人生の海路、それは迷路!
王家の一人息子なんて窮屈じゃないかって?
全然自由。
だって絶対王政の時代でもないし、政治仕切らなくていいし。儀式の多い月は忙しいし、たまには宮廷人事なんかで悩ましい事態にぶち当たることもあるけど、大抵は何となく何とかなるし。けっこう適職かも?なんて。
進学、恋愛、結婚、縛りがあるんじゃないかって?
いやいやおれ学校とかどこでもいいし。でほら、あの中二ん時の改心で真面目にカテキョに付いて勉強するようになったしね。
職業選択できなくっても気にしない。王子やってそのうち王になる、て初めから決まってれば、『うん分かったやるよ』って素直に受け入れるし。
宮殿は住み心地いいし、側近とも仲いいし、同級生も宮廷に出入りしてる奴多いから会えるしね。
「じゃあさ、下町の市民女子なんかと大恋愛に陥っちゃったら、どうすんのさ」
はいボーイズトーク中必ず出て来る質問です。で、対して毎回繰り出す答え。
「そしたら家出て旅人になるから!おれ王宮住んでるくせにどこでも寝られる体だから。災害ボランティアにも行ったじゃん」
ああ。今、まさにその状況。でも、
たびびと。なんて、どうすりゃなれるんだろ。具体的に何すりゃいいんだろ。準備は?謎。
あれは船上パーティーの日取りの決まった頃……
「すごい豪華なフルーツ籠。どうしたのこれ、誰から?」
金糸の織り込まれたリボンで括られた、盛大に南国フルーツの盛られた籠。おれもイレミも侍従の運んできたそれの美しさと異国情緒に見入ってる。
「久留米里亜で獲れた果物です。皇女からのお礼とのことです」
久留米里亜。皇女。その響きでおれとイレミの間の気温が下がった。0.5度くらいかな。
お礼ってなんだ?侍従はメールも来てるはずって言うから、その場でチェックしてみた。
「え、なに?ハーブの種のお礼だって?なんのことだ」
添付の画像を開くと、小さい鉢の上で芽を出したかわいいハーブがある。心当たりなし。別の人と間違えたんじゃない?業務的返信とかを事務的にさばいてる秘書が間違えちゃったってこと、おれも今まで一回だけあったし。
「女王はご存知でしたが……」
やられたよ。息子に代わっての気が利くプレーしてくれてる。
隣のソファに掛けているイレミは無機質な目でフルーツの彩りを眺めてる。
「婚約者に送られたハーブの育ち具合を見てもらおうなんて、睦まじいことですね」
言葉がすぎるぞ。
って目で咎めたら、侍従はさすがに気まずそうに礼をして下がった。かき回すだけかき回して!
「婚約者じゃないから!皇女、ていうか久留米里亜王室一家とは国の付き合いで会っただけだし。他の国と一緒!」
イレミに対する自分の言葉が言い訳っぽくて更に焦る。
イレミが呆れたように席を立つ。部屋を出る。
追いかける。
「おれ、送ってないよ!ハーブなんて」
イレミ。遠のくの早い。
ええ?速い速い、なんで泳ぎだけじゃなくて走るのも速い?あっという間に廊下の突き当りまで。二百メートルくらい差をつけられてる。
あれ、宮殿ってそんなでかかった?
待ってー。廊下の床がアップダウンする、揺れる、なにこれ。走れない。
夢か。
いつの間にか寝てたんだおれ。船の揺れがこんな夢を見させたのかな。しけてるのかな。窓を開けると、水平線と空が溶け合いそうな、どんよりした眺めがあった。どっちに暮れる日があるのか分からない。
あのハーブ贈り事件があって、なし崩しに流れたんだよなあ。
イレミとの間で、家宝のガラスの皿の初盛りは南国フルーツで、て方向で決まりかけてたやつが。
細く開けた窓をすり抜けた風がピュる、と音を立てる。嵐が来るな。
そうだ、『嵐見舞い』に行こう。イレミの部屋に!ここんとこ少し気まずさありだったけど、会いに行く理由が、できたよっ。
「王子」
勇んで廊下に出た途端大臣に呼び止められた。
「これから航路変更についてのミーティングしますので。十分後に女王の部屋に集合です」
「え、いいよ女王出るんならおれいなくていいじゃん、忙しいの今!」
「他国の、王室一家を招いての航海です。船の安全には国の信用がかかってるんですよ」
大臣は眉を釣り上げる。このヒトは女王の重臣。このヒトの言葉は女王の言葉。
……仕方ない、さっさと切り上げればいいか。




