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withマーメイド  作者: asanj
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魔女っ子に、物申す!

 視覚的には、本当に海の中にいる感じ。でも水の感触や水圧は感じないから、夢の中で海に潜ってる時みたいだった。水族館のアーチ型の水槽を見て回る時とも似た感じ。

 私は人間になってから初めて、海の底を歩いてた。父親から案内された『肺呼吸可な』海の道。今私は、両脇を垣根のように珊瑚に囲まれた海底を歩いてる。ここには海面からのかすかな明かりが届く。今、夜じゃなかったっけ?

 見覚えのある黒い珊瑚の塊が現れた。魔女っ子の棲み家だ。私はその漆黒の珊瑚を掻き分けて突き進んでいく。奥歯を噛み締めると、目がよく開いて頭が冴える感じがした。

「ここまで辿り着いたね?」

 魔女っ子の背中が言っていた。そこに垂れる髪の黒色は、ホントに濃い。腰から下は真っ黒な鱗と一体化して見える。

「ということは、あなたのお父さんと感動の親子対面でもしたってわけ?それとも王子の持つあの魔法のお皿を手に入れて自力でここへのルートを見つけたのか?」

 鱗を翻して振り返る魔女っ子。白いマットな肌は相変わらずだけど今日はなんだかいつもと違って健康そうに見える。頬が色付いてるからか。

「チーク塗るの上手くなったじゃない、魔女っ子!」

 字面的には褒め言葉だけど、語調が強くなって『前はヘタクソだった』ということを匂わせるイヤミみたくなった。いや、これが自然かな、彼女とはお互いにこういうのが挨拶代わりだ。

「婚約が決まったから?相手はよほどイケメンなのかしら?」

 魔女っ子の政略結婚の相手、魔力は一流、顔は……というウワサの魔男子。

「ふん、自分が王子と破局寸前だからってやっかんでるの」 

「男は顔より魔力、て?相変わらず余裕がおありだことー!」

 魔女っ子は、私の言葉に顔をしかめてから、再び身を翻し紫のイソギンチャクに肘を掛けた。そして首元の黒い真珠を弄りながら今日は何の用で?と問う。

「助けてもらいに来たのかい?」

 私はキッと目を上げて気を付けをする。深く息を吸う。

「それはないけど。イヤミを言いに来たわけでもない、それはごめん。あと昔いじめてごめん。それを一言言いに来た」

 私は気を付けから礼をしながら、多分真摯に言った。

 魔女っ子の肘が珊瑚から滑り落ちそうになった。拍子抜けしていた。

「何を言う?」

 私は顔を上げた。そして魔女っ子をまっすぐ見て続ける。

「すっかり忘れてたの。魔女っ子の家が栄えてて、そこに預けられてた頃私たちがいじめられてたことだけ覚えてて。その後の、立場が逆になってからのことが自分の中でなかったことみたいになってて」

 魔女っ子は鼻白んだだような顔をしてる。当たり前だ。

「熱帯魚とのあいの子ってバカにされてた私たち姉妹の鱗が急に時代のマジョリティになって、ちょうど同じ頃あなたんちは魔法が流行らなくなったと同時に勢いなくしたよね?その波に乗って私たち調子に乗りすぎて魔女っ子きょうだいをいじめたよね?本当にごめん」

 私は時には姉たちも誘って、魔女っ子きょうだいに対し、海中では海藻でトラップを張ってぐるぐる巻にしたり、陸では栄養合成のため干してる髪に砂をかけたり、時にはシャチを手懐けて彼女らを追いかけ回したりもした。私たち姉妹が網の中で味わった提灯アンコウやウツボの怖さに匹敵する、いやそれを上回るくらいの恐怖や不快感を味わったに違いないよ。中でも自分で恥ずかしいのは、魔族特有の姿を、流行ってないからってバカにしたこと。

「その黒い鱗も……大人になった今は、神聖な祭事を執り行う者の証、それを示す厳かな色だってことがよく分かった」

 そこで私が言葉を区切っても、魔女っ子は表情を変えずに微動だにしない。居心地がよくないけど、伝えたいことは言う。

「魔法はすごい、て思う。交換条件は意地悪だけど!ものすごく!」

 つい張るトーン。魔女っ子の眉がピクリと動く。いつもの私だったら快い手応えを感じる。でも今は真面目に話したいからそういうのは慎む。

「でも私も迂闊だったよね、契約をよく確認しなくって。それに私には人間になることを選ばないっていう選択もあったの。そこをあえて選んだんだから。自己責任だってね。はあ」

 うっかり独り言みたい語尾になってしまった。あ、そうだ、もっと言いたいことがあった。

「あと魔法はすごいよ。素晴らしすぎるよ。だって人魚が人間になって、人間と交流できちゃうんだもん。楽しかった」

 私の言いたいことは全部言った。どう受け止めるかは魔女っ子次第。しかしその当人は固まったようにずっと同じ姿勢、同じ表情で尾びれをヒラヒラさせるだけだった。ヒレは半透明なんだな、と私は今更ながら気付いた。

 暫くの時が過ぎた。動いているのは、海底に照らし出された揺れる海面の波と、たゆたうモノトーンの平たい魚たちだけ。

 魔女っ子、言うことは特にないということだね。

「じゃあ。さよなら」

 私は踵を返し、来た道を引き返そうとした。

「ニェミ」

 しばらくぶりに魔女っ子の声を聞いた。

「どこ行くの」

 海上から届く光が心持ち翳った。

「帰るんだよ、船に」

「それでどうすんの」

「……言いたくない」

 私は足早にそこを去ろうとした。一歩足を出したところで、背中から声を被せられた。

「ああほらあニェミのことだから、『なんとかして〜、契約変更して〜』って泣きつきにきたかと思ったよ!」

 なんで慌ててるの。別れ際にイヤミ言っとけ、というわけ?

 

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