海の魔法
体の寿命は人間並み、つまり順調に行けば八十から百歳くらい?それでいて魂の寿命は人魚並み、ということは二、三百歳?
そのギャップの年数はどんな風に過ごす?といえば、一時的な体験者がここに一人。今さっきその人の恐ろしい体験談を聞いた。
そして、私もその人と同じ運命を辿る予定。
揺らぐ。覚悟を決められたのも、ただ泡になるだけと思ってたから。死ねば全てが無くなって苦しいことから逃れられる、て思ったからだもん。でも実際待ち受けてる運命はそんなのだなんて、耐えられないよ。
でもまって。それはずっと人間でいる場合だよね。てことは。
人魚に戻れば……自動的にそれは起こらないんだろうね。体が二、三百年もつから魂とのギャップなしだもん。
人魚に戻れば……イコール
王子を、犠牲にすれば?
「今、何を考えた?」
父の言葉に私は少し動揺する。心によぎったものを見透かされたようで。
「ひどいやつだ、なんて思わないよ。おれもおんなじだからな」
そんな言葉はなんだか痒くて、振り払いたくなる。私は父親から視線を反らしてから抑揚を取り除いた声で言った。
「魔女っ子にコンタクト取れる?どうしても会いたい用があるんだけど」
魔女っ子には、人間になってから会ってなかった。深海にはもう行けない体だから。でもどうしても一言だけ言いたいことがあった。
「あるよ、肺呼吸可の深海への道」
そんなものがあるの?
「おれたちの時代は魔族と普通に交友関係あったからさ、アフターケア用?じゃないけど人も通れる道作ってくれたんだ。おれが海からいなくなった後、魔女家と一般人魚との間にいろいろあって、魔女っ子の代になったらサービス悪くなったらしいけどな」
とにもかくにも私はすぐにそこへ案内してくれるよう頼んだ。頷いた父は神妙な顔で、さっき自分がテーブルの上に置いた木箱を開けて例のガラス製の皿を取り出した。何やってんの、急いでるって言ってるでしょ?
美しい器をそっと卓上に置いた父は、おもむろに箱のフタの内側を手で探り始めた。と、そこには何か内袋が取り付けてあったらしく、手品のように父の手の上にもう一つの綺麗な貝殻が現れた。なに?こんな仕掛けがあったの。
こんな時でも、やっぱりこの彩りには見入ってしまう。瑠璃色、パール、金、アクセントで虹色が入って紅という順に色分けされた外側の筋。そして内側は、金の粉をはたいたように偏光が煌めいてる。
そのまま父は卓上に置いてあった貝の皿にその隠し貝殻を重ねた。
「フタと対だったんだ、それ」
ピタッと口を閉じた貝の上にそっと掌を置く父。そして目を閉じ呼吸を整えた後ゆっくり貝を開いた。その隙間には碧い闇が見えた。私は声を失った。
二枚貝の中には深海が広がっていた。
「ほれ」
父は私の顔を見てそう促す。ここに入れってこと?
「こんな所、頭だけがかろうじて入るかどうかってサイズじゃない」
「いいから、ほら」
父は私の背を軽く押し貝に向かって屈ませようとする。それに身を任せ私はそこに首を差し込んで中を覗いた。これは本当に海の中だ。
「そうそう、そっちにいる間は人間界での時間は進まないからな」
その父の言葉を背に私は一気に藍色の世界に吸い込まれていった。




