ヘタレで勝手なオトコ心、と、言いたい放題ガールズトーク
王子……!
あれ?おかしい。
また声が出なくなってる!なんで。さっきは確かに森番と話せてたのに。
思わず振り返ると、そこにいるはずの森番の姿はなかった。油売ってるところを王子に見つかるとうまくないから?にしても逃げ足速い、生真面目そうに見えて、なにげにヤリ手ね。
「イレミの姿が見えないから探しに来ちゃった。今コーヒーブレイクになったからさ」
王子はそう言いながら私の手を握った。捕まえた、て言ったほうがいいかもしれない。この頃、私の姿が見えないと必死な様子さえ見せて探しに来る時がある。そういう時はたいてい焦ったように言うの、
「絶対、皇女との婚約は阻止するから」
「待ってて」
そう言いながらも今日この『実質ヨメお披露目パーティー』の日を迎えちゃったじゃない。こっから覆すの?できるのホントに!
私はポーチから手帳を取り出した。今、練習してるんだ、この国の字を。この想い、不安、そして叱咤激励を、書いて見せよう。
ペンを構えた手が止まる。
……分からない。ええと、うーん……うわー
『うん』
結局私は、単語ひとつだけを書いたメモを王子に見せた。
今夜はその『実質お披露目パーティ』第一夜。
仕方ない、パーティーは出てあげるよ。あげるっていうより、ひとりで狭い部屋で鎮座なんてしてらんない。なんかソワソワ感で、じっとしてられないから。じれったいんだって王子!
今夜はぱーっとやっちゃって自分、て自分に言う。人間のドレス、かわいいしね。人魚の貝ブラもセクシーでいいけど、スカートってさあ……我ながら似合う。今夜のドレスは、虹色がかったサーモンピンクのオーガンジー。この裾の重なり……いい!
王子がくれるの、毎日。服とか水着を。『旧友』ってことになってる私にね。……
人魚時代も人間になってからも、パーティーは嫌いじゃない。毎回、声の出ない私は壁の花になっちゃっても仕方ないかって思いながら出る。でもさ、ほら、この笑顔と舞いで、みんなが集まってくるでしょ。
とは言っても、どんなに気の合う子を見つけても、面白い話を聞いても、どんなイケメンに持ち上げられても、私は両国王家の席の方が気になってしまうよ。ああ、あっちはもう見ない。決めた!もっと飲め自分、もっと華やげ!
*
船の上。夜も更けて、やっとやっと宴という公務から解放された!
「おれ本当に旅人になりてえー」
ずっと放ちたかった叫びを、彼女の部屋で迸らせた。ドア閉めるや否や。
うつぶせのまま動かないイレミ。あれ?小さいとはいえ灯り付いてるから、起きてる!て思って浮き足立って来たのに。
「そんなに呑んだ?」
まさかパーティーでナンパされていいの見つけちゃった?まさかね。いやいやネガ妄想消せ!
さっきまで虹みたいに舞ってたドレスがベッドサイドに脱ぎ捨てられてる。おれは黄色いキャミソールを着た彼女の両腕の下に手を差し込んで掻き毟った。いつまで寝たフリしてられる。お、イレミが小刻みに震えてる。笑え、笑いながら……
「おれを旅に連れてってー」
ねじれる彼女の体。いてえ!前頭部に鈍い衝撃。効く。なんか骨まじりの平手の感触。
ひらりとベッドから舞い降りたイレミ。おれを咎めるように立ちすくむ。ツルツルの脚。ほんとに鱗付いてたの?おれの見間違いだったのかな。
逃げるように右向け右で歩き出したイレミは、ぐるっとベッドの足側に回りこむ。それでそのままうつぶせのおれの腿の上に座った。
「重……軽い」
真摯に言い直したおれは寝そべったままベッドの下に腕を伸ばしてそっとドレスを拾い上げた。そして丁寧に埃を払った。今までイレミが服やアクセサリーを雑に扱ってるところは見たことなかったのに。
ふいに尻が解放された。イレミは立ち上がって卓上のおやじ手製の水差しを取り、そこから直に水を飲んだ。勢いよく飲んだせいで、一筋顎から首に伝っている。
まずいな、荒れてる?おれはしおらしくベッドから降りて床の上のドレスを手に取った。そして再び軽く埃を払ってハンガーに掛ける。それからそれを優しくまっすぐに整えた。
振り返るとイレミはいつの間にかベットに潜り込んでいた。向こうを向いて頭頂部だけを毛布から覗かせている。
「水もらうね」
返答はない。もう眠った……はずはないよね。おれは椅子に掛け、これまたおやじ手製のグラスに水を注いで飲んだ。
おやじ……。『新』おやじ……。おれにとっては顔も知らない本当の父親よりも『新』の方が『ホントのおやじ』だ。
おやじが生きてたら、なんて言うかな、このおれの体たらくを見て。得意の『自分でやれ』かな?ああ、思い出し笑いなんてしてる場合じゃないだろ、おれ。
にしても、おやじだったら、どうするだろうなー、こんな危機。
体は、酒の利尿作用と喉からのアルコールの蒸発で渇き切ってたようだ。異様に旨く感じる水を飲み干したあとおれは立ち上がった。イレミは微動だにしない。一歩ずつ近づく。寝てる?寝てない?
分からない。おれはそっと毛布に手をかけて彼女の脇に滑り込んだ。そーっとそーっとね。それは、起こす気はないよ、ついでに怒らせたくはないよ、の合図。
彼女はベッドの真ん中よりやや向こう側に寝てて、こっち側におれが一人入れる分くらいは空いてた。まだ大丈夫、イレミの中におれの入るスペースはある。
少しだけ安堵して、いつの間にか眠った。
*
「朝早く目が覚めたら、もういなかったけどね」
船が停泊してる間に、姉たちを呼び出しておしゃべり。ストレス解消よ。私たちは人間たちみたいに電話だとかを使わなくても、口笛で何百キロも先とやり取りできるの。人間になっても、吹き方は忘れなかったみたい。
「へぇー。一緒に毛布被って寝るって、どんな感じだろー」
「あったかいよ」
「陸の生き物ならではの行動ね」
「私たち人魚には『寒い』って感覚が滅多にないからねー」
「極の方の海に行った時くらいね」
そうか、確かにそうだった。もう暑さ寒さの感覚があるのが当たり前になってたな。
「なんかさー」
私はいつもの筏に寝そべっていつもと違う旅先の入江の風景を眺めた。
「王子政略結婚して、このままの関係続くってのも、いいんかなあって気がしてきた」
「なに、言ってんの」
「あなたそれ言ったら負け犬でしょ」
「まだ全然余力あるのに白旗?ダメ!」
一、二、三番目の順で姉ズが畳み掛けてくる。ああもう、落ち着いて。焦るは負けよ。
「だって形式だけの結婚だし!それにあんな気が合う人人間界でも人魚界でもいないもん」
「形式って言ってもあんた、国王と不倫なんて、ばれたら大変なことよ」
そんなこと言ったって、
「でももしよ、結婚阻止したとして、じゃあ自分が一国の王の后なんてものになるのか?って。議会のカタブツおじさんに見張られながら、外交とか公式行事とか、やるの?て。いやだあー。できると思う?」
「そ、それは……」
答えに詰まる長姉。いいよ、はっきり言って。
「ムリね」
キメた二番目。でしょでしょー。
「でも、今の婚約者と破局になったとしても、すぐにイレミと、てわけじゃないし、その間にマナーとかを……」
前向きに行こう!な長姉。そうしたら、三番目は情緒系に攻める。
「そんなんより何より、他の人と夫婦してるなんて、嫌じゃないの?王子はなんて言ってるの、それに関しては!」
「なんて、て言われると、なんだろ、曖昧……?相手のことはいい人、でも恋愛になれない、とか。でも王族の結婚ってのは恋愛なんてないのがフツウ、とも言ったり……かと思うと、だから王族やめたい、旅人になりたい、て言ったり……なんだろうね」
「ダメー」
「さいてー!」
「優柔不断ー」
二、三の姉はさえずりだす。しまいには、
「人魚に戻りなよもう。帰ってきなよ」
なんて。私も、そんな気があるわけじゃないけど流れに乗っかって、はっきりしろー!ばか王子ー!なんて騒いで見せたりする。こうやって大声で笑える、この瞬間だけは幸せで楽しい。
あ、いけない。恋バナに夢中で大変な事件の報告と相談忘れてた!声が出たこと!あと森番がなんか不審なこと!
「そうそう聞いてよ……」
でも、私の話題転換の声を長姉の怒鳴り声がかき消した。
「あんたたち、ふざけすぎ!」
真剣な怒声に、私たち三人はぱたりと黙る。
沖から湿った風が吹いてきた。やっぱシケるなこれ。




