最後の宴が始まる
暗い夜空にパッと開く、咲くと同時に散りだす花。あとはただ星みたいに欠片になって消えていく。
人間が海辺でよくやってる花火大会。実は人魚たちも毎年みんなで見てるの、沖の側から。
船の上で見るのは初めて。こんな間近だと火の粉がかかりそう、迫力満点ね。
なーんて言ってもいられない!
この宴の夜が終わるまでに、決断を下さなきゃならないのだから!
風と揺れをものともしない素振りで笑いさんざめく人々。私はその間をすり抜けて歩く。当てもなく。
見知らぬ紳士にシャンパンを勧められた。受ける。飲み干す。立ち去る。そんな私、無愛想でごめん!通常だったら、にっこり笑顔で答えるのだけどね!今は一人で考えたいから。
王子はどこら辺にいるんだろ。ひとりになりたいと言いつつ、気になっちゃう。
その時、遠い遠い所に、女王が久留米里亜の人と談笑してるのが見えた。あの人でしょ、この荒れ狂った海の上で花火を予定通り強行しようといったのは。ほら、煙が風に流されて空はどんどん白くなる、せっかくの花火見えなくなってるでしょ。
なんか疲れちゃったな。
考えたくない、なにも。重い、重いよ、何もかも。
王子を殺すのも。
自分が死ぬのも。
……姉たちの思いも。なんて、ああ、勝手。やな奴。こういう自分が消えるのが一番いい。そう、最初からそのはずだったんじゃない。そういう取り決めで人間になったんだもの。私が聞き逃してただけで。自業自得!
はい終わり。決まりました!
私の寿命は今夜まで。それまで何も考えない。
最後の晩餐。ご馳走並んでる、お酒もいっぱいだよ。最後に食べたい物ってなんだろう……陸の世界ならではの、ローストビーフ?チーズ?鴨?お酒プラスオリーブ塩漬けコラボ?……違う。全部灰色に見える。
不意に、歓声が上がった。大きなスターマインが上がったみたい。ちょうど風向きの加減で煙が邪魔しなくなってよく見える。
はあ、うるさい。私は急に人々のざわめきを騒音のように感じ始め耐え難くなった。そばにあるワインをさっと手酌して一気に飲み干すや早足で自室へ向かう。
真っ暗で静かな部屋に入って、ベッドに腰掛ける。体がだるかった。そのままじっとしてると、微かに宴のざわめきが聞こえてくる。それを振り払うように私は海の方に耳を澄まし波の音を拾おうとした。
そこでノックの音が。まさか王子?いや期待するな、侍女かなんかでしょ、だからドキドキするなって私。
部屋の照明を付けてドアを開ける。と、そこに立っていたのは森番。
「ああ、なに」
そりゃそうだよね王子なわけないか。ついおざなりな口調になる、ごめん森番。そしてまた声出てるよ私。やっぱり変だよね?私は『人間の前では声が出ない』はずなの。
「ね、森番ってさ」
なんて聞こうかな、と考えた一秒くらいの間に、彼の方が用件を切り出した。。
「これ、王子からのことづけです」
彼がそう告げながら差し出してきたのは、どこかで見覚えのある木箱。これは……
「ちょっと、入って!」
私は森番を部屋に入れ、ドアを閉めた。ここに置きます、と言って森番は箱をテーブルに置く。これ、あれだよね、お父さんの工房で見た……家宝?というか王子が勝手に自分の代から家宝にしようと思ってる……
開けてみると、やっぱりだった。
二枚貝の貝殻をモチーフにしたガラスの皿。カレの義父の作品。改めて見ると、本当に王家の家宝と言われても納得しそうな逸品。
これを渡すって、どんな意味が込められてるの?どういうこと?
「で?森番、王子はなんだって言ってるの?手紙とかも付いてないの?」
森番は首を振る。
なんの説明もなく?へんなの。私は腕組みをしてガラスの皿を見下ろした。考えながらもいつの間にかその美しさに見入ってしまう。
沈黙を破ったのは森番だった。
「価値のある物なので、当分は自由に暮らせるでしょう」
それを聞いた私は腕を組んだまま眉一つ動かせなかった。でも、心の中は今夜の天候と同じ…。
震えた。
感情のダムが決壊した。
「手切れ金ってこと!」
こんなもの!目の前の皿を両手で掴み、壁に向かって振りかぶる。
やめろ!と空気をつんざくのは森番の声。体ごと飛んできて私の手から皿を奪う。
バランスを崩しよろめいた私はテーブルに手を着く。森番は皿を守るように抱えたまま受け身のように床に倒れ込んだ。倒れながら叫ぶ。
「このバカ娘。おれの傑作だぞ、」
皿を抱えた手を緩め絨毯の上で呼吸を整える男。立ちすくむ私。
なんて言ったの?バカ……はまあこの際置いとくとして、『おれの』って?
森番は何事も無かったように立ち上がり、皿をテーブルの上に置いて言った。
「嘘でした。これをあなたに渡そうとしたのは私の一存です。勝手に工房から持ってきました」
そのあとは、私も森番も口をつぐんで沈黙が流れた。




