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第9話:傭兵稼業で一稼ぎ

「それでは、ここでお別れね」


「ああ、世話になった!」


 名残惜しい瞬間である。

 ここはガルム帝国と東部諸国の境界線。

 マギーと別れる場所だ。

 彼女は黒貴族とかいう、世界を牛耳る悪魔の頭目とは思えぬほど気さくだった。

 思えば随分世話になったものである。

 そのどれもが、命がけのイベントだったが、過ぎてしまえばいい思い出だ。


「心を鬼にしてスパルタで接した甲斐があったわね。出会った頃は青二才だとばかり思っていたけど、いっぱしの男の顔になったじゃない」


「そりゃ、伊達に何度も生死の境を潜ってないからな。マギーには、ひどい目に遭わされてばかりだった気もするけど、もともとマギーに連れ出されなかったら俺は死んでたからな。それに比べりゃ天国だよ」


 するとマギーは目を見開いた。


「天国って言う言葉を知っているのね。随分前に私たちが言葉狩りで滅ぼした単語のはずなのだけれど。ふうん、まだまだカイルには秘密がありそうね?」


 やばい。

 この世界には、天使とか天国と言う概念が無いのだ。

 うっかりしていた。

 前世の記憶と言うやつが、こうして気を抜いていると、口を突いて出ることがある。

 口は災いの元だ。


「まあいいわ。伊達に一月も一緒に旅していないしね。貴方に二心が無い事はよく分かっているわ。眠っている私に手出ししようとして何度も断念したものね」


「うぐっ、ど、どうしてそれを」


 どうしてもこうしてもない。

 相手は黒貴族。悪魔の頭領なのだ。

 彼女はまさに、小悪魔といった表情の微笑を見せると、最後に背伸びして俺を抱きしめた。


「元気でね。私、カイルのように元気が子が好きなの。それに……貴方はもっと深く、世界に関わって行きそうだわ。短い間だったけれど楽しかった。ここ百年で最高の娯楽だったわ」


「そいつはどうも」


 これがマギーなりの照れ隠しだと知っている。

 俺は彼女の細い背中を抱き返すと、しばらく彼女の体温を感じていた。


「マギーってさ、結構人間臭いところあるよな」


「長く生きてきたもの。その時々で起こる事を楽しむ余裕を持たなくちゃ、とてもまともでいられないわ」


 そういうものだろうか。

 むしろ、長い年月で感情が磨耗してしまいそうなものだが。

 マギーは表情豊かで、ちょっと皮肉屋だが、よく笑った。俺の記憶にあるマギーの表情は、数え切れないほどだ。


「じゃあ、行くわ」


「普通逆だろ? でも、こういうのはおかしいかもしれないが、頑張って」


「ええ、その言葉だけであと百年は頑張れるわね」


 ひらひらと手を振ると、マギーはパチリと指を鳴らした。

 出現するのは、ゲートの魔術。

 悪魔だけが使うことが出来る、こことは違う場所へ一瞬で跳躍する移動の魔術だ。

 次の瞬間には、マギーの姿は無かった。

 俺は少しだけ余韻に浸り……。


「そろそろ行くか」


「おいっ!!」


 そいつを台無しにされた。

 背後には、浅黒い肌の男が悪びれない顔をして立っている。

 こいつはダレン。

 悪魔の血を受け継ぐ一族の男で、獣のような姿に変身する事ができる。

 遠縁に当たるのが聖王国の騎士団にいるとか言っているが、眉唾物である。

 俺と、砂塵の国アルジャスで死闘を繰り広げた凄腕だが、色々あって今は同行する事になっていた。


「ったく、なんでお前なんだよ。色気がないなあ」


「あんた、色気がある組み合わせならすぐに食っちまいそうだよな」


 ダレンはしれっとそう言う事を言う。

 言下に否定は出来ないのだが、他人に言われると腹が立つものである。


 俺たちはここからラクダを売り、その金で馬を買って乗り換えた。

 色気のない男二人旅である。

 ダレンは元々、遊牧をやっていた民族の出身らしい。

 その民族と言うのが、ディアスポラよりさらに北東に住んでいて、かつてはイリアーノと戦争をしたり、随分な権勢を誇っていたのだそうだ。

 イリアーノは十字軍めいた東征をやったり、遊牧民を支配下に加えようとしたり、古い時代のガルムの王朝をコントロールしたり、実に歴史を好き勝手にいじってきた国だ。

 因果応報というか、今はすっかり北部諸国の中の一国という地位に甘んじている。

 暁の星教団を有しているから、まだ世界の中では発言権があるようだがどうだろう。


 このダレンも、俺がイリアーノの第三王子だなんて話したらいい顔はしないんじゃないだろうか。

 今も神聖プロイス帝国を認めないとかで、戦争状態だしな。


 俺たちはガルムから、セブンの街道に入る。

 入った途端に俺たちは仰天した。

 なんとも整備された街道だったのだ。

 石で道が敷き詰められているとか、一体どういう冗談だろう。

 どこまで続くか分からないほど長い街道が、歩き易いように石畳で舗装されている。

 一体どれほどの金が投じられたのか。

 気が遠くなる。


「これは……とんでもないな。俺はアルジャスに五年ばかり滞在したが、以前にはこんなもの、影も形もなかったというのに……」


「一度に大量の人間を使って整備したようだな。周囲の村や町に工事を依頼して雇用を作って、反対させないようにしたってことだ」


 一時的な雇用だろうが、それによって道が整備され、人々が頻繁に街道を行き来するようになる。

 そうすると、今まで畑ばかりだった町や、辺鄙な場所にあったはずの国が宿場町としての役割を果たすようになる。

 そこに市場が生まれるのだ。

 セブンの街道。

 神聖プロイス帝国の宰相セブン。

 あの男がこれを作り上げたのだとしたら、とんでもない奴だ。

 そんな男を相手に、イリアーノは戦争を仕掛けようとしているのだろうか。


 俺とダレンは、とりあえずお互いが知る情報について交換しあった。

 俺は海の向こう、北部諸国連合の話。

 ダレンは山の向こう、遊牧民の国から、ここ五年の聖王国地方とガルム帝国地方の話。


「聞けば聞くほど分からなくなる……。そのセブンと言う男は、一体どこから現れたのだ? 俺が東原(とうげん)から出てきた頃には、そんな傑物、欠片も存在しなった」


 東原は遊牧民たちが暮らす、ステップ地帯のことだ。

 この世界では、東の世界の果てとも認識されている。


「俺だって同じさ。北部諸国で暮らしていたが、突然神聖プロイス帝国を建設すると宣言したのが、セブンと言う男だった。宰相になるまで、奴の話など誰も聞いたことが無かったよ」


 一体何物なのか。

 宿場町で、二人顔を突き合わせ、それなりに地域色豊かな料理に舌鼓を打ちつつ、話題は実に色気の無いセブンの話。

 だがまあ、男と一緒というのは、飯や旅情に集中できるからいいのかもしれないな。


「なあ、妙に傭兵が多くないか?」


 ダレンに言われて気づいたのは、次の町に入ってからだった。

 町と町の間隔はそれほど離れていない。

 集落と呼べるような大きさもあわせれば、半日も歩けば次の人里にたどり着く。

 宿場町は大きな街と一体化しているから、それらの間隔は馬で半日ほど。

 この間に、武装した傭兵のような連中を良く見かけるようになっていた。


「確かにそうだな。しかし、傭兵と言うよりは、なんていうのかな。統一感がないぜ?」


「傭兵ってのはそういうもんじゃないのか?」


「いや、さすがに限度があるだろう。たかだか四、五人の集団なのに、実に得物のレパートリーが豊富だぜ」


 言うなれば、そう、俺の前世の記憶で言う、冒険者と言うやつだ。

 彼らは街道をパトロールしたり、ちょっとした旅人の揉め事を解決したりして金を得ているようだった。

 その誰もが、黄色い狐の金属飾りをぶら下げている。


「ああ、あれかい? 黄金の狐って傭兵たちさ。細かい揉め事から、山賊退治、お使いに魔物の討伐と、なんでもやってくれるんだよ」


 ちょいとお高いがね、と続けるのは、俺たちが入った飯屋の親父だった。

 この店の豆の煮込みは絶品だった。

 白い米が欲しい。

 だが、米なんてのはガルムでしか作っていない。ここはあきらめて、ぼそぼそするパンに煮込みを載せて食うのだ。


「美味いな」


 アルジャス料理とは違った味付けに、ダレンが目を細める。

 そうだな、あるものはあるもので楽しんだほうがいい気がする。

 俺もパンに齧り付いた。


 数日ほど街道を旅する。

 当初予想していたよりも、はるかに順調な旅路である。

 足場が良いと言う事は、これほど旅を楽にするのだ。

 それに、黄金の狐とやらが目を光らせているためか、街道の治安も実に良かった。

 黄金の狐が賊に変じる危険もあるのではと思ったが、どうやら連中はディアスポラの傭兵ギルドで、他の傭兵ギルドと軽く反目しているらしい。

 自分達が問題を起こせば、鬼の首を取ったように騒がれるので、そいつが腹立たしいがために規律を守っているのだと。

 そういう意識の高さは自浄作用も生む。

 黄金の狐の中で犯罪を犯したものは、組織内の身内狩りを専門とする連中に追い詰められ、狩られるのだとか。

 おお怖い。


「おいカイル」


「なんだ?」


 その頃には、俺とダレンは名前で呼び合う程度には親しくなっていた。

 俺は十六で、ダレンは二十六と、十も年齢が違うのだがまあいい。


「俺たちも黄金の狐とやらになって稼ぐのは、手じゃないか?」


「なんだって」


 その発想は無かった。

 俺たちは今現在、アルジャスからの親書をディアスポラの支配者に届けると言う仕事を負っている。

 こいつが終われば、俺たちは晴れてお役御免。

 つまり天下無敵のプー太郎だ。

 次の仕事を見つけておくのは、確かにいいかもしれない。


「それじゃあ、再就職先は黄金の狐にしておくか」


 そう言う事になった。

 順調すぎるほど順調な旅路は終わり、俺たちは傭兵王国ディアスポラへ到着する。

 なんというんだろう。

 街のイメージは、イスラム国家だ。

 色とりどりの鮮やかな建造物が、乾いた空気の中で揺らいでいる。

 この辺りは暑い。

 実に暑い。

 街の人間たちですら、外に出てきていないのだ。


「おい旅人さん。この時間帯に外を出歩くのは自殺志願者だぜ」


「上手い客引きだよ、全く」


 俺たちは、冷たい茶を出す店に誘われて入っていった。


「はい、お二人さんご案内」


 出された茶は花の香りがつけてあり、たっぷりと蜜が沈んでいる。

 こいつを小さなしなる木の匙でかき回していただくのだ。

 井戸水で冷やされた茶は、ほどよい冷たさだった。

 出された、やたら甘い焼き菓子をぼりぼり齧る。


「美味いな」


「お前どこ行ってもそればっかりだな」


「アルジャスはああ見えて、食の種類は多くなかったからな」


「ああ……砂漠のど真ん中だもんな。育つ作物も限られるよなあ……」


 ダレンはなんでも美味そうに食う。

 あんまり美味そうに食うので、店のおっさんが気に入って、よく分からない肉の串焼きをおまけしてくれた。

 得をした。


 ちょっと日が翳ってきて、道に人の姿がちらほら。

 俺たちも串焼きを齧りながら外に出た。

 日陰になると、湿度が低い国と言うのは実に過ごし易い。

 どうやら殺人的な日射の時間が終わったようで、これからがディアスポラにとっての昼の時間なのだと。


 人を乗せた人力車も行き交う。

 ここに来ると、また荷役動物は馬からラクダになる。

 ラクダ馬車やら人力車を避けながら歩いていると、見えてくる豪華な建物。

 ディアスポラ王宮だ。


 俺とダレンは入り口で、兵士に親書を見せた。

 蝋で封がされているが、押されている印でどこのものなのかは分かるはずだ。

 少しして、偉そうな奴が出てきた。

 紋章官だろう。

 紋章を見分けて、親書なんかの真贋を見定める人間だ。何気にこういう時代には重要なのだ。


 俺たちは王宮に通された。

 王宮は風が通る構造をしていた。

 実に涼しい。

 夜になると冷え込むため、上に巻き上げてある分厚い(とばり)を下ろすのだという。

 しかし、廊下を飾る磁器といい、床を彩る絨毯といい、なんともアラベスクな魅力に満ち溢れた都である。


 俺はイリアーノは大概、この世界では都会なのだと思っていた。

 とんでもない。

 イリアーノなど蛮族もいいところだ。

 本当の文化はこの傭兵王国にあった。


「では、確かにアルジャスの親書を受け取った。ご苦労だったね。君たちのお陰で、戦争は避けられたのだ」


「どうもどうも」


 ディアスポラ代表の一人だと言う、神経質そうなスネクという男性に親書を手渡した。

 彼の他には、妖艶なお姉さんが同席している。

 どうやら彼女も、代表の一人らしい。

 是非一晩お願いしたい。


「私に会いたいなら、双尾の猫までいらっしゃいな? たっぷり可愛がってあげるわよ」


 あっ、俺のエロ視線を見抜かれていた。


「そりゃ、カイル。お前は最近ひどく飢えた目をしているからな」


「そういうダレンは平気なのかよ」


「年齢の差だな。十年も長く生きていると、多少なりと抑えられるようになるものだ」


 このほとばしる若さが憎いぜ。


 ともかく、俺たちは国からそれなりにまとまった額の金を受け取り、ついに無職となった。

 この世界の人間の三割くらいは常に無職なのだから、別に恥じる事も無いのだが……。


「行くか、黄金の狐」


「うむ」


 ダレンの提案に、俺は重々しく頷いた。

 だが、我が足取りはままならず、ゆっくりと繁華街の方に……。


「分かった。明日にしよう」


「助かる」


 察しのいい男は本当に有用だ。

 ダレンはまさに食い倒れの街、といった屋台街へと消えていく。

 俺は繁華街というか、歓楽街に消えていく。


 結論から言うと、あのお姉さんにはお相手してもらえなかった。

 だがスッキリである。

 俺もダレンも、別々の意味でツヤツヤしながら黄金の狐に向かった。


「登録したい」


 俺たちの願いに、受付の人はひょいっと顔を上げた。

 あまり目つきのよろしくない女性だ。

 睨むように俺たちを見る。


「これにどうぞ」


 差し出されたのは木の板だった。

 こいつに俺たちの名前やらを掘り込む。

 受付嬢は、俺たちが返した板に、取り出した粘土をぐりぐり押し付けた。


「はい、粘土に手を載せて。そう、ぎゅーッと。はい、終わり」


 俺とダレンの手形が取られた。

 そこに、後ろからおっさんがやってくる。

 彼は何かごにょごにょ言うと、俺たちの手形と、木版の写しが入った粘土板が薄く光った。

 これで登録完了らしい。


「はい、これが貴方たちに対応する登録証」


 そいつは、裏に番号が刻まれた黄色い狐型の金属板。

 何をされたのかよく分からないが、これで俺たちも黄金の狐の構成員……まあ、冒険者のような者ということだ。

 ちょっとウキウキしてくるじゃないか。


「なかなかいいもんだな」


「うむ、俺たちも定職についたというわけだ」


「仕事は自分で探さないといけないけどな」


 俺たちは無駄口を叩きながら、ぶらぶらと人が集まっているところに向かう。

 ここは、パーティを組むと言うお約束のところだろう。

 さて、綺麗どころが欲しいところだが。


 ……野郎が多いなあ……。


「女で稼ぎたい奴は、みんな双尾の猫に行っちまうからなあ」


 カウンターで飲み物を頼むと、ウェイターをしている兄ちゃんがそう教えてくれた。


「双尾の猫って、娼婦のギルドだと思ってたんだが」


「女版の傭兵ギルドでもあるんだよ、ありゃあ。女じゃなきゃできない仕事も多いからな。なんで、黄金の狐に来る様な女はお察し、さ」


「なんてこった」


 俺は天を仰いだ。

 ダレンが笑う。

 だが、俺は諦めないのだ。

 容姿はともかくとして、パーティに女の子がいるという事が大事なのだ。

 半日かけて、ギルドへやってくる女子を探していたら、いた。いたいた、いましたよ。


 周囲からは、腫れ物を扱うようにされている。

 誰も寄り付かない女子二人組。

 周りの連中の気持ちは分かる。

 何せ、異種族なんてものが存在しないこの世界で、あの二人は明らかに人間ではない形をしていた。

 一人は耳の上辺りから、短い角が何本も連なって生えている。肌の色は薄い紫色。うん、異形だ。顔は結構可愛いし、胸だって大したもんだ。

 もう一人は小柄で、髪は真っ白。だぶっとしたローブを身に纏っていて、明らかに魔術師といった風体である。いわゆるアルビノという奴だろうか。肌の色は薄ピンク色で、目玉は黒目の部分が赤い血の色。


「一人は俺と同じ、半悪魔だな。面白い事に、俺たちは親が同じでも、違う形質が現れる事が多いんだ」


 ダレンが解説してくれる。

 なるほどである。ダレンは一見すると人間と変わらないが、任意で獣人の姿に変わるから、彼女たちよりもよほど異形とも言える。

 感情が高ぶりすぎると獣人に変わってしまう性質もあり、普段は務めて感情を抑えているのだとか。


「よし、お誘いしに行こうぜ」


「お前は本当に女好きだな。半悪魔だろうとお構いなしか」


「まあ、黒貴族や聖王女だろうと、オールオッケーだな」


 偽らざる本心である。

 俺は彼女たちのテーブルに向かうと、二人の視線に入る辺りに立って、テーブルに手を突いた。


「つかぬ事を聞くけどさ、君たち二人きり?」


 俺が声をかけた時の反応は見ものだった。

 彼女たちがじゃない。

 周りの連中だ。

 ギョッとして目を丸くし、俺を凝視している。

 こんな異形な連中に関わるのが珍しいんだろう。

 外見なんざ個性だ、個性。


 紫の肌の娘は、しばらく俺を凝視していたが、ふっと後ろを振り返った。

 誰もいないことを確認する。

 そしてまたこちらを見て、首をかしげる。

 おずおず自分を指差す。


「それ、もしかしてうちに言っとる?」


「そう」


「ひょええ」


 可愛らしい悲鳴を上げた。


「見てみい、アン! うちらだって捨てたもんじゃないて!」


 似非関西弁みたいな喋りだ。これはこれで可愛い。

 アンと呼ばれたアルビノの少女は、目をぱちくりとさせた。

 白くて分かりづらいが、睫毛が長い。

 とても繊細な顔立ちをしている。


「明日は、ディアスポラは雪かも、しれない」


 ぼそぼそっと言った。

 ダレンが首をかしげている。

 ばっかお前。これすげえ反応いいんだぞ。

 頭ごなしに拒絶しないんだから、明らかに脈ありだろう。


「俺たちさ、仲間を探してるんだよ。今見ての通り男二人だからさ、そっちも女の子二人で、ちょうどいいかなって思ったんだよね」


「ほへー。兄さん物好きやねえ。うちみたいな半悪魔とか、アンみたいな魔人は大体怖がられるんよ。まあ、この見た目のお陰で食うには困らんけどね」


「なるほどね。まあ、俺としては可愛いお嬢さん二人が仲間になれば嬉しいわけだ。どう? 一緒に組まない?」


 俺の言葉を聴いて、アンが大きな目をぱちくりした。


「お名前、名乗るの、礼儀でしょ」


「おっと、こりゃ失敬。俺はカイル。そしてこいつがダレンだ」


「よろしくな。俺も半悪魔だ」


 ダレンは二人の前で、見る見る獣人に変身して見せた。

 周りの傭兵達がどよめくこと。


「ああ、なーるほど。だったらうちらに声をかけたんも納得やわ。そっちの兄さんも半悪魔なん? どういう異形なのん」


「いや、俺は完全無欠に人間」


「へ!? ほんまに!? あやー……。物好きな人っておるもんやわあ……」


「タミア、名乗らないと、失礼」


「あっとっと、そうやったね。うちはタミア。南方系の半悪魔やよ。そっちのダレンさんは東方系やね?」


「南方系か。あの地方の連中は精強だと聞いているからな。やるクチなのか?」


「うちは腕力一本。本気になるともうちょっと見た目が変わるけどね。兄さんほどじゃないわ」


「おし、じゃあ、意気投合したみたいだし、酒は俺がおごるよ」


 俺は彼女たちの向かいにどんと腰掛けた。

 こういうのは流れで押し切るに限る。

 すると、アンはテーブル横にかかっていた板を取り出し、両手で持って睨み始めた。

 ありゃメニューか。

 メニューの影から、赤い瞳が俺を見る。


「アンネロゼ。アンって呼んで。ね、ね、何頼んでもいいの? ねえ」


 椅子に腰掛けてはいるが、足が床についていないらしい。

 その足をパタパタさせている。

 可愛い。


「おう。でかい仕事をしてきて、懐が暖かいんだ。何だっておごってやるぜ。……っと、そうだ!」


 俺は立ち上がった。

 周囲に目立つよう、椅子に足をかけ、声を張り上げる。


「今日登録したばかりのカイルだ! だが、俺は今、でかい仕事のあとで実に懐があったかい! そこでだ! 好きな酒を一杯おごらせてもらうぜ! じゃんじゃん頼んでくれ!」


 一瞬黄金の狐は静まり返り、次の瞬間、大きな歓声が上がった。


「ほんとか!」


「兄ちゃん生かすぜ! おおい! アレもってこい! ワインだよ、ジョッキ一杯!!」


「俺はブランデージョッキで!!」


 周囲が一気に賑やかになる。

 アンとタミアはびっくりして俺を見ている。


「お金、もち。でも、無駄遣いじゃ、ないの?」


「そうやで!? 明日はどうなるか分からんっちゅうのに。金はもっとケチケチ使うもんやろ?」


「これはな、投資なんだよ」


「投資?」


「投資ぃ?」


 ダレンはもう慣れたもので、さっさとエールを注文している。あとは乾き物中心のおつまみだ。


「一つは、俺がこの連中に顔を売っておく。何かあったとき、ああ、あの時の……なんて気が付いて、色々口を利いてもらえるかもだろ」


「そんなん上手くいくかねえ……?」


「もう一つは、我が新しい仲間たちを、言われない偏見で見られないようにするためだな。景気のいい俺の仲間ってことになりゃ、もう少し居心地も良くなるだろ?」


「そう、なのかな。あ、わたし、リキュールのヨーグルト割り」


「え、アン酒飲んで大丈夫な年齢なの?」


「わたし、十七歳。成人してる」


「うちが十六だよ! アンのがお姉さんやねえ」


「あ、そうですか」


 そんな訳で、パーティ結成だ。

 俺たち四人は、乾杯! と陶器のジョッキを割れない程度に打ち合わせて、少々ぬるい酒を喉に流し込んだ。


「こいつは無類の女好きでな。アルジャス地方にもこいつの子供を孕んだ女がいてな」


「おいダレンやめろ!?」


「へええ、遊び人なんやねえ。おお、怖い。でもうちみたいな半悪魔じゃ相手にもならないやろ?」


 酒の席での軽いお喋りだ。

 俺はタミアの体をしげしげと眺め回す。

 ほどよく筋肉がついた手足。

 なめし皮の鎧でゆるく胴体と腰を覆っている。反面、腕は不自然なくらい軽装だ。肩から二の腕はむき出しである。

 胴体だって、どうやら仕掛けがしてあるようで、簡単に鎧の隙間が広がるようになっている。

 合間に施されているのは伸縮性のある特殊な革か。


 ちなみに乳はでかい。

 今まで出会った女たちで最大だな。

 すげえ。


「是非お願いしたい」


「ほんまに!?」


 タミアが呆れ声をあげた。

 俺が女性にかけるお願いしたいは、常に本気である。

 紫の肌とかアバンギャルドでいいじゃないか。


「わたし、は?」


「アンは犯罪の匂いがする。勇気がいるな」


「ひどい」


 小柄で細身、明らかに胸も尻も外見相応であろう。とても年上には見えない。

 身につけたローブがだぶっとしているのは、少しでも肌が陽光に当たらないようにするためだろう。

 アルビノはメラニン色素が無いから、日差しですぐに火傷してしまうのだ。


「ダレンはどうなんだよ」


「俺は子供には興味が無くてな。二十歳を過ぎたら声をかけさせてもらう」


「老け専か」


「人聞きが悪いな」


 ダレンの笑いがひきつっている。お、半分獣になってる。怒ってる怒ってる。

 そして、歓談はここまで、次は本題だ。


「じゃあ、ちょっと教えて欲しいんだけど」


「うん? なになに?」


 タミアは頬張ったサンドイッチを、酒とは別に頼んだ茶で流し込みながら答えた。


「仕事を請けなきゃいけないだろ。そういう仕事の依頼ってのはどこで受けるんだ? 掲示板みたいなのに貼ってあるのか?」


「うん、大まかにはそう。他に、公に出来ない仕事は、傭兵のチームを名指しで来る事もあるんよ。名を売っておくと、そういうヤバいけど実入りのいい仕事も受けられる」


「わたし、たち、もっぱら、山賊狩り」


「なるほどな。まあ、二人とも目立つもんな」


「はっきり言うなあ、カイルも」


 タミアは苦笑気味。


「それで、掲示板で依頼カードを持ったら、受付に行くんよ。そこで詳しいこと聞いたら仕事の受理確定。依頼の内情も話しちゃってるから、足抜けできんしね」


「ほうほう。仕事を請けた先に、俺たちだって証明するのはどうやるの」


「その依頼カードをまんま持ってくのよ。これも木の板でできてるから、粘土で型を取ってな、うちらのギルド証で証明の型も取ってな。割らないように粘土板を持ってくねん」


「全部粘土なんだな」


「安い、から」


 コスト的な問題らしい。

 黄金の狐は、方々の仕事を集める営業要員がおり、彼らが常に大量の仕事を集めてくるのだとか。

 確かに、掲示板らしきコーナーがあり、そこはわいわいと盛り上がっている。


「どれ、俺もちょっと見てくるわ」


「お、ならうちも行くー。人数揃えば、もっと大きい仕事も請けられそうやからね」


 タミアと共に掲示板の前に立つ。

 ぶらぶらと木の板が幾つもぶら下がる。

 ディアスポラの言葉は聖王国語なんだな。勉強しておいて良かったぜ。

 とりあえず、分かり易い退治系の仕事を漁って行く。

 そして目に付いたのは……。


「お、これなんか面白そうじゃないか?」


「へえ、どれどれ……って、げげっ」


 タミアが嫌そうに呻いた。

 そこに書かれていたのは、


『野良悪魔の討伐:岩石砂漠に迷い込んで野生化したドッペルゲンガーを狩ってほしい。依頼:有翼のウサギ』


 金額もなかなかいい。

 これにしよう。


「ほんまに?」


 本気だ。

 俺はこいつを持ってカウンターに向かった。

 我がパーティの初仕事である。

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