溺れた助かった恋した。
ことのあらましは……
公務が立て込んで行き詰まると、海へ出る。だいたい早朝。
目的地は、小さな洞窟へ続く浜。この前溺れて流れ着いた場所。その時初めてこんな洞窟があるのを知った。生まれた時からこの地に住んでるのに、将来自分が主になる城の真裏なのに。
それは叔父である王弟の舟で夜釣りに出た日だった。舟の上で食べるイカの旨さを体で表現してた……要はふざけてたおれは、まんまとバランスを崩して海へ落下。叔父は慌てて助けの手を差し伸べてきたけど、夜の暗さ、そして着衣という悪条件下ではおれはそれを掴めなかった。お忍びだったから警護も薄い、まんまと溺れたってわけ。
で、流されて行き着いた地がこの、城から目と鼻の先の隠れ家洞窟だった、と。
ぼんやりと残ってる。意識が戻りかけた時の記憶。
呼吸が苦しい。息しなくちゃ!でも息の仕方ってどういうんだっけ、どういうんだっけ?焦る。
遠くで優しい声がしてた。女の人の声。でもくぐもっててよく聞こえない、なんて言ってる?助けてくれるの!一生懸命耳を傾けてたら、『深呼吸して!』と聞き取れた。深呼吸?うんそうか。おれは大きくゆっくり息を吸って、吐いた。そうだ、呼吸ってこうだった、これこれ。一気に楽になった。
それと入れ替わりに今度はもの凄い寒気が来た。歯をガチガチ鳴らしながらそれに耐えてると、声がどんどん近くなったきた。なんて言ってるのかは分からないけど、その音は……音質、音階、響き、リズム全て心地よかった。それを聴いてるうちにだんだん震えも治まってきて、ほんわり体も温まってきた。そのままおれは眠った。
洞窟の入り口から差し込む仄かな明かりでおれが目覚めた時、そこには誰もいなくて、朝霧だけが立ち込めてた。おれは、なんか健やかなる?ていうのか、清々しい、てえのか、神聖なる……ていうと言い過ぎだけど、とにかくいい気分だった。疲れはあったけど、飲んだ水を吐きたいムカつきもなかったし。
生きてた!ていう喜びと、朝に向かって辺りが明るくなっていく感じが重なって、晴れ晴れしい気持ちだった。
だからかな、ここ、気に入った。
それ以来、忙しさや宮廷の揉め事対応なんやでモヤモヤする度に、ここに来たくなる。
それに。あの時の声。本当に人がいたのか幻聴だったのかは分からないけど、あの声の主に会えるかも、ていう期待も持ってたかな。
その日も、朝もやの中、すっきりを求めてそこへ向かってた。
砂浜を歩いてたおれの前に白い影がふたつ浮かび上がった。
それは貝殻。
のブラジャー。をした……
ふあふあの琥珀色の髪を持つ……
かつて岩陰に見た人魚。
でも違う。脚を持ってた、彼女は。シーツのような巻きスカートみたい布の裾からは確かに白い素足が覗いてた。
彼女がおれの目を見た時、確信した。
あの声の主。
彼女の、おれを映す澄んだ亜麻色の瞳。そして薄紅のさす透明な肌。そこから放射状ににじみ出るエネルギー。それを、もっとずっと浴びてたい、とおれは思った!
思った!
思った!
「ウチ来ない?」
気付くとおれは背後の崖の上にそびえる宮殿を指差してた!
次回、船上のたわむれへ。