5 異世界チート
森の中で目覚めたとき、井玖津 椋はここが異世界だと確信した。誰もが不安がり、明日もわからない恐怖に怯えている中で、椋は自らが得た能力を誰よりも先に自覚し、見入っていた。それには『閲覧者』と書かれ、こうして自身のステータスを閲覧していた。
自身の持つ能力、力が文章化、数値化されたゲームでもお馴染みのステータス。何が強く、何が弱いかを客観的に、まさにゲームの如く確認できるなど、それも自分だけならまだしも、他人のステータスまで覗けるのだからチートもいいところだ。
(どうやら俺以外にも能力に目覚めた奴はいても、このステータス表示はないらしい)
何人かがようやく能力を自覚し驚いているのを尻目に、椋はまずこのステータスが見える事実を伝えずに隠すことにする。まだ状況が二転三転しそうな渦中で、易々と手の内を見せるべきではないと判断する。
(いつ誰が敵になるかもわからんしな、さて、表向きの俺の能力を見せておくか)
自身のステータス一覧に表示される能力名、その一つの名を読み、含み笑う。
まさしく、これこそが自身が求めていたものだと、確信する。
『勇者の雷』
誰もが恐ろしげに己の能力を扱う中、手を翳し、見せ付ける。手から射出されたのは無数の雷、正面にあった樹木群を粉々に砕き、圧倒的な威力をもってお披露目を完了する。
周囲を見遣ると、椋を恐ろしいものを見るかのような目で見る一方で、その力に縋るかのような眼差しが向けられていた。
(あとは力試しをしたいところだが……まあ焦らずとも機会はくるだろう)
その椋の予想通り、その機会はその日の夜に訪れた。
漆黒の闇に覆われた森の中から現れた数匹の獣、一見狼のようではあるが、生物としての根幹が違うかのような、争いに特化した身体つきをしている。そんな獣が一斉に現れ、突如として襲い掛かってきた。
初めての戦いだったが、中々上手くいった。手から放たれた雷撃は一直線に獣へと吸い込まれ、簡単に蹴散らすことに成功したが――まさか死人が出るとは思っていなかった。
死んだのは担任の教師、生徒を庇い、先生として、大人として恥じない最期だった。
担任の教師が死んだとき、確かに悲しみ、助けられなかったことに後悔したが、同時に、明確に異世界に来たのだという事実を改めて得て、ふつふつと滾ってくるものがあった。ここはもう以前の世界ではない、頼るべきは自分自身の力なのだと、クラスメイトを導けるのは自分一人しかいないと確信した――そのときだった。ふと、椋は視線を感じた。まるで見透かされているかのような、そういった類の視線。
(何だ、読心系の能力の奴でもいたのか?)
椋は若干の焦りを覚えながらも視線を感じたほうを見遣ると、そこにいたのはとある有名人だった。部活中に何度も何度も倒れ、その都度怒られてはまた倒れ怒られる、保健室常連の厄介者、名前は知らなかったがそれだけは知っていた。
視線を送っても相手は特にその眼差しを逸らすようなことはせず、極めて自然に、興味を失ったかのように見るのをやめてきた。対して、椋は念の為にステータス確認を行う。一度クラスメイト全体を見渡して数値や能力の確認をしていたが、もしかしたらあとから能力に目覚めた可能性だってあるし、実際目覚めた者もいる。
しかし。
(ステータスには何ら能力の表示はない……気にし過ぎか?)
急いで能力の有無を確認してみるも何ら表記はない。
慎重になり過ぎて悪いことはない、それにこちらを見遣っていたのは彼一人だけではなかった。一番気になる視線の先を見たのだが、他の視線も中々に危な気で警戒すべきものがある。
その数日後、数人のクラスメイトが姿を消した。
椋にはわかっていた。消えたクラスメイトが、あのとき視線を投げかけていた者達であると、何となく察しがついていた。あの彼は残っているようだが、貴重な能力持ちが何人か消えてしまったのは手痛い。まあ、協力的な仲間だけが残ったと解釈すればよいだろう。
こうして、着々と基盤造りを終えていき――今日この日、動き出し、始まった。
「椋様、どうかされたのですか?」
思案に耽っていた椋に投げ掛けられた初老の男性の声、こちらを気に掛ける声に薄暗いものはなく、純粋に上の空だった椋を気遣ってのようだった。
正面に座る仕立ての良い服装をした老人に、椋は笑顔で応える。
「いえ、この一週間を思い返していたのですよ。その機会を与えてくださったこと、本当に感謝しています」
「何を仰います。魔物達からの襲撃から助けて頂き、まさか『勇者』の称号を持つお方に会えた私にこそ感謝を述べさせて下さい。こうして皆様を王都へお連れ出来る大役をこの老人が任されるとは、長生きをするものですな」
そう言って微笑む老人に対して、勇者ね、と椋は内心でほくそ笑む。
もっとも呼ばれたかった名を呼ばれ、浮かれてしまう。
そろそろクラスメイト達も助けられ、こちらに向かってきていることだろう。
ここから始まるのだ。
チートを持った俺の、物語が。