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走って走って異世界で僕は  作者: 銀貨
プロローグ
3/12

3 逃げて走って倒れて

 逃げました。

 ええ、逃げましたとも。

 もうあの場にはいられなかった。あのクラスメイト達の視線を受け続け、耐えられる自信など壱にはなかった。壱は強くなどない、狂っただけの男子学生が正気に戻ればこんなものである。

 一度狂ってしまっても、中身は何ら変わらない。

 変わるのは周囲の目と、自分を見る自分の目、本質などそう変わりはしないのに、一つの出来事で決められてしまい、決まってしまう。

 狂わなければ戦えない、弱い弱いただの人。

 正気で勇気は奮えない、狂気でやっと凶器を振るえた奴に、あの場に居続けるだけの根性はなかった。

 でも、数日はあの場に留まるべきだったかもしれない。

 逃げ出したのはあの直後、最後の男が倒れ、周囲の視線が集まったそのとき。

 壱は駆け出した。幾分か拓けていたその場から、森の中へと走り去る。全速力で走った後だというのに脚は何ら異常もなく動かせたが、殺し回っているときに感じていなかった疲れがみしみしと身体に深く圧し掛かってきていた。

 いつのまにか剣の柄は手からすり抜け落ちていたが、未だに手は柄を握ったままの形で硬直している。振るっていた腕はひたすらに重く、バランスの取れていない上半身から何度も何度も前のめりに倒れ、擦り切れ薄汚れた身体を顧みず起き上がっては走り出す。

 そのとき壱は場違いにも部活動を思い出していた。

 まあ、逃避の類だった。身体を顧みず、何度も何度も倒れた部活動、何を目指して走っていたわけでもなく、何かに追われていたわけでもない。今の状況に似てはいるが、まるで違う。今はただ逃げていた、あの視線に晒されるのが怖くて、逃げ出していた。

 恥ずべき行為だろうか。

 無頓着に居座るべきだったろうか。

 皆を救ったのは自分だと誇ればよかっただろうか。

 わからない。

 わからないが、駆け出し、走り出し、逃げ出したのは壱自身。

 もはや戻れない、戻るべき道もわからない、戻ってどんな顔をすればよいのかわからない。

 わからないわからない。

 走る速度は衰えない、何処かに辿り着こうなどとは考えず、あの場から離れようとしている。もしくは、走ること自体に逃げていた。

 走り続ければ辿り着けると思っていたのかもしれない。

 何処にも辿り着けたことなんてなかったのに、願っていたのかもしれない。

 でも、そんな無茶無謀は続くわけもなく、当たり前だが人は走り続けられない。部活中、幾度となく実体験した失敗であったはずなのだが、失念していた。逃げるのに夢中で、気付けなかった。

 意思に反して徐々に傾いていく壱の身体、何とか支えようと脚を前に出すが追い付かず、何度目かもわからない地面へと勢いよく倒れ込む。再び立ち上がろうとするが、脚は何ら反応を示さず、身体にうまく力が入らない。

 視界は霞み、空気を取り込んでいる肺ですら止まりそうだった。

 いつもなら、気付いた部活仲間が助けてくれて「またかお前」と仕方がない奴だと担ぎ、保健室に直行するのだが、ここは違う。やっていたのは部活ではなく盗賊を殺すことで、走っていたのは無心ではなく逃げていたから。 

 

「仕方がない……か」


 ぽつりと、壱はいつもの口癖を呟くが、空しさだけで何ら効果は得られない。

 それでもまだ硬直の残る手を前へと伸ばす。ずるずると、脚が動かないのなら腕があると、地面を這いつくばりながら進んでいく、止まるわけにはいかず、進む。

 しかし、そんな足掻きが長く続くわけもなく、元々酷使していた腕から、五指から力は抜け去り、ついには動けなくなった。

 いよいよもって、壱は止まってしまった。

 力を振り絞り仰向けになると、大きく息を吐く。

 身体中が悲鳴を上げ、これ以上は動きたくないと訴えかけてくる。極度の疲労状態になったときには意識を失うものだが、壱は朦朧としながらもまだ意識を保てていた。

 残酷にも、考えるだけの余地が残されていた。

 これからどうしようと現実的なことを考えてみるが、何ら案は浮かばない上、余計なことばかりを考え始めてしまう。

 たとえば、僕は人を殺したんだなとか。

 人を殺して、考えるなんてしなければ、考えることもしないのだなと。

 後悔も反省もなければ、高揚も興奮もない。人殺しに罪の意識を持てず、人を斬り付ける行為に抵抗は一切なかった。狂っていようとも、言葉では躊躇や容赦を捨てたと述べようとも、無意識に働くべき理性は何ら機能を示さなかった。

 壊れている、もしくは初めからそんなものはなかったか。

 冷めた奴など表現としては生温く、ならば残酷か、はたまたそれ以前の問題。

 走らなければ思ってしまう、立ち止まっては考えてしまう。

 僕は一体何なのかと、思考してしまう。

 普通ではないと自覚していた。

 自覚していたが、把握し切れていなかった。

 ここまでかと、ここまでかと、壱は異世界に来て思い知らされてしまった。


「……疲れたなあ」


 そこまで考えたところで、急激に瞼が重くなってきていた。

 僅かに残っていた意識はぶつりぶつりと途切れ始め、その僅かな合間で最後に考える。


 走り 続けるべ  きか立ち止  まるべ  きか。

 生きるべ  きか死  ぬべき   か。

 


 さ て    どう   し  よう        か   ―――

 



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