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第11話:勇者エドガー

 アンがとんでもない爆弾発現をした。

 勇者が砂漠にやってきていると言うのだ。

 勇者っていうのは、この世界、ガーデンが生み出した人間兵器のことだ。

 姿かたちは人間でありながらも、単身で一国の軍隊に匹敵する戦闘力を発揮する。

 さきほど、アンは名前のある悪魔に匹敵するほどの魔力と言っていた。

 だが、それは正確じゃない。

 連中は名前のある悪魔よりも強い場合もあるのだ。

 勇者エドガーという男がいた。

 そいつは弓を使う勇者で、賢者セブンの盟友の一人だと言う。

 たった一人で、イリアーノが支配する都市、ルーガーを陥落させた化け物だ。

 神聖プロイス帝国の軍隊も連れてきていた様だが、彼らの人的損耗はゼロだと、後に集めた情報で分かっている。


「だけどよ、勇者がこんな砂漠に何をしにくるってんだ? ドッペルゲンガー程度なんか、連中にとっては子猫と一緒だろう」


「何かを追ってきた……そういう可能性もある」


 アンは何か、口の中で呪文を唱えた。

 すぐに彼女の使い魔だという獣が戻ってくる。

 ハリネズミだ。


「そんなのを使い魔にしてたのか」


「これは、仮の姿。プティはその場所に応じて姿を変える」


 プティと言う名前らしい。

 見ていると、目の前でぐにゃぐにゃとその形を変えていく。

 おう、何やら不可思議な物体になったぞ。不透明なスライムのようだ。


「シェイプシフターという魔物。卵から飼いならしてる」


「ほお」


 俺は感嘆の溜め息をもらすことしかできなかった。

 それは未知の世界だなあ。

 人の子供ほどの知性があるらしい。

 プティはのっぺりとした表面にくりくりした目玉を作り出し、俺をじっと見た。

 すると、俺の肩に、どこからかトカゲが這い出てきてプティと見詰め合う。

 お、なんかシンパシーを感じてるんじゃないか、これ。


「少し、寝る」


 突然アンが宣言した。

 まだ日が高い時間帯で、外を行くにはリスクが大きい。俺も一眠りするつもりだったが、まあアンがきっと警報か何かを鳴らす魔術を使ってくれているだろう。

 すぐに寝息を立て始めた彼女の隣に、俺も横になった。



 ふと、気配を感じて目を覚ました。

 日が随分低くなっている。

 何かが近くにやってきた様子は無かったが、俺が目覚めるほどの気配を、何者かが発したようだった。

 距離は遠い。

 何しろ、風の音しかしない。

 生物が存在する事で発生するであろう、何らかの音。そういったものが全くしないのだ。

 俺は集中すれば、砂の中を蛇やトカゲが進んでいく音だって聞き取る事が出来る。

 まあ、耳じゃなくて触覚を使うんだけどな。微細な振動みたいなのがあるんだ。

 で、そういうものが全くないってことは、感じ取れないくらい遠くにいるってことだ。

 しかし、こいつはそんな遠くから、俺たちを発見して自らを感知させるくらいの強烈な気配を発していることになる。


「気持ち悪い」


 アンも目を覚ましたようだ。

 顔をしかめる。

 彼女は寝起きがよくないタイプなのかもしれないな。

 アンがなにかもちもちしたもので顔を拭いている。

 拭き終わってぽいっと投げ捨てたら、もにゅもにゅと変形を始めたので、こいつはプティだな。なんて杜撰な扱い方をするんだ。


「もっと優しくしてやればいいのに」


「これが私なりの愛情」


 嘘だろそれ。

 まあ、ここで突っ込んで場の空気を悪くするのもよろしくない。

 俺はあえてスルーしておくことにした。

 さて、ここで二人で息を潜め、状況が動くのを待つ。

 ゆっくりと日は沈んでいっている。

 気配を発している奴は動くことなく、じっと遠くから存在感をあらわにし続ける。

 一体何を企んでいるのやら。

 ……と思っていたら、日没寸前の頃合で状況が動いた。


 俺たちの背後で、強烈に気配が膨れ上がる。

 これもまた、すぐ後ろってわけじゃない。結構離れた場所なんだが、発した気配は音も伴っていた。

 それもかなりうるさい代物だ。

 こいつは……羽音か?

 しかも複数。かなりの数の羽音だ。

 音からして、鳥ではない。鳥は翼に風をはらんで飛ぶ。その時に発する音はよく覚えている。

 こいつは羽音を使って、何か別のことをしている音だ。


「音じゃない。羽が魔術を唱えている」


 アンがぼそりと言う。

 彼女の耳元で、プティが変形した渦巻状の物体が震えている。

 これで音を増幅して聞いているのか。便利だなシェイプシフター。


「羽が魔術ってことは……まともな存在じゃねえよな。一体何の魔術なんだ?」


「羽が唱えるんだから、空を飛ぶ魔術しかない」


「なるほど」


 シンプルな答えだ。

 つまり、その大きさの翼では支える事ができないはずの本体を、飛ばせるために魔術を行使する。

 自分が魔術を使ったのでは、それ以外の行為が出来ないから、何らかの手段で羽に魔術を使わせている、とそういうことだ。


「行って、プティ」


 もはや、プティを集音器にしなくても聞こえるところまで羽音が大きくなった。

 アンはプティを変身させ、偵察に行かせる。

 その姿は、砂の中にもぐるトカゲだ。

 俺の肩のトカゲがじっとそれを見ている。

 なんだ、お前も行きたいのか?


「……翼が生えた人間。たくさんいる。悪魔? ……違う」


 アンはプティの感覚を共有できるんだろう。

 ぶつぶつと呟いている。

 アンが耳を澄ませたのであろう、その瞬間だ。

 使い魔と感覚を共有していない俺が分かるほどの轟音を立てて、何かが上空を飛んでいった。

 直後、何者かがあげる断末魔の声が響き渡る。

 それも幾つもだ。


「おい、アン」


 声をかけて気づいた。

 俺の今回の相方は、使い魔から届いた強烈な感覚に、目を回してしまっていたのである。

 真っ白な肌の、こういっちゃなんだがちょっと幼い可愛らしい少女が、鼻血を出して白目を剥いている。

 レアな光景だ。

 だが放置はしておけまい。

 俺は袖で彼女の鼻血を拭うと、頬を何度か軽く叩いた。

 華奢に見えてもさすがは傭兵というべきだろうか。

 アンはすぐに意識を取り戻した。


「ひどい、音。プティが気絶した」


 気絶まで共有したのか。

 何があったのか。


「凄く遠く、誰かが矢を放った」


「矢? さっきの轟音か? あれが矢だって!? 冗談だろう」


 人間があんな矢を放てるわけが無い。

 いや、悪魔だって矢を使ってあんな音を立てられるものか?

 やれるとしたら……。

 というところまで考えて、俺は納得した。

 そう言う事が出来る奴が一人だけいる。

 そいつは弓矢の使い手で、勇者で、そして俺の兄を殺した男だ。

 勇者エドガー。

 間違いなく、この砂漠に奴がやってきている。

 まあ、恨みは別に無い。

 で、そのエドガーが何者かと戦っているんだろう。

 羽が呪文を唱える集団というから、悪魔のような尋常ではない存在で間違いない。


 しばらくの間、何か集団が騒ぎ立てる音だけが砂漠を埋め尽くしている。

 エドガーと見られる男の気配は無い。

 だが、時折集団の中で、断末魔を響かせる者がいる。

 確実に狩られて行っているのだ。


「もう我慢ができん、俺は出るぞ!」


 俺はもう、腹のそこから湧き上がってくる何かワクワクするものが止められなくなっていた。


「戦闘狂」


「何とでも言え」


 アンの呆れたような声を後ろに、俺はその隠れ家を飛び出した。

 そうすると、なんだこれはという光景が広がっている。

 俺の向かう先には、翼が生えた人間たち。

 連中は武器を手にして、その切っ先から魔術による炎や氷、光の矢を放っている。

 だが、それが放たれる先に何があるのか、さっぱり見ることが出来ない。それほどの遠くから……。

 耳を(つんざ)く甲高い音とともに、矢が飛来する。

 どうやって狙い撃っているのか?

 そいつは的確に、空飛ぶ人間の首を射抜くのだ。むしろ勢い余って首を刎ねている。

 そして、俺は確かに感じた。

 この化け物みたいな弓矢の使い手は、こちらに駆けて来ながら射撃している。


 有り体に言ってしまおう。

 この、エドガーと戦っている集団。こいつらは天使だ。

 俺の前世の知識では、大天使とか呼ばれる位階の連中じゃないだろうか。

 そいつらがまるで、蚊トンボを撃ち落すように撃墜されていく。

 笑っちまうしかない光景だ。

 で、そいつらと来たら、急に飛び出してきた俺に目をつけた。


「よしよし、俺も見学だけってのは性にあわねえからな! 来い来い!」


 俺はそいつらの注目をひきつけながら、岩石砂漠の只中に走る。

 俺を追って、炎や氷の矢が降り注いでくる。

 大きな岩に隠れて、俺が視認できなくなると、何人かが寄ってきた。

 連中の魔術は、どうやらこの巨岩を破砕できるほどの威力が無いらしい。

 それじゃあ、俺が食らっても大した事無いんじゃないのか、なんて思いもする。


「異端者め!」


「異端者を狩れ!」


 連中はそんな事を口々に叫ぶ。

 そうしながら騒がしく鎧を鳴らし、岩場になだれ込んだ。

 狭い空間では、自在に飛び回ることもできない。奴らは着地して周囲を見回す。

 そのちょうど頭上の横穴に俺がいるとも知らずに。

 そりゃあもう、飛び出すに決まってる。


「おらあ!!」


 飛び降りざまにアンティノラをぶん回した。

 氷の魔剣は天使の一人の翼を切り裂く。

 連中、怒号をあげてこちらに振り返る。品が無いったらないね。

 一人が突き出してきた。

 だだっ広い空間ならともかく、この色々突き出した岩場でそれは悪手じゃないか。

 俺は槍を悠々と見切ってかわすと、せり出す岩壁を背にしながら、時に剣を突き込み、時に飛び上がって穂先を岩にぶつけさせる。

 すぐに、甲高い音を立てて槍が折れる。その衝撃に体勢を崩した天使に、俺は襲い掛かった。

 切れ味が鈍らないアンティノラが、奴の首筋を掻っ捌く。

 飛び出す血潮が凍りつき、天使の一体が倒れた。

 いや、倒れようとした。俺はそいつを盾にして、一団に飛び込む。


「死体を盾に!」


「悪魔め!」


 どうとでも言え!

 俺は一人、お前らは集団!

 俺があらゆる手を尽くして戦っても、バチは当たるまい。

 わざと死体を一人の得物に突き刺して、その上を駆け上がって頭上からぶった切る。

 そこからさらに、対面の岸壁を駆け上がりつつ、アンティノラの力で魔術を放つ。

 氷の矢が天使の一人を釘付けにしたところで、下りながらそいつを斬る。


 最後の一人! と魔剣を振り切ると、天使は無念そうな顔をしながら、その体を光に変えていった。

 天使ってのは完全に死ぬと、光になる。

 で、その後でなんか石が転げ落ちるのだ。

 こいつが最近話題の魔石。

 これがあると、アンティノラを持った俺みたいに、簡単な魔術が使えるようになる。使いすぎると魔石が壊れてそれっきり。

 まあ、便利アイテムだな。

 そうか……これって天使から採取されてたんだな。


 気が付くと、周囲は静かになっていた。 

 天使の軍勢は逃げてしまったんだろうか。

 俺は岩場から出て行った。

 もちろん、警戒は怠らない。

 すると、だ。

 アンがじとっとした目で俺を見ている。


「お、出てきたのか」


「危ないところだった。カイル、考えなさすぎ」


「あ、そりゃ悪かったなあ……」


 どうやらアンも天使に見つかって危険な目に遭ったようだ。

 俺が一人で飛び出していったのはいかんかったなあ。


「まあ、助けてもらった。一人でも大丈夫だけど、楽できた」


 お、なんだ。

 自慢げにアンがむふーっと鼻息を吐いた。

 そんなアンのすぐ後ろに、猫背の男が立っている。


 俺は総毛立った。

 そいつは視界に入っていた。

 つまり、アンが登場してからずっといたのだが……俺は今の今まで気づかなかったのだ。

 俺が気づかない。しかも、目の前にいながら。

 そんな事は普通有り得ない。俺はアルジャスの地下洞穴以降、感覚が強烈に鋭くなっているのだ。

 だが、俺の感覚をだます事ができるほどの人間がいるとすれば、それは数えられるほどしかいるまい。

 答えは明確。

 この目の前の男は、勇者エドガー。

 だからこそ、俺には感知できなかったのだ。


「やあ、イリアーノの王子様。おいらの事は知っているかい?」


 年齢のよく分からない、目が細い男だ。

 背丈は俺よりも低い。猫背であることを差し引いても、大柄ではない。

 だが、目の前にいると言うのに、全く存在感が感じられないこいつは、なんだ。

 背中には大きな弓と、左手に小さな機械仕掛けの弓。


「会えて光栄だよ、勇者エドガー。イリアーノではうちの兄貴を殺してくれたそうじゃないか。……っとと、勘違いするなよ。そのことについては恨んじゃいない」


「そうかい、そいつは結構だ」


「……カイル、王子だったの!?」


 アン、今はそこを突っ込む時じゃない。


「で、こんな何も無い砂漠に何の用で? まさかと思うが、俺たちの商売敵かい?」


「アルバイトだよ。ここは天使がよく進入してくるんでね。魔石を集めてうちの国の収益源を確保してるのさ」


 なるほど、エドガーの奴は皮袋を持っているのだが、その中にぎっしりと魔石が詰まっているようだ。


「それと、あんたを見に来た」


「は?」


 エドガーの目が薄く開いた、ように見えた。

 それだけで、俺の背筋に嫌な汗が流れる。

 おうおう、こいつはとんでもない化け物だ。

 どれくらい化け物か。

 そうだな……。俺の勘では、こいつ、アイオンより強い。

 化け物なんて次元を超えている。人間でありながら、魔王とか黒貴族とか、そういうレベルの世界に足を突っ込んだ連中。それが勇者だ。


「勇者カイルの帰還。こいつをね、セブンが予知したんだよ」


「勇者カイル? よしてくれ、ただの御伽噺だろ……?」


「セブンは、あんたがそのカイルになる男じゃないかって言ってる」


 なんだそれは。

 俺はあくまで、多少腕が立つ戦士に過ぎない。

 排除されかかったイリアーノ第三王子であり、マギーからもらった魔剣のおかげで、それなりに戦ったり出来ているに過ぎない。

 こんな、目の前にいる化け物と並び立つような存在では決して無い。

 だが……。

 俺は割りと、どうしようもない性格をしているのだ。

 このエドガー、どれだけ化け物なんだ?

 試してみたいじゃないか。


「嬉しいね、試させてくれるんだ」


 エドガーも俺の心を分かったようだった。

 アンは心底呆れた顔になる。

 彼女はトコトコと離れて、岩陰に座り込んだ。


「男ってほんとばか」


「違いない」


 俺もエドガーも笑った。

 奴は弓を全て外すと、腰に備えていたナイフを抜いた。

 おうおう、弓使いの勇者が、魔剣持ち相手にナイフで勝負するってか。

 舐められたもんだ。

 いや、得物を抜いてもらっただけ、期待してもらっているのかもしれない。


「よっしゃ、じゃあ、やらせてもらうぜ!」


「ああ、来なよ」


 そう言った瞬間、エドガーの気配が膨れ上がった。

 こいつが本来持っているであろう、気迫とか、気力とか、そういう目に見えないオーラみたいなものが(あらわ)になったのだ。

 普段は射手として、こういうギラギラしたものは内に秘めているのだろう。

 だが、目の前に相手がいるならば、闘争心など見せてしまっても構わない。

 むしろこのクラスの奴は、闘争心すら武器にしてくる。

 現に、エドガーの気配がまるで槍のように鋭く、俺を刺激する。俺は咄嗟にアンティノラを構えた。

 すぐ、横に奴がいた。

 動いたのは見えなかった。むしろ、エドガーの気配はまださっきいた場所にある。

 なのに、気配だけを残して本体は俺の真横。がら空きになったわき腹にナイフを滑らせた。


「つうっ!?」


 革鎧を裂かれながら、俺はなんとか一歩下がり、アンティノラを振る。

 氷の魔剣だ。受け止めてしまえば、ナイフごと手指が凍る。

 さすがにエドガーは分かっているのだろう。こいつを冷気が届かないギリギリでかわす。

 野郎、余裕だな。


「なら、俺から!」


 守りに回っていて、この男の攻撃を捌ける気なんてしない。

 ならば全力で攻める方が建設的だろう?

 俺はエドガーに向かって踏み込む。

 ちょうど死角になる逆のわき腹に、ヒヤリとした感覚。俺は反射的に体を反らしながら、詠唱した。


「穿て、”氷弾(アイスブリット)”!!」


「短縮詠唱かい! その魔剣、随分あんたに馴染んできてるようだね」


 軽口を叩きながら、エドガーは飛び来る氷のつぶてを造作も無く回避。そこに俺が切り込んだ。


「らあっ!!」


 迷いの無い一直線の攻撃。

 エドガーの背後には岩。回避は難しい。

 だが、奴は俺の一撃が到達する寸前に、踵で岩を蹴って飛び上がった。

 アンティノラが岩を凍りつかせ、砕く。

 粉砕された岩の欠片に混じり、またも俺の喉元にヒヤリとした感触。

 俺は全力でアンティノラを引き戻した。

 そこに、いつの間にか投擲されていたナイフが突き立った。


「おや、やるね。あんたが来るのを見越してナイフを置いておいたんだが」


「置くように投擲するってどういうことだよ……」


 乾いた笑いが出てくる。

 この男は軽業師のように岩壁を後ろ向きに飛び上がり、ぴたりと俺の頭上の壁面に静止しているのだ。

 ナイフを防いだ時、俺はこいつに自分の頭を晒していたことになる。

 今、俺の頭はどこもかしこもが、ヒヤリとする気配に包まれていた。

 つまりこいつは、あらゆる場所から致命的な一撃を放つ自信があるわけだ。


「おいらは二度、殺すつもりで仕掛けたさ。そいつをあんたは、二度とも弾いた。ま、二回目に仕掛けた釣り針に引っ掛かっちまったのはまだまだ青いけどね。なるほど、セブンの言う事もあながち間違いじゃあないね」


「オッケー、降参だ、降参」


 俺は素直に負けを認めた。

 このエドガーという男、弓兵である。

 それが、単なるナイフを使って、魔剣を持つ剣士である俺と戦い、俺が魔術まで使って攻め立てたのを全て見切った上で、そこに必殺の一撃を二度も絡めてきやがった。

 しかも二度目の必殺は、本当の必殺の仕込みと来た。

 俺は、今頭上で控えている、こいつの三度目の必殺をかわせる自信は無い。

 俺のなけなしのプライドが白旗を揚げた。


「正直、弓を持ったお前とやりあいたくないな」


「あんたが天使や悪魔の側についたら、やりあう事になるさ」


 エドガーは得物を身につけ直していた。

 掴みどころが無い表情で、そいつは俺に背を向けた。


「じゃ、また」


 これが、勇者の別れの言葉だった。

 俺の感覚から、エドガーの全存在が消えうせた。

 あいつの本気ってわけか。

 いや、これですら本気じゃないのかもしれない。


「……何、あの人」


 アンはドン引きしていた。

 分かる。

 あれはドン引きするよな。


「あれが勇者だ。まあ、俺も初めて会ったんだが」


「よくあんなのに、勝負挑んだね。頭おかしい?」


「失礼だな」


 かくして、俺たちは小ぶりな魔石を幾らか手に入れて、ダレン・タミア組と合流した。


「ドッペル? うちらが倒したよー。ほら首」


「勇者エドガーと遭遇したそうだな。本当に復活していたんだな……。は? 戦っただ!? よく生きているなお前」


 なんだかドッと疲れてきた。

 ディアスポラに帰ろう。

 俺たち一行の最初の仕事は成功に終わったが、なんだか釈然としないのであった。

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