第8話:呪いとアルジャスの種
いきなりアッと驚かせる芸をやれ、的なことを抜かされても、ぱっと思いつくものではない。
「あんな怪物を驚かせるなんて、一体なにをすればいいんでしょう……」
ティキも皆目見当が付かない様子だ。
例えば、人間的なジョークを交えた小話……なんてのは通じそうにない。
隠し芸……手品? いや、魔術が存在するこの世界で、そんな子供だましが通じるものか。
第一、十日もの間、地下渓谷を踏破してここにやってきたのだ。
そんな余計な荷物を持ち込んだり、用意する暇などなかった。
だとすると、そういったもの以外でこの大ガマガエルを驚かせる必要があるというわけか。
「でも、何百年も生きている魔神を相手にして、驚かせるなんてそんな……」
「それは確かに、だな。っていうかお題目も曖昧だし、何を求めてやがるってんだ」
俺は呻いた。
果たして、何かこいつを納得させられる要素があるというのだろうか?
『悩んでおるな』
楽しげに声をかけてくるガマガエル。
こいつは恐らく、俺たちが苦慮し、苦悩する姿を楽しんでいるのだ。
それも含めてこいつの娯楽というわけか。
くそっ。
「なあ、魔神さんよ」
『む?』
「その娯楽を提供する期限ってのはあるのか?」
『我は永き時を、見守り続けてきたがゆえに気が長い。ゆるりと考えるがよい』
「つまり期限はないんだな?」
『然り。されど、必ずや我をアッと言わせて貰うぞ。さもなくばここからは返さん』
「ならば、提案があるんだが」
俺は奴に対して向きあった。
その、何を考えているのか分からない巨大な目玉を見据える。
「あんた、魔術が使えるなら、俺に監視の魔術を使え」
『ほう?』
カエルの目が大きく見開いた。
何を言うのだこの人間は、ってとこだろう。
『それは何ゆえだ?』
「俺の生き様を娯楽として提供してやろうって言ってるんだ。今後、俺は少々刺激的な人生を送る予定になっていてな」
最初に王子として生まれ、俺を連れ出したのは黒貴族マゴト。そして出会った少女は聖王女セシリア。
どこかのヒロイックサーガかと思うような展開である。
この先が退屈になるとは思えない。
俺が口にしたここ数日間の体験だけで、ガマガエルは『ほう』と吐息を漏らして目をぎょろつかせた。
どうやら興味を持ったらしい。
『お前は乱世の星の元に生まれついたのかも知れんな。よかろう、我の目を貸してやる。多くの波乱を我が目に焼き付けるが良い』
そして、ガマガエルの中から、光のようなものが飛び出してきた。
一見すると、あれだ。毛むくじゃらの小さいトカゲみたいな。
もこもこしていて、くりくり動く小さい目で俺を見る。大きさは、尻尾も含めて手のひらに収まってしまうくらい。
何だ、可愛いな、おい。
『お前が波乱を諦め、落ち着きを得た時、我が目はお前の命を奪おう』
「なるほど、呪いでもあるってのか」
『殺そうとするな。さすれば、お前の死は早まるであろう』
「分かってる」
「カイルさん、そんな、私のためにそこまで……!」
「いや、まあ気にしないでくれ」
ノリでここまでやって来た俺にも責任がある。
それに、当分落ち着くつもりなど無いからな。
世界は段々きな臭くなって来ている。落ち着ける平穏が訪れるなど、少しも思えない。
『良かろう。我が目こそが、我の承認を得た証となろう。光差す場所へ戻るがいい』
「おうさ。んじゃ、借りてくぜ」
ガマガエルが喉を見せ、大きく一声啼いた。
空間を揺るがすような声と共に、俺たちは弾き出され……気が付けば、地上にいたのである。
「……信じられない。確かにここは、アルジャスです」
周囲を見回すティキ。
暗闇に近い地下渓谷から、光差す外界へ放り出された俺たちは、しばらくの間日の光の眩しさに閉口した。
場所は街中。
行き交う人々は、すぐにティキに気づいたようだ。
「ティキ様、もう、戦争がおっぱじまってますよ!」
「ええっ!?」
とんでもない言葉を聴いてしまった。
俺たちが試練を抜けてくるのをまっているんじゃないのか。
いや、もしや、俺たちが十日も戻ってこないのは、死んだと思って勝手に始めちまったということか。
俺の肩で、ガマガエルの分身がクルルッと喉を鳴らした。
ガラス球みたいな瞳が俺を見つめる。
――お前は一体、この状況をどうするつもりだ?
そんな事を問いかけていやがる。
決まっている。
俺は難しい事などできはしないが、道理を通す事ならできる。
こうしてティキが試練を越えて戻ってきて、俺という人間の正当性も証明されている。
ならば道理が通らない事をしているのはアルジャスの側なのだ。
「カイルさん!」
「おう、行こう!」
出てきたばかりで、衣装は乱れっぱなしだし、正直水浴びをしたい。
だがそんな暇など無いわけで、俺たちは近場でラクダを調達。すぐさまその背中に跨った。
ラクダを走らせて、先に出撃してしまったと言う連中の後を追う。
「あら、無事だったようじゃない? 結構な事だわ」
懐かしい声がした。
振り返る必要も無い。
彼女もまた、ラクダを走らせて俺たちの横に並ぶ。
マギーはいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「肩のそれは、魔王レヴィアタンの眷属よ。人を見る目はある奴だから、心配はしていなかったのだけれども」
「そいつはどうも。身に余る信頼を受けて光栄だね」
「カイルさんは、とても頑張ってくれました!」
ティキと俺は同乗しているのだが、彼女が俺に体を預けるようにする。
あの十日間の地下の日々で、もう彼女は露骨に俺に対して愛情表現をしてくる。
これはやばい。
「あらあら、随分と惚れ込まれたものね、色男さん?」
この場で勘弁してくれなどとはいえないから、俺は苦虫を噛み潰した顔をするだけだ。
ここでティキのテンションを落とす展開はいただけない。
ってなわけで、俺は終始マギーにいじられながら、ゆったり進むアルジャスの戦列に追いついたのである。
「何者!!」
槍を持った連中が駆け寄ってくるが、それをティキが一喝。
「無礼者!! 族長カイマルが二子、ティキだ!! そこを通せ!」
「テ、ティキ様!?」
「ああ、そ、そのお顔は確かに!!」
「戻ってこられたのか!!」
ティキは案外兵士たちに顔が売れているな。
駆け寄ってきた連中はすぐさま俺たちをエスコートする流れとなり、俺たちはアルジャスの軍勢に合流する。
案内されるのは本陣だ。
何せ、ティキ本人と、試練を受けたはずの俺が無事に戻ってきているのだ。
ボナケラが目を丸くし、次いで、実に憎らしげに歯軋りをした。
「お待ち下さい族長!! こやつが無事に試練を突破してきたなど、そんな馬鹿な話があるわけがありませんぞ! この百年、試練を抜けた者などいないのですから!!」
「そりゃあ、あれかい? あんたが暗殺者を放って俺たちを試練の中で襲わせていたとか、そういう話かい?」
言うと、ボナケラはふんっと鼻で笑った。
「このわしを侮辱するか、外人の小僧め!」
「いや、待てボナケラ。こやつの話も聞いてみよう」
おお、さすがは族長だ。
心が広い。
俺はボナケラに対するのとは打って変わって、ラクダから降りてへりくだった。
「こうして再び見えますことを光栄に思います、族長。戦士カイル、試練を終えてただいま戻ってまいりました」
「お父様、いえ、族長。一族の掟に則り、試練を潜り抜けたものは勇者として、一族にて意見を出す事ができる資格を得ます。戦士カイルは偽りなど申しません!」
「むむう」
ほうほう、試練を超えたと言うことは、アルジャスにおいて大きなブランド価値を持つらしい。
確かに、あれを掻い潜ってきた人間が、凡夫なんかであるはずはない。
そいつの言葉なら、聞く価値はあると我ながら思う。
だがまあ、知恵のある文官なんぞはあの試練を受けたが最後、すぐに死んでしまうだろう。
あれは恐らく、耳に痛いことを言う人間を体よく処刑するためのシステムだったんじゃないだろうか。
「族長、私の言いたい事は一つです。戦争をおやめ下さい」
俺は直接ぶっこんだ。
空気を読むとか、そういうのは無しだ。
無論、この言葉を聴いて族長の取り巻き立ちは色めき立つ。
「突然何を言う、部外者の分際で何を知って……!」
「ボナケラ殿、俺は試練を越えてきた者。この言葉には一族が認めたものの重みがあるということをお忘れなく」
「ぬぐぐっ……!! だが、だが貴様が試練を抜けてきたと誰が証明できる!? 途中で抜け道でも見つけて逃げ出してきたのではないのか!?」
「ほう、それはアルジャスが長く続けてきた、試練という伝統は形骸に過ぎぬと。試練には抜け道も幾らでもあると、そういうことですか?」
「いっ、いや、それはっ」
ボナケラさんよ、口先だけで出任せはいうもんじゃないぜ。
こちとら、十日間暇だった間に、散々理論武装してきたんだ。
「だが、現に試練を越えてきた証拠はないはずっ」
「ありますって。ほれ、こいつです」
俺は、ずっと肩にしがみついている、トカゲみたいな奴を指差した。
「これが試練の最後にいた、主の分身です。ほれ、お前、挨拶しろ」
俺はトカゲの頭をぺしぺし叩いた。
すると、そいつはくるんと目玉を回転させて、突然大きく膨れ上がった。
恐らく俺と大きさは変わるまい。
翼の生えた、空飛ぶトカゲみたいな姿に変じて、クエーッとか鳴きやがったのだ。
これには、一族の連中も腰を抜かしたようだ。
トカゲはすぐに元のサイズに戻ると、俺の肩にしがみついた。
この野郎、とんでもない隠し芸をもってやがった。
「ね、凄いでしょう?」
ポーカーフェイス。ポーカーフェイスだ。
俺も超びびったが、ここは当然って顔をしておかなくちゃならない。
「た、確かに凄い……。まさしく、この世のものならぬ怪物の眷属だな」
族長が頷いた。
まずは信頼を得る事ができたらしい。
だが、ここからが本番だ。
「しかし、いかに試練を経てきた勇者が止めろと言っても、戦争を止める事は出来ぬ。これは一国の命運がかかっての事なのだ」
「スパイスの売買でしょうか」
「知っているならば話が早い」
「ティキ様に伺いました。確かに、スパイスの利権を他国に奪われるのは大きな損害でしょう。ですが、アルジャスにはそれだけに留まらぬ、多くの魅力があるのでは無いでしょうか」
「ほう……」
「私はティキ様と共に、アルジャスの町を見てきました。この町には力強い生命力があります。決して、スパイスのみに頼らねば生きていけない国などではないと、そう感じました」
「ふむ、ならば、お主はどうすべきだと思うのか? 現に今、わが国がディアスポラによって利益を侵害されているのは確かなのだぞ? まさか、泣き寝入りせよと言うのではあるまいな」
「はい、アルジャスの置かれた現状も理解しています。ですが、時代の流れは今、セブンの街道で全てが繋がっていこうとしています。これにたった一国で抗っても、流れを逆流させる事は難しいでしょう。ならば、我々も流れに乗ってしまえば良いのです」
「流れに乗る、だと!?」
「はい。セブンの街道を、アルジャスまで繋げてしまうのです。そして、スパイスのみならず、アルジャスと言う国自体を世界に知らしめる。これこそが、恒久的なアルジャスの繁栄をもたらすものと思います」
「ほほう……!」
俺の横で、マギーが「口うまいわねえ」なんてささやいた。うるせえ。
「族長っ!! このっ、このような外国人の小僧の世迷言に、騙されてはなりませんぞ!! わが国にとってスパイス利権の侵害は喫緊の問題! これの排除無しにアルジャスの浮上はありえません!!」
「む、しかし……」
「ええい、わしはこの外国人に決闘を申し込むっ!! 国を思えばこそ、こんな小僧の言葉で族長の意思を揺るがす事などあってはならんのだ! ダレン! この男と戦え!」
「御意に」
今まで気配を感じなかったが、ボナケラの背後から一人の男が現れた。
アルジャス人ほど肌は黒くない。
東方から来た戦士と言うのはこいつの事か。
「ねえティキ」
「はい」
「決闘は何か、アルジャスで特別な意味があったりするの?」
「それ自体は外国から取り入れた習慣です。アルジャスでは、決闘に価値を見出す事はありません」
「分かった。適当にやろう」
戦列は止まった。
アルジャスの軍勢の全てが、目と耳を凝らし、俺とダレンという男が向かい合う様を見つめている。
これって、価値があるとか無いとかじゃないな。
この状況での勝敗は普通に重要だぞ。
「お前に恨みは無いが……」
ダレンは腰から、やや短めの刀を抜き放った。
山刀といった印象の無骨な刃物だ。
「雇われは辛いわな」
俺も、アンティノラを抜く。
フェアにいこう。冷気は使わないでおいてやる。
「始めよ」
族長の言葉が合図だった。
周囲の兵士達が、どっと歓声をあげる。
なるほど、こいつは娯楽か。
族長の横で見つめるボナケラは、半笑いになってやがる。
このダレンという戦士はよほど強いのだろう。雇い主の太っちょから絶対の自信を感じる。
「おぉぉぉあぁぁぁぁっ!!」
ダレンが太く長く叫んだ。
声と同時に、俺の懐に飛び込んでくる。
おお、なかなか速いっ!
俺は一撃を、アンティノラの腹で弾く。
なかなか重い一撃だ。だが、声をあげて威力を増したものだから、二撃めからは同じ威力を保てまい。
返す刀。
俺はアンティノラの柄頭をたたきつけて弾く。
さらに下からの切り上げ。
俺は仰け反って反転、距離を外して躱す。
追撃の突き。
捨て身技とはいただけない。
俺は着地から、素早く身をねじって攻撃を回避すると、逆にダレンの懐に入り込んで水月に肘を叩き込む。
「ぐっ……!」
だがこいつ、ただの腕自慢じゃないらしい。
鳩尾にぶちこまれる寸前、自ら察知してブレーキをかけやがった。
地面を蹴って素早く後ろに下がると、獣のような目で俺を見つめてきやがった。
「勿体ぶるなダレン! 使ってしまえ!」
「御意」
ダレンはそう呟くと、カッと目を見開いた。
こいつはなかなか危険な香りがする。
俺は仕掛ける事にした。
「セェッ……!!」
裂帛の気合と共に踏み込み、横殴りの斬撃を走らせる。
だが、そいつをダレンはとんでもない速度で回避した。
俺の眼前、遠ざかるダレンの顔が獣毛で覆われていく。
なんだこいつ、狼男か!!
奴の口から漏れる声は、既に人のものではない。
獣の咆哮をあげながら、ダレンが襲い掛かる。
山刀と、無手の爪はまるでナイフのように長く伸び、なるほど、歪な二刀流だ。
立て続けの攻撃を、俺は剣で捌き、飛び下がって、しゃがみ、バック転。とにかく回避する。
着地ざま、俺の隙を狙ってつきこまれた爪を、引っこ抜いたもう一本、カイーナで受け止める。
「こっちも二刀流で行ってやろうじゃねえか!」
カイーナを滑らせながら、爪の一本を叩き切ってやった。
ダレンが驚いたように腕を引っ込める。
こっちの番だ。
俺は右手、左手、それぞれの魔剣を連続して繰り出す。
ダレンは人間離れした反応速度でこいつを捌く。そして、一瞬俺に隙が出来ると、そこに付け込んで爪をねじ込もうとする。
この速さはやばいな。
人間の反応速度を越えている。
ついていくには……こっちも人間の反応速度を越えるしかないか。
やれるやれないの問題じゃない。
やるのだ。
俺の師匠は現に、停滞した時間の中ですら動けるほどの速度を誇っていたし、アイオンは恐らくもっと速い。
「もっと速くッ……!」
連続で繰り出されてくる突きを弾きながら、俺は肉体に負荷をかける。
「速くなれッ……!!」
弾ききれない攻撃が、俺の肌を裂き、血を吹き出させる。
だが、同時にダレンの爪がもう一本弾けとんだ。
「速くッ……!! てめえよりも、速くッ……!!」
山刀が俺の防御の間を抜き、顔面目掛けて走る。
こんな攻撃、不可避だろうとなんだろうと……躱せばいいっ……!!
死に近づく瞬間、俺の体感速度がぐっと遅くなる。
刃がゆっくり迫るような気がする。
アンティノラの力は使ってない。
まるで周囲の空気が、粘つくように纏わりついてくる。
俺は力ずくで、この粘っこい空気を引き裂きながら、動く……!
俺の頬を裂きながら、山刀が突き抜けていった。
状況を理解したダレンの目が見開かれる。
そうか、あれがお前の必殺の一撃か。
あの粘る空気を抜けたアンティノラが、斜め下からダレンに迫っている。
これは一瞬の状況。突きで体勢を崩したダレン。既にこの一撃を回避する事はできない。
俺の刃は、一閃。
ダレンの胸板を大きく切り裂いて、夥しい血を飛沫かせた。
狼男の目がぐるりと裏返り、膝を突く。
既に戦意なしと見て、俺はアンティノラを、天高く突き上げた。
おおおおおおおお、という大歓声。
「何をしておるダレン!! そんな傷などさっさと塞げ! 生きている限り、その男を殺せ!! 倒れる事は許さんぞおおお!! 戦争を止めさせるわけにはいかんのだああああ!!」
ボナケラの声が空しく響いた。
なかなか、伝統あるシステムに従うのも大変である。
ボナケラは族長に貢献してきた男だが、国を危険な戦争に駆り立て、試練を越えてきた男によって、その企みを止められた。
彼が有する最強の手勢だったダレンも敗れ、既にボナケラに力はなかった。
第一ここは、砂漠のど真ん中。彼の権力を振るいようも無い。
こいつ、戦争による何らかの利権を狙ってたんだろうか。
今となってはよく分からない。
しきたりに逆らった者の末路は、砂漠への追放である。
あのふとっちょのおっさんが、おっそろしい砂漠で生きていけるわけが無い。
ふらふらと砂漠を歩いていたかと思ったら、次の瞬間には姿が消えていた。
砂虫に食われたんじゃないだろうか。
この砂漠にセブンの街道を通すとしたら、あの虫どもをなんとかしないことには始まらないな。
「惜しい男だったのだがな……」
「お父様、ボナケラは腹に一物を持ちすぎておりました」
「うむ……。しかし、セブンの街道をアルジャスまで延ばすか。とんでもない事を考えるのう、お主は」
「は、まあ、世の中の流れには乗っておけってのが信条なんで」
「なるほどのう……では、こちらの流れにも乗ってみてはどうかな?」
「は?」
族長は、俺とティキを交互に見る。
えーと、それってつまり。
「幸い、娘もお主を好いておるようだが……我が一族は、血を重んじる。だが、それ以上に力と名誉を重んじる。お主には、その力と名誉がある」
やべえ、ここは王国じゃなくて部族みたいなもんだから、血統主義が緩いのか!
「あ、いやー、それはー」
「おや? 我が一族と娘に恥をかかせる気か?」
「ああううううおおお」
やばいぞ。
ここで掴まって、アルジャスに定住なんかしたら、俺の冒険はここで終わってしまった! だ。
そして同時に、肩にいるガマガエルも納得しないだろう。
……そうだよ、ガマガエルだ!!
「では、まずは私に暇をくださいませ。私は、地下の魔神と契約を交わしましたゆえ」
「契約とな!」
族長はティキを見る。ティキは頷いた。
本当の事だからな。
「世界は波乱に満ちようとしています。私はこれを見聞きし、魔神に世界を見せる役割を己に課したのです」
「なんと」
「力と名誉を重んじればこそ、魔神と交わした約定を果たすもまた名誉にございます」
「確かにな。試練を越え、試練の魔神とも約定を交わしておったとはな。よかろう。では、お主の出立を認めよう」
「ありがとうございます!」
「だが」
族長の目がキラン、と光った。
「種は残していくのだぞ」
「はっ!?」
かくして、俺はアルジャスを旅立った。
族長からの親書を預かっており、これをディアスポラの首脳に手渡すのだ。
これによって、アルジャスはセブンの街道の道筋に含まれるようになる……はずだ。
後は他の連中がなんとかしてくれるだろう。
戦争は回避。
ガルムが女帝ディアナの顔も立つ、と。
そして……。
「あらあら、随分げっそりしているのね?」
「体力は充分なんだけどな……。こう、罪悪感」
「あの娘、ティキだったかしら? 彼女は嬉しそうに見送ってくれたじゃない? お腹をさすっていたけれど……」
「確実に受精する魔術とか、邪法じゃねえのかそれ……? なんかとんでもない縛りをもらっちまった気がするぜ」
「でも気持ちよかったんでしょう?」
「初物はいいですな……じゃねえよ! なんていうかさ、俺は、ここに帰ってこないといけないわけ?」
「あなたが帰ってこなくていいように、族長は娘の腹に種を残させたのでしょう? 役割は果たしたのじゃなくて?」
「そういうもんかねえ……」
「そういうものなのだろう」
「……」
俺はじろっと背後を睨んだ。
そこでは、しれっと俺たちに着いてくる、遊牧民的な民族衣装風の男。
「お前、いい性格してるよな、ダレン」
「雇い主が死んだのだ。俺とて飯を食わねば生きて行けん」
「だからって、どうして俺に着いて来るんだ」
「お前は金の匂いがする。厄介ごとを自分から引き寄せる人間に特有の匂いだ。しばらくは同行させてもらう」
「……好きにしろ」
おかしな同行人が増え、知らぬところで俺の子供が産まれる気配があり。
かくして、俺の旅先は南方から東方へと移り変わるのである。




