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後:辺境の地上より、お届けに参りました

 広さはざっと職人の住む街と同じくらいだ。

 柵はないので一歩踏み外したら地上へ落ちるおそれがある。情けない話だが、職人は城に着いてからもずっと緑ローブにひっついていた。


「中央へお連れします」

「アウレリア……さんはそこにいるんですか?」

「ええ。普段は城中を駆け回っておいでですが、今日オルゴールが届くと聞いてからは大人しくお部屋にお待ちです。

 よほど、あなたのオルゴールが楽しみなんでしょうね」

「うわあ、責任重大ですね……」

 苦笑はするものの、自分の腕に確かな自信を持っている職人は、別段気負いはしていない。


 依頼者の主人であるアウレリアがどういった人物か、顔を合わせるのがちょっと怖かったり楽しみだったり。

 中央へと歩くにつれ、光が消えて行く。陽光が土色の建物でほとんど遮られている。

 わずかに漏れる光が、足元を照らしてくれた。あとは緑ローブの足音が頼りだった。


「そろそろです」

 緑ローブが言う。一つの扉をくぐると、そこから先は青白い光があちこちで仄かに輝いていた。

 足音が響いては消え響いては消えを繰り返す。


「こちらへ」

 一つの大きな扉が、目の前に立っている。土色のそれは職人と緑ローブを並べてもなお幅が広い。職人の背の倍ほどはありそうな高さがある。

 取っ手が見当たらなかったが、緑ローブが扉に手を触れさすと、低い音を立てて扉が動いていく。なるほど、街の扉とは違う構造をしているらしい。


「お嬢様、アウレリアお嬢様」

 緑ローブの呼び声に、幼い少女の声が反応した。


「……ヘリヤ?」

 かぼそい声だった。聞き耳を立てていないと聞き逃しそうだ。

「お嬢様、ご注文のオルゴールを、この職人が届けに来てくれましたよ」

「ほんと!?」

 せわしない足音が近づいてくる。緑ローブがひょいと、職人の抱えていた箱を取り上げた。

 あ、と声を漏らすも遅い。小さな生き物が、職人に真正面からぶつかってきたのだ。


「ぐえっ?」

 威力は低いが鳩尾まっしぐらではさすがの職人にも痛い。後ろへ倒れるのは免れた。

 部屋をぼんやり照らす光が徐々に明るくなり、アウレリアと呼ばれていた少女の顔が、職人にもはっきりと見えた。


 銀色に透き通った髪がさらさら揺れている。紫紺の瞳はきらきらに輝き、職人を物珍しそうに見上げていた。

 ゆるやかな青いワンピースを纏い、小さい指が職人のエプロンを掴んで離さなかった。


「オルゴール!? あなたが噂のオルゴール職人!? 

 ついにできあがったのね?」

「お、おぉ……?」

「それで、オルゴールはどこに? あなたのお名前は!?」

「お嬢様、落ち着いてください」

「あ……っ、ごめんなさい」

「いえ、平気です……。元気なようで何よりです」

 職人は苦笑しながらエプロンを整える。


 少女アウレリアが自分からそっと離れる。職人は緑ローブ――ヘリヤと呼ばれたその者から箱を受け取る。


 ヘリヤから依頼を受けちょうど二か月。今夜は満月だった。


 職人は微笑んで、アウレリアと目線を合わせて差し出す。


「ご注文のオルゴール、お届けにきました」



 アウレリアの表情が、この上なく輝いた。きれいな瞳をさらに輝かせ、満面の笑みで箱を受け取る。落とさない様に慎重に、傍の机に置いた。


「開けてもいい?」

「どうぞ」

 アウレリアはリボンをするすると解き、箱を開ける。


 箱からそっと取り出したそれは、少女の手のひらに収まるくらいの小さなオルゴールだった。


 外見は天球儀を模しており、くるくる回すことができる。



「ねえ、どこを回せばいいの?」

「ああ、これですね。回しますよ」

「少しお待ちください。

 部屋を暗くしますので」

 ヘリヤがぱちんと手を鳴らすと、部屋を照らしていた光が一気に消える。暗闇に閉ざされて職人は一瞬間抜けた声を出した。


「お約束の日の、満月ですね。それでは、お願いします」

 ヘリヤは職人に深々と頭を下げた。それにならったアウレリアも頭を下げる。

「おねがいします!」

「あ、はい、おねがいされました」


 職人はきいきいと螺子を回す。

 回し終えたら、机の上に戻した。


 オルゴールから、音が奏でられていく。

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