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中:思い浮かんだらすぐにできました


 それからというものの、職人はオルゴール作りに没頭した。

 構造も凝ってメロディーもしっかりと作りこんだ。

 頭に思い浮かぶメロディーを忘れないうちに楽譜へ書きこむ。走り書きで少々荒っぽい譜面だが、職人自身がわかっていればそれでいい。


 妖精たちが興味深げに職人の作業を眺めていた。

 いつも気の抜けたような顔をした職人の眼差しには真剣さが帯びている。

 自分の指先の延長のように工具を操る。がりごりと木材を削り、一つの部品を終えたら端に置いて次の木材を。

 時々ふうっと息を吐いて伸びをして、そしてまた戻る。

 

 ハラハラと精霊がそこらをうろうろしながら、オルゴールの完成を待っている。

 妖精たちも職人の周囲を行ったり来たりしているが、職人の邪魔にならないよう注意はしていた。


 職人はというと、ほとんど無意識になっていて、研ぎ澄まされた集中力でもってオルゴールを作っていた。

 真剣でありながらどこか楽しそうな表情を浮かべている。


 細くて長い指先から、徐々にオルゴールが形を成していく。

 『夏の夜』を奏でるオルゴールは、もうすぐ完成に近づいていた。


 来る日も来る日も、寝室と工房を行ったり来たりするだけの日々が続いた。

 作業が佳境に入ったり、良いオルゴールを作るための案が降りてきたりするといつもこうなる。

 悪化すると妖精が茶々を入れて我に返す必要もなくなる。食事の時間や風呂の時間になると、作業をぴったりやめてすぐに食卓に戻ったり浴室へ向かったりするのである。ここまでくると機械に近い。

 やれやれ、とあきれながら、妖精たちは職人の動向を見守るだけだ。呆れてはいるものの、心配はしていない。

 むしろこの機械モード(妖精たちはそう呼ぶ)は、きっちり時間通りに行動するので、寝食を忘れない点において安心するモードであったりもする。


(夏の夜。


 涼しい風。遠くから響いてくる列車のがたこと言う音。


 乾いた土の匂い。触ったらきっと冷たくて気持ちいい。


 澄んだ星空。明るい月。……そう、月。灯りなんていらないくらい眩しい。


 それから、――それから)


 無意識に、職人にとっての夏のイメージが頭に浮かんでは消えていく。

 それらを組みあわせてオルゴールの形をおぼろげから確かなものに変えていく。


 真剣な眼差しに、緩んだ口元。

 オーダーに最大限応える真摯さと同時に、職人はオルゴールを作ると言う作業を心底楽しんでいた。



 そんな機械モードが始まって十日。


 職人は、ようやくオルゴールを完成させた。



「……できたぁ」

 いつも通りの気の抜けた声。完成品をお届け用の箱にそっと仕舞い込む。


 妖精たちが素性でぐるぐると嬉しそうに躍っている。

 地道な作業が花を咲かせるこの瞬間、そう達成感が、何よりも職人を喜ばせた。


 黄金の鳥に簡単な手紙をつける。約束のオルゴールは完成しました。お届けするので、この後のことを教えて下さい。と。


「じゃあ、よろしくね」

 そういって黄金の鳥をひと撫でする。鳥は一礼して、そのまま窓から飛び立っていった。

 

 それを見送った職人はぐっと伸びをし、工房に備え付けてあるくたくたのソファーを目指し――

 そのまま疲れて倒れ込んだ。



「あの」

 上から中性的な声が降って来た。

 職人はふっと瞼を開く。目の前には、緑ローブの依頼者がいた。相変わらず顔がわからない。ぽかんと開いた口から発せられる声は、やっぱり男か女か判断できない。

「……えーと」

「鳥を受け取ったので、お迎えに上がりました」

「ああ、そうだった」

 職人は跳ね起きた。


「それで、完成したのですね」

「それはもう、もちろん」

 ソファから転げ落ちるように起き、職人は大切そうにオルゴールの入った箱を見せた。


「ご注文のオルゴール、ここに」


 緑ローブの口が、わずかに緩んだ。ように職人には視えた。



「ありがとうございます。それでは、アウレリアお嬢様の元へお届けに行きましょう」

「あっ、ちょ、ちょっと待ってください! こんなカッコじゃ笑われちゃいますから、着替えさせて……」

「いいえ、構いません。お嬢様はお気になさらない方ですから」

(ボサ髪ボロ服ぐっしゃぐっしゃのこの状態を!?)


 さあ、と緑ローブが職人を外へ連れ出す。職人は工房の鍵をかけ、ローブに着いていく。


「私の手を離さないで下さい。城へお連れいたします」

 職人は言われた通りにする。空いたもう片方の手で、大切なオルゴールを抱えながら。


「ひえっ?」

 職人の間抜けた声が落ちた。急に地面が浮いた。

 浮いたというより、上へ上へと真っ直ぐ上っている感覚だ。


(何だコレ? 昔の文明にそんなのあったような……)

 職人はがっちりと緑ローブの手を掴み、そしてオルゴールを強く抱きしめる。

 見慣れた街がだんだん小さく遠のいていく。どういう原理で空を上がっているのか職人にはわからない。 


 のぼっていく感覚にようやく慣れたころ、「到着しました」という緑ローブの抑揚のない声が聞こえた。

(あ、意外と早かった)


「さあ、こちらが」


 緑ローブが一歩前へ進む。

 おそるおそる周囲を見渡すと、黄土色の地面と緑の木々でおおわれた建物があった。


「アウレリアお嬢様のお屋敷です」

 

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