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走って走って異世界で僕は  作者: 銀貨
第一章 小さな風と大きな火
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2 灰かぶり

 ここが異世界だとはもう疑いようもなかったが、それでも、実際に見て、感じるのは、戸惑いをあまり感じない壱にとっても少なからず驚きの連続だった。

 見知らぬ森で目覚めてからの、生徒達が発現した異能の力や、襲い掛かってきた見知らぬ獣に無法の盗賊達然り、そのどれもが元の世界では体験し得ない、未知の経験。

 無論、似たような事例なら元の世界の、地球の何処かしらなら体験できるだろうが、決して日常の隣に存在していたわけではなく、遥か遠くの地の出来事か日常から運悪く踏み外すかで、身近で警戒する必要性などまるでなかったわけだが、此処では違う、この世界では、まるで違う。

 そして、壱はまたしても異世界を見せ付けられた。

 目の前に座る、白髪紅眼の彼女は、紛れもなく、違った。

 エルフ。

 そう呼ばれる種族で、まず間違いないはずだ。

 美人という括りでは表現し切れない魅力を感じさせる整った顔立ち、燃えるような紅い瞳は輝き、白い髪は一切の混じり気を感じさせない神秘さを醸し出していた。

 見せ付けられ、言葉を発せれない壱に対して、彼女は続けざまに語りかけてくる。


「鎖はただの鎖だが、その首輪は奴隷用の特別製だ。まあ、きみが付けているのはお古で、さっきは死ぬとは言ったがただ苦しいだけで済むかもしれない、でもやっぱり気を付けるにこしたことはないよ。ま、たとえ効力がなくとも、鎖は鎖、首輪は首輪だ、ただの人間の力じゃどうすることもできないけど」


 それだけの仕掛けが、この首輪には施されている。魔術、だったか、それを用いれば一見何ら変哲もないこの首輪でもそれだけのことが可能らしい。

 しかし、お古とは?と疑問に思った壱の心中を察したのか、それともただ単に語るべき続きだったのかは定かではないが、その答えを彼女は教えてくれた。


「その首輪の元の持ち主なんだがな、魔が差したというべきなんだろうね、逃げられもしないのに逃げ出して、首が飛んだのさ」


 空を飛んで、落ちたのさ、と彼女は締めくくった。

 今身に付けている首輪が既に使用済みなどまるで聞きたくなかった情報だったが、それだけ危険なのだということは、嫌でも理解できた。

 と、急に語り掛けが止まる。

 不意に、黙ってしまった。

 一体どうしたのだろうと彼女を不思議そうに見遣ると、何故だか申し訳なさそうな表情でいる。紅い瞳を伏せ、白い髪が表情と同じように項垂れている。


「……すまない、他人に話し掛ける何て久し振りだったから……急に、迷惑だったろう」


 不思議な理由で謝る人だな、と壱は思ってしまう。しかし、初対面で、それも得体のしれない壱にこうも話し掛けてくるのだから、相当に久し振りだったのだろう。

 

「壱です」

「え?」

「僕は、壱と言います」


 壱は冷めた人間ではあるが、冷たい人間であるわけではない。一喜一憂する彼女に対して単純に話し相手になろうと思い、実行したまでのこと、恩を着せようとか憐みや同情など他意はまるでなく、言い過ぎてしまえば純粋な気持ちだった。言い過ぎだが、でも、本当だった。

 名乗った壱に、沈んでいた表情を一転させ、浮かれた表情を見せる彼女は嬉しそうだった。

 他意はなかったが、良かったと思えた。


「イチ、かい? 変わった名前だね」


 良かったと思ったが、あまり話慣れない性格の相手なので壱もうまく話せるか不安である。

 冷めた受け答えに、彼女を傷付けはしないか、心配だった。

 でも、やっぱり変わってるのかな名前、異世界だからかな、元の世界でも……まあ、言われていたと壱は諦める、言われてた、うん。


「え、えっと、あなたは?」

「先に名乗られたからには礼儀を持って名乗りたいところだが……奴隷になったときに元の名前は捨ててしまってね、ただ、皆は私を『セネーレ(灰かぶり)』と呼ぶから、イチ(・・)もそうするといい」


 呼んで呼んでと、言われている気がした。

 冷たいわけではなく、冷めている壱でも、何となく察せられた。


「……………」

「……………」


 やめてくれ。そんな顔をされて、察せれない鈍感野郎になった覚えはまるでない。だから、そんな顔で見ないでくれと言いたい、とても言えないが、待ってくれ。

 正面から、目を見て人の名を呼ぶのは、勇気がいる行為なのだ。

 

「……セネーレ」

「!」

「で、いいのかな?」

「うん!」


 壱には眩しすぎる笑顔だった。

 外見は見目麗しいが、その無邪気な笑顔から見直すと壱と同い年か少し上くらいか、あまり歳は離れていないようにも感じられる。ただここは異世界、人間以外の種族が長寿であるなどざらではあるが、実年齢よりも精神年齢を参考にすべきだろう、そこは年功序列社会に生きてきた者にとっては羨ましい限りだ。

 しかし、前の世界の知識として知っているエルフとはまるで性格が違う。まあ、全員が全員、画一した性格を持ち合わせているわけでもあるまい、個性も均されれば無個性なのだから、彼女はこういった性格なのだろう。


「あれ、きみはよく見ればこの地の人間ではないね、暗いからと思っていたけど髪みたいに瞳も黒い、ああ、噂に聞く極東の地の人間なのかな」

「……何て言えばいいのか、僕自身も何処から来たのやら」

「道に迷ってたの? だから行き倒れてたのか」


 少々間違った認識をしている彼女だが、真実を言っても信じさせる要素などまるでない。

 異世界から来ました。元の世界でそう自己紹介されたら、壱に限らずとも絶対に信じないし、危なさを感じてしまいかねない。

 今のところは、それでいい。

 彼女との会話には、支障はないし、壱も生まれなど気にしない。壱が気にしなければ、なんら問題はないことだ。

 しかし極東の地か、やはり似たような人種圏、文化圏は世界は違えどもあるらしい。


「でも、驚いたよ。私は奴隷だけどある程度自由を利かせてもらっていてね、森の中を散歩していたらイチが倒れていて、本当に驚いた」

「じゃあ、セネーレが命の恩人だったのか」


 即座に座りを正し、セネーレに向けて深々と頭を下げる。

 普段ならお礼を言う行為に恥ずかしさを感じていたものだったが、あまりにも素直に言えた。


「助けてくれて――ありがとう」

 

 下げられた頭に、セネーレは慌てふためき、必死に頭を上げてと壱の姿勢を戻させる。急なお礼の言葉に動揺の治まっていない彼女は、「それに」と続ける。

 

「私だけの一存でも、自由を利かせるにも限度があるよ、私の所有者の許可があってのものだから」


 所有者、つまりは壱の所有者でもある。道で拾った子供を奴隷として売り払う行為を行えるあたり、相当にやり手かつ、儲けのためなら些細な小事は厭わない人物だと思われる。

 その魔の手に、壱はかかってしまったらしい。 


「私の所有者も、前の人が逃げ出して、死ぬとは思っていなかったみたいだったからね、イチを拾ったのは思わぬ収穫だったと思うよ……いきなり奴隷にされた壱には堪ったものじゃなかっただろうけれど」

「それで生き延びれたんだから、文句なんてないよ」


 生きるか死ぬか、倒れる前に、たしかにそう考えた。でもこうして助けられてみれば、意外とさっぱりとしたものである。生きるか、と何気なく思ってしまうのだから、生物としてはまだまだ死んでいない証拠である。

 生きるのに思わなければならないくらいには危な気だが、まだ大丈夫だ。

 奴隷でも、まだ生きられる。


「じゃあ、僕はこれから売られるのか」 

「えっと……違うんだ」


 何気なく言った台詞だったが、その返答にセネーレは言い淀む。

 まあ、自分達の売り買いの話題で盛り上がるほど無神経でも異常でもないが、それとは別の、それはそれとしてのわけがあるようだった。

 言い淀み、悩み、意を決してか、でもやっぱり途切れ途切れで。


「壱は売り物じゃなくてね……おまけ」

「おまけ?」


 やはりあまり話したくなかったのか、ぼそぼそと簡潔に言われる。

 しかし、おまけとは、一体。


「高い商品を売る際に付けるサービス品、それがきみ」


 売り物ですらなく、おまけの品。 

 別段、傷付きも気にもしないのだが、セネーレとしては気に障るのでは、と気遣っていてくれるようだったが、奴隷の時点で扱いは最低なのだ、その価値が変わるとも思えない。

 それに、その高い商品とは間違いなく、彼女のことだろう。壱を気遣い言いはしなかったが、もしくは暗い話題になるからと必要以上に言いたくなかったのだろうが、それぐらいは推察できた。

 冷めた性格で、冷静に理解できた。

 理解できたからこそ、こちらからも一言彼女を気遣わなければいけないだろう。

 一方的に気遣われるだけは、嫌なのだ。


「セネーレのおまけなら、悪いとは思わないよ」


 少々、多少、いや、かなり臭い台詞を言ってしまったかなと壱がそこを気に掛ける中、セネーレはセネーレで「そ、そうかな」と照れくさそうにしているだけなので、この世界の基準としては十分にありなのだなと妙な納得をしてしまう。

 じゃあ、と壱は尋ねる。


「この馬車は、売る場所に向かってるの?」


 その質問に、会話を始めてから見せていなかった、あの沈んだ表情を見せ、彼女は言った。


「私達――そう、厳密には私だけど、私を売るに足る場所に、今は向かってるの。多分、もう数時間もすれば着くはず」


 何処かはわからないが、奴隷を売り買いする場所へと向かっていたようだ。それも、後数時間で着くとは先程起きたばかりの壱にしては急である、都合などまるで関係なく、目まぐるしい。

 聞けば壱を拾いはしてもさほどの傷もなく、それもあって疲労からの行き倒れと判断されたらしい。それでは一体、何分、何時間、何日そこで寝ていたのだろう。身体の倦怠感はあっても、まるで痛みを感じないなど、元の世界ではあり得ない、もしかしたら、お馴染みな設定よろしくこの世界に身体が適応し始めているのかもしれない。

 しかし、私を売るに足る場所と来たか、おまけ(壱)が付くほどなのだから、自惚れでもなくありのままの事実なのだろう。エルフを売るに相応しい会場、それ相応の金額を用意ができる人が集まり、金額に値する稼ぎを、資産を持ち合わせる者達が集う場所。

 ブラックマーケットと呼ぶべきか、決して表だっての場所ではないのは明らかだった。

 

「その場所に名はないの、あえて付けるならそこはね――」


 名もなき場所を、意を決したように、呼ぶ。


「――『村』と呼ばれているの」

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