隣のテディのお弁当
シリーズ化しようと思います。
お昼ごはんを通して、食べるの面倒くさいガリガリちゃんと、食べるの大好きくまさんがお友達になるお話。
ハイスクールごはんライフ第1弾
四時限目終了のチャイム。同時に昼食の時間が始まる。しかし、私は教科書とプリントを持って図書館に向かっていた。
私の名前は、薮崎紗々。学校の昼休みは、いつも図書館で過ごしている。そこで私は、その日出された課題をやったり、図書館の本を読んだりして過ごす。
お昼ご飯は、食べない。
私は「食」というものに全く興味がなく、食べ物を知ることはおろか、ほとんど食べることもない。そのせいか、私は165cmの身長に、体重が40kgという痩せすぎを心配されるほどの体重になっていた。心配した家族に病院へ連れて行かれたこともあるが、拒食症の診断も出なかった。本当に、ただ「食」に興味がないだけ。今は美味しい物がたくさんある季節とかいうけど、私にはどうでもいい。
図書館に入って、いつもの席に座ろうとした私は、受け付けカウンターの向こう側にある机にランチバッグを見つけた。
「誰のかな……?」
ランチバッグを近くで見ると、黒を基調としたもので見た目はコンパクトだ。持ってみると結構重いから男子のものだろうか……そう思いながらランチバッグを持っていると……
「あっ! 薮崎さんが俺のご飯とった!」
体の大きい男の子が出入口で声を上げた。
男の子が心外なことを言ったものだから、私は慌ててランチバッグを机に置いた。
「違うよ! とろうとしてたんじゃないの。忘れ物かと思って……」
「お昼休み始まったばかりだよ?」
「そうだよね、ごめんね森野くん」
彼は森野瀬和。隣のクラスの男子で、うちのクラスの男子によると身長は172cmで、体重は95kg。その熊のようにずんぐりした体型と、彼の名前が有名なぬいぐるみの由来となった人物に似ていることから、隣のクラスでは「テディ」と呼ばれていて、クラスメートからも先生からも人気者だ。いつも図書館にはいないんだけど、今日は何でいるんだろう?
「森野くん、いつも図書館にはいないのに……」
「今週、当番なんだ。俺」
森野くんは笑ってそう言った。座れば?と言われたので、森野くんの向かいに座らせて貰うことにした。
森野くんはランチバッグを開けながら、私を見た。
「薮崎さん、お昼は?」
その質問にも慣れてしまった。私はいつものように答えた。
「アタシ食べないんだよ」
そう答えたら、「ちゃんと食べなよ」と言われるだけで終わ――――
「どうして?」
「え……?」
森野くんに聞き返されて、私は戸惑った。だって、こんな事なかったから。だって女の子が「ご飯はあまり食べない」って言ったら、ダイエットだと思ってその話は終わるものでしょ? 本当の理由を言ったら、それこそ家族と同じように余計な心配をされそうで面倒だから、親友にも先生にも言ってないのに。森野くんはそんな私の心中を考えずに続ける。
「ダイエット……なわけないか。薮崎さん、むしろ太る必要がある体型だしね。薮崎さん、まさか………食べるのが面倒くさいとかじゃないよね……?」
森野くんが責めているわけじゃないことは目と口調で分かった。でも自分が「食べない」理由を当てられて、私は動揺した。
森野くんはランチバッグから中身を全部出した。円柱の魔法びんと、手のひらサイズの正方形の容器が二つ。森野くんは未だに私から答えを聞くのを諦めていないようで、私は仕方なく口を開いた。
「私、食べることに全く興味がないから」
「興味……?」
「うん。だから、家庭科の授業も取らなかったし、食べ物のことを知ろうとも思わない。興味ないことに時間を費やすのも面倒くさいって思ったら、食べなくなったって感じかな。家で夕飯は食べるよ。食べなかったら、それはそれで面倒だから」
森野くんは、私をじっと見つめていたけど、理解を諦めたように笑った。
「うーん……まぁ死なない程度なら食べなくてもいいと思うよ。面倒がなくなれば、食べるようになるんだろうし」
いただきまーす、と森野くんは語尾に♪がつきそうな調子でお弁当箱を開けた。
その中身に、私は目を奪われた。
あざやかな黄色の卵焼き、照りのある大きなミートボール、薄切りになったカボチャのソテー、ポテトサラダに、ピックにトマトとキュウリが交互に刺さったもの。それらが二つの四角い容器に色鮮やかに入っている。そして、魔法びんにはつやつや輝く白いご飯。こんな綺麗で美味しそうなお弁当が男の子のものだと信じられなくて、「それ誰が作ったの?」と思わず口に出していた。
「ん? 全部自分だよ? 作る人いないし」
最後の言葉に引っかかりがあったけど、森野くんの手作りだということに、全部吹き飛んでしまうほど驚いた。
呆然としている私の目の前に「ハイッ」とシルバーのコップが出された。口をつけると、それはトマトスープだった。
「うん、美味しい」
「これはインスタント」
森野くんは悪戯が成功した子どものような顔で笑った。森野くんは中栓を外して、ステンレス製のボトルに直接口をつけてスープを飲んでいた。
「よかった。いらないって言われたらどうしようかと思った」
森野くんは笑ってそう言った。けど、私はあまり彼の言葉が頭に入らなくて、じっと彼が食べる様子を見ていた。
彼は、この十分足らずのやりとりで私を変えてしまった。今まで、テレビで高級グルメや超人気のスイーツを紹介されても一切興味を示さなかった私が、なんの変哲もない普通のお弁当から目が離せなくなったんだから。いや、それだけじゃない。強引で、勘がするどい一面を見せたかと思うと、のんびりした一面も見せてくる。
よく分かんないけど、このちぐはぐさが彼の魅力なのかなって、青春ドラマみたいな事を思ったりもした。
私がスープを飲み終えたタイミングで「薮崎さん、ハイッ」とフォークを差し出された。森野くんの行動に察した私は「いいの……?」とフォークを受け取った。
「じゃあ、コレ……」
私は、卵焼き一切れをフォークで刺して口に入れた。卵焼きは、冷めていてもふっくら柔らかくてジューシーだ。甘い味付けだけど、出汁のような味もする。
「美味しいね」
自然と口角が上がったのが、自分でも分かった。
「ホント? 他のも食べていいよ~」
素直な感想を述べた私に、森野くんはニコッと笑って、四角い容器を私の前に出した。
「えっ? でも……」
「いいっていいって!」
森野くんはニコニコしている。おかずは少し無くなってるけど、それでも彩りあるお弁当は美味しそうで。
「うん……じゃあ……」
流石にミートボールは申し訳ないから、ポテトサラダを少し掬っておそるおそる口に入れた。舌触りが滑らかで、だけど、ホクホクした小さい塊もある。こちらもマヨネーズだけじゃないような甘い味付け。随分前に食べた、胡椒の効いた母のポテトサラダとは違う味だった。
卵焼きとポテトサラダは男子の料理とは思えないほど繊細で美味しかった。甘めだったから、森野くんは甘い味付けのおかずが好きなのかな、と思いながら森野くんにお礼を言ってフォークを返した。
「ありがとう、美味しかった」
「どういたしましてー」
森野くんはお弁当箱を片付けながらフォークを受け取った。
「薮崎さん、ご飯食べれたよ!」
「いや、拒食症じゃないからその言い方はおかしい」
「そっか!」
一通り笑って、私は足を組み替えた。
「でもさ、」
森野くんは丸い大きな瞳で私を見ている。
「まだ面倒なのは抜けないかな」
言うのが後ろめたくて、視線を下げると、一瞬だけ静かな時間が流れて、「じゃあさ、」と優しい声が聞こえた。
「薮崎さんの弁当、俺が作るよ」
「えっ……?」
思わず顔を上げて森野くんを見つめる。
「俺の弁当には食いついてくれたでしょ? 興味がなくて、面倒くさくて食べないなら、興味が湧いたものなら食べるのかなって思ったから」
「でも……そんな、悪いよ……」
流石にそれは申し訳ないと思って断ろうとする私に、森野くんは笑顔で言う。
「大丈夫だよー。一人分増えても変わんないから。明日も図書館に来るでしょ?」
どうやら断るという選択肢は貰えないようだ。けど、私の中にも、断るという選択肢は無くなっていた。
やっぱり―――。
森野くんはなんだか不思議な子だ。
「じゃあ、明日、お願いします」
「了解で~す」
私の言葉に森野くんはにぱっと笑って敬礼した。
いつの間にかお昼休みが終わっていたみたいで、予鈴が鳴った。
「あ! チャイム鳴っちゃったね」
「うん、急いで戻ろっか」
二人で図書館を出て、別棟の教室まで戻る。「次、数学だ~。やったぁ!」と森野くんは嬉しそうに歩いている。
私はまだ学校が終わってないにも関わらず、明日が待ち遠しかった。
「ふふっ」
森野くんがその熊さんみたいな大きい体で、キッチンを動き回る姿がありありと浮かんで、思わず笑ってしまう。
「あれ? 何で薮崎さん笑ってるの?」
森野くんは目を丸くして、不思議そうに私を見つめていた。
ありがとうございます!