体はなくなる。魂だけ浮遊する。
「ここのカーブが甘いな」
気付くと森番……改め父は、自分が水を飲み干した後のグラスに見入っていた。出来がイマイチなのか?今そこなの?関心を向ける所が。私がそう思って脱力してるのを見ても彼は悪びれなかった。
「これは駄作だ。こんなのを使うなんてまだまだ見る目ないな。王子のセレクトか?」
「そんなにガラス工芸命なの?」
「まあな。でも今はもっぱら森に転向して、寝ても醒めても植樹とロッジ作りだ!」
あなたが凝り性らしいという事は、そしてその時々に応じてその対象が柔軟に変わるという事がなんとなく分かりました。
「そもそも森番になったいきさつは?あとその体の本当の持ち主は?」
私の問いに対し父親は、またさっきと同じように何から話そうかと思案したあと、ゆっくり口を開いた。
「おれ死んだだろ?」
「王子のお父さんの時の話?熱中症で……っていう」
「そうだ。人間は短命とは聞いてたけど、まさかその短い平均寿命の半分やそこらで終わってしまうとはな。無念だけど、まあ自然現象だから仕方のない事だ」
「そうだね、ただでさえ人魚よりうんと短い一生なのに。私も人間になる時にその点については少し考えたよ。でも、好きな人と一緒にいることの方が大事だもんね」
「だろ?そうだろ?」
父は嬉しそうに言った。そんな所で意気投合?私たち、そこだけ似てるのかしら。
「でも、その後が問題だった」
父に一瞬だけ浮かんだ笑みが消えた。
「体は死んで終了したけど、中身……魂は終わらなかった。その時分かった、人間にしてもらう時に魔女が言ってた言葉の意味。体は人間に変えられるけど、魂の構造は人魚のままだ、だから色々とギャップが出るって」
え、どういうこと。
「それって、体は人間的な寿命で死んでも魂だけ人魚並みに生き続けるってこと?ということは……二、三百年は生きるってことでしょ?」
父は頷いた。そして苦渋を滲ませた顔で続ける。
「そのうち空気の流れに乗っておれは森の中の小屋に入り込んだ。はら、お前らがパンケーキ食べた所。そこで、ホントの森番の入ったこの体が、床にこぼしたコーヒーで滑って転んだ。それでシンクの角に頭ぶつけて倒れた、そしたら……出てきたんだ、奴の魂が、この体から」
『この体』と言いながら父は自分の胸を押さえた。
「それって、打ち所が悪くて、死にかけて幽体離脱みたいな……」
「そういうことだろうな。それを見た瞬間おれは、今だ!今を逃したらもう後はない!って反射的に感じて、考える間もなくその留守になった体に入ったんだ」
「それで森番の体を乗っ取ったってことね」
私の『乗っ取った』という言葉に対し、父親は弁明するように続けた。
「そうしないとおれの魂は何百年も彷徨い続けるはずだったんだ。実際死んでからしばらくはその辺を漂ってた。すごく辛かった。自分の意志で動けないし、かと思うと突然風に吹き上げられてくるくる回ったりして。そうすると体ないのに目は回るんだよ。人間の宇宙飛行士の訓練ってこういうのかなって思った」
私も、宇宙飛行士の訓練を始めた主人公が苦しんで吐いてる映画を見たことがある。
「しかも、よく怖い話に出てくる幽霊とは違って、人間にはおれの姿見えないんだ。おれがいくら話しかけても気付かない。寂しいよ。女王にも王子にも、おれの存在認識されてない、ショックだったよ」
父親はその時を思い出して寒気を感じたのか、身震いをしながら卓の上の自作のグラスに目を落とした。
私はふと気にかかったことを問うてみた。
「それで元々入ってたホントの森番はどうしたのかな、成仏できんのかな?その後見かけたりした?」
「分からない、見てはいない。おれみたいにそこらを彷徨ってるのかも知れない。それかもしかしたら別の誰かに入ったってこともあり得るし……」
それって……
「永遠に続く椅子取りゲームみたいなもんかもな。もちろん罪悪感はあるよ。でもあの彷徨ってる状態にまた戻るなんてゾッとする!それは考えられない。でも本当の体の持ち主に申し訳ないという気持ちはある。毎日葛藤だよ。何かに熱中でもしないとどうにかなる」
「その今の体の寿命が来たらどうすんの、また別の人に憑くの」
「……そうだな。あとニ、三人は乗っ取り被害の犠牲者を出すかも知れない」
繰り返すの、『椅子取りゲーム』……
身勝手!
とは、私は言えなかった。だって。
「……私もそんなような事言われた、魔女っ子に……」




