恋に走るその男、職人。
「まあ飲んで」
私は戸棚から二つのグラスを取ってテーブルに置いた。そして冷蔵庫から出した水をそこに注ぐ。一つは森番に渡し、一つは自分が口を付けた。
二人が水を飲んでいる間、部屋には沈黙が流れた。私は疑問をまくし立てたいのをこらえてた。森番の感情をあまり刺激すると筋の通った説明をしてもらえないようだと分かってきたから。すっきり解明したいからこそ、喰らいつくのは我慢だよ。
だから、喉を通る水でクールダウンされる彼の顔を確かめてから、はやる気持ちを抑えてゆっくりと促した。
「では、順を追ってどうぞ」
「うーんと……どこから話したら……」
森番……の体に入っているというこのヒトは、明解に言葉を紡ぐことに半ば苦しんでいる。今までの、生真面目で忠実な臣下っていうキャラは仮面だったとしても、口下手って部分は、ある意味素なようだね。
「この体はある意味三つ目の体だ」
彼はやっと軌道を見つけたように話しだした。
「コレの前が、王子の父親であり女王の二番目の夫。その前は……人魚だ。ニェミたち四姉妹の、父親だ」
やっぱり私の親だというの?でも
「実感ないけど、そんな若いのに父親って言われても。だいたい私たちの父親は死んだはず。うちのお母さんも言ってたよ、人間の船の事故に巻き込まれて……って」
私がそう言うと森番の口が再び重くなった。まただんまり?そして追求するとキレる流れ?ため息が出そうになるのをこらえた。ちゃんと聞きたいから。そうしたら、
「わるい」
は?唐突に謝られて私は戸惑った。
「いや一応先に謝っとく、と思って」
やな話かも、と胸騒ぎがした。でも逆に気になってくる。先を促した。
「あの時、事故にあった船に乗ってた人間を助けた」
うん、そこはそう聞いてる。
「それが、女王だった」
そうなの?まさか、じゃあ……
「そう、そん時おれは女王に、ま、一目惚れを、した。で、助けたその足で魔女の所に行って……その頃は今の魔女っ子の親の代だったが、それに頼んで人間にしてもらったんだ。で、王宮の人らの反対を押し切って女王と一緒になった。そんでガラス工芸にハマってな。ムリヤリ婚だからおれ宮殿のやつらにも嫌われてるし、女王忙しいしで退屈なのもあって、いつも工房でいろいろ作ってたのよっ」
語りがバツの悪い部分に来て気まずいのか、彼はやけに早口になって間を置かずにここまでしゃべった。そしてパッとグラスに手を伸ばし一気に水を飲み干した。
この人が、私の、私たち姉妹の、父親なの?胸の中にモヤモヤしたものが湧いてきた。自分がどんどん俯いてくるのがわかった。
なんなの、そのあっさり感、一目惚れしてな、とかさらっと一言で流しておしまい?だいたい、あんたを信じてたんですけど、母親は。私たちもだよ。今まで伝えられてきたあなたへの見解はどーなるんですか!?それよりなにより、
「人間にしてもらう対価として記憶を渡したって言ってたよね?」
「そうだ。だから人魚の時のことは忘れてた」
子供や恋人のことを忘れてまで、なりたかったのか、人間に!
「でも思い出したんだよ、偶然お前ら姉妹を見ちゃったから、宮殿の裏の岩場でな」
見たの?私たちを?全然気付かなかったよ。
「まず、人魚だ!てびっくりして、それぞれの顔を見たら不思議に親近感が湧いた。で次に鱗が目に入ったら、頭に雷が落ちたようにハッとした。うちの子だ!って分かった、全部思い出した。珊瑚礁で、孵化に近づいてどんどん大きくなって綺麗な色になってくお前らを、毎日見てたなって。まさにあの色と同じだって。そうだった、できないかなって思ってたけど奇跡的にできた子供だったんだよなあ、て」
顔を上げると父親が手の甲で目元を擦ってるのが見えた。おっさん、泣いてるの?なんだか調子が狂って、怒りもへにゃんとしぼみかけた。
「すぐ四人の前に出て行って話しかけようと思った。でもブレーキがかかった」
「なんでよ」
私は怒り復活、責める口調が戻る。
「これじゃ自分勝手の上塗りになる、て思ってな」
「勝手って分かってんならさっさと謝ればよかったじゃないの!」
「いや、なんと言うか……女王には出会った時から子供がいた、そう王子だ。そん時おれは王子の新しい父親になってた。人間が人魚に会ったら、生きては帰れないって通説だ。おれはまた子供を捨てることになる。同じことを繰り返したくなかった。これ以上拡大したくなかった、被害を」
「被害与えたって、分かってるんだ!」
そう。あんたがいなくなったお陰で、私たちの深海ネグレクトが起こったんだ。トラウマものなんだから!
「お母さん寝込んでるのに呑気に人間に一目惚れだって?ばか!あんたが子育て放棄したから、私たち魔女家に預けられたんだよ!そこでどーやって育ったか知ってるの?真っ暗な海底に閉じ込められて放置されて、魔女っ子たちにいじめられてきたんだから!」
そこまで息もつかずに訴えた私は喉がもう枯れそうだった。いつの間にかの涙生産に水分が取られたせいかも?父親は自分が呑気に泣いてる立場じゃないってことに気付いたのか、すっかり乾いた目で直立していた。何も言わない。まあそれが一番ましな対応かもね。
私は涙を拭ったやわらかティッシュを見る。パーティ用に塗ってた焦茶とパールがこびり付いていた。
間抜けな現実だな。
ふっと気持ちが軽くなった。深呼吸をしてから、空になっていた自分のグラスに威勢良く水を注ぎ、喉を鳴らして飲んだ。それこそ漫画みたいにゴクゴク鳴った。
「ぷはあーっ」
グラスから口を離して思い切り息を吐いたら、父親とやらと目があった。彼は口角が上がるのを必死にこらえた様子で涙袋に力を入れていた。
「なんデスか」
「いや、我が娘ながら豪快だなと思って」
「笑うんじゃないよ!ネグレクトおやじ!」
とびきりに冷たく言い放ったつもりだったけど、語尾が緩んでしまった。笑わないでよ、釣られるじゃない!
「言っとくけど、王子の前ではもっと勢い抑えてるから!」
と、言いつつあんまり変わんないかな?と首を傾げ、まあいいや、と思うと私も頬が緩みそうになった。
「それより!話の続きは?」
気を引き締めるように私は父に問いかける。




