が嫌だとか?」
やっぱカレはタイプじゃないの?
「嫌とか嫌じゃないとかいう次元じゃないんだよ、こういうのは、だからあなたには分かんないって言ったでしょ」
じゃ文句言うな!て言いそうになったけどこらえた。今の自分の立場を思い出したから。それに、だれかと似てる、この魔女っ子のポジション。
「ニェミ、今、じゃ文句言うな!て思ったでしょ」
ドキっとした。分かるの?
「いいよ、言ってくれて。本当だもんね。自分で魔女になって跡を継ぐって決めたのに。そのために必要な結婚だから割り切ることにしたのに」
『割り切れないみたいなのよ、あの子』
女王の言葉を思い出した。
「ニェミの姉ちゃんから聞いたよ、王子の婚約話。自分と重ね合わせちゃった」
魔女っ子はポツリポツリと話し始めた。
「同じ“特別な家”に生れた者同士。王子だけ恋愛させてたまるかって、八つ当たりの気分になってた。魔法に私情挟むなんてプロじゃないね」
王子と、魔女っ子。私の中でてんでバラバラの方に配置されてた二人。すごく好きな人と、いつもやっかみあってる相手、繋がりの全くなかった二つが重なった。へんな気分。
そんな風に私が不思議な感覚に戸惑いを感じてるってのに、目の前の魔女っ子は肩を震わせてるけど。笑いで。なにがおかしいの!目で問い詰める私に彼女は答える。
「あんたボケすぎでしょ、魂浮遊っていつの時代よ?あなたのお父さんの頃の話でしょ。今は人魚と人間の寿命のギャップ埋める技術できてるから」
「だって、人間にしてくれる時魔女っ子言ったでしょ」
「ギャップが出るって?それは海で泳がないといられないとか海水の塩味だけの貝を恋しがる、とかそういうこと。寿命がずれるとかそんな危険な魔法私がかけるわけないでしょ!」
「それって……」
「ニェミの父さんが人間になった頃はそんな中途半端な技術だったの。うちの母親の代だった頃ね。私は違う、そんな危ないことしない」
彷徨わなくていいの?翻弄される孤独な魂で二百年間耐えなくてもいいの!?
「うれし……」
「でも、王子にフラレたら、つまり王子が久留米里亜とかいう国の皇女と一緒になったらあなたが泡になる、という約束は生きてるよ」
え!そうなの?シビアじゃないのよ。
「さっきの、別れたら云々、てのもなし!私はプロだから感情は入れない。初めの契約は貫かないと」
「そこをなんとか」
「むり。あなたが生きたいなら、王子を奪回すればいいんでしょ!弱気になんてなってられないよ!早く帰ってその剥がれた化粧直して王子に突進しな!」
魔女っ子、あなたは岩を打ち砕く冬の荒波のように厳しいヒトね。その勢いに少したじたじとなる。あなたはもう魔女っ子じゃない、立派な魔女だよ。
「特別ボーナスに……」
魔女っ子は照れを隠すように咳払いをしながら続ける。
「王子を奪い返したら、人間界で声を出せるようにしてあげるから!」
え、なんて言ったの?声が出る?王子と話せるの?私が信じられなくて唖然としてると魔女っ子は捲し立ててきた。
「これは私情じゃなくて営業上のサービスだから。じゃ、さっさと帰りなほらー」
そして彼女は私を来た方向に向かせて背中を押した。されるがままに歩き出そうとする私は振り返り急いで声を出した。
「あ、ありがと」
……で、いいんだよね?うん。
そして私は元の世界へと続く道を歩く。来る時も、帰るときも、背中を押された道。行きは父親に、帰りは魔女っ子に。




