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『お前は、どうしたいんだ?』

「さて、こいつが例の魔物か」


牙を大地に突き刺され、身動きがままならなくなった魔物を眺めつつ、エストはぼそりとつぶやいた。

そもそも彼の目的は、洞窟の最奥部に住み着いてしまった魔物を討伐することだ。怪しげな連中とやりあったことはあくまでついでだったのだ。


「魔物狩りか?」


「まぁな・・・討伐依頼が来てんだよ」


未だ悲鳴を上げる体を引きずりつつ、魔物のもとへ足を進める。

先ほどまではしきりに体をゆすり、突き刺さった牙を抜こうとしていた魔物もついにはあきらめたのか動くことをやめていた。


「・・・・わりぃな、お前にうらみはないんだけどよ」


この魔物の討伐依頼がどのような経緯で持ってギルドに持ち込まれたのか、それは依頼主以外には決してわからない。

もしかしたら依頼主にけがを負わせたのかもしれない、依頼主の大切な人間の命を奪ったのかもしれない、はたまた魔物だからという理由だけで狩られるのかもしれない。

討伐依頼のほとんどは、こういったものばかりだ。時にはどう見ても無害そうな魔物の討伐を依頼されることだってある。だが、そこに戸惑いを覚えるにはエストは少々慣れすぎている。


「やらせてもらうぜ」


だからエストは、魔物の命を奪うその直前に一度だけ詫びる。時には人間の傲慢さを詫びたこともあれば、ただ単に命を奪うことに対してのみ詫びたこともある。それが彼なりのルールだった。


まっすぐ剣を振り上げ、魔物の目を見つめる。魔物もまた、まっすぐとエストの目を見つめる。だが魔物の目線は一時そらされ、洞窟の最奥部へと向けられた。

それに合わせてエストが視線をそらすと、洞窟の最奥部にはこの魔物を2まわりほども小さくしたような影がいくつか。


「・・・・子供、いたのか」


魔物の子供の体はまだ小さく、か細く上がる悲鳴にも似た鳴き声を聞く限りではまだ親の庇護なしでは生きていくことすらままならないだろう。だが、それは殺すことを迷う動機にはならない。否、迷う動機にしてはならないとエストは考えている。


「俺も、そうやって生きてきた。だからあいつらは殺さねえよ」


その部分だけは、誰にも聞こえることのないよう小さくつぶやく。

魔物もまた、そこまで聞くと再びまっすぐとこちらを見据えてくる。


「いい覚悟だ」


振り上げた剣を握る手に、ぐっと力を込める。命を奪うことへのためらいはもう、ない。

まっすぐに剣を振り下ろし、あとは魔物の首へとその刃が吸い込まれるだけ


「待って!!!」


の、はずだった。


「ぐっ!?!」


唐突にエストと魔物との間に滑り込む影。もはや剣を止めることはかなわず、ならばとばかりに横方向への力を全力で加える。

努力の甲斐あって、かろうじて剣は目の前の影のわずかに左側へとそらすことができた。


「ッ・・・何考えてやがるッ!?」


目の前で目をぎゅっと閉じて頭をかばう少女を睨みつける。

滑り込んできた影の正体、それは先ほどエストを治癒術で癒していた少女。その少女の命をあと一歩で自分が奪っていたかもしれないという感覚が、エストの怒りを加速させる。


「一歩間違えりゃ死んでたかもしれねえんだぞ!?」


「あの!」


エストの怒りを正面から受け止めつつ、しかし少女は大きく声を張り上げる。

いいとこ育ちの貴族の令嬢、程度に思っていたエストはそのあまりの剣幕に飲まれて怒りをひっこめさせられてしまう。


「この子・・・殺さないで、あげられませんか!?」


「・・・・・・・は?」


たっぷり数秒は固まったのち、やっとエストがひねり出せたひとことはあまりに間の抜けたものだった。

しかし、それほどにこの少女の発言はエストにとって突拍子もないものだったのだ。


「お、お前な・・・魔物なんざ生かしといたって、百害あって一利なしなんだぞ!?」


「でもこの子、まだ害なんて与えてないじゃないですか!?」


そのあまりの発言に、エストは手で顔を覆ってしまう。少女の、あまりの甘さにだ。


「それはお前だけに限った話だ。こいつには何かしらの経緯を経たうえで討伐以来が出されている・・・つまり、どこかでこいつは誰かに害を与えたんだよ」


自分は害を与えられていない。まあその通りだといえるだろう。

この少女は確かに何も害を与えられておらず、エストの傷もまた治癒術によって癒された今となっては害に含めなくともよいだろう。魔物には子供がおり、今この瞬間だけ切り取れば子供から親を奪おうとしているように映るだろう。


「わ、私だけ・・・?」


「そうだ。てめえを中心に世界を回すな・・・・甘いんだよ、てめえは」


だが、魔物は人を害する。だから自分はそれを狩る。ただそれだけのことなのだ。

生きるために様々な命を奪う、これはギルドに入って一番最初にエストが習ったこと。そうして奪った命で自分は生きており、そうして命を奪う過程というのはどこまでも理不尽なもの。


「俺たちギルド員は、てめえの甘い考えのためだけに依頼を放棄することなんざねえよ」


仕事の一環として理不尽に命を奪う。それとて自分が生きることとなんら変わらない。

エストの中で、すでに結論は出ているのだ。


「甘すぎんだよ、お前は」


幼いころ、まだエストがギルドに入ったばかりのころ、同じことを考えた。そして、その甘さをある女性にたたきなおしてもらったのだ。

いい思い出であると同時に、そのおかげで今の自分があることをわかっているエストは、あえてその厳しさをそのまま目の前の少女にたたきつけたのだ。


「・・・・そう、ですね。私は、甘い・・・わかってました」


教訓にさえなるのなら、恨まれたって構わない。そんなつもりで、それこそしばらくは立ち直れないほどにはつらく当たったつもりでいた。

とっくに精神的に参らせた、とエストは思い込んでいた。

だからこそ、それでもまだ声を上げてくるこの少女に素直に驚いていた。


「だからこそ言います。この子を生かす道を考えたいんです」


そして、ここまで強く自分の意志を貫こうとしてくる少女に驚く一方で、何か未知の感覚が湧き上がってくる自分に動揺を隠せなかった。


「・・・・へぇ、それで?」


「・・・っ!?そ、それでって?」


だからなのだろうか?普段なら決してしないような、相手を試すような発言がエストの口をついた。

あまりに唐突な発言だったのだろう、少女は目を大きく見開いたまま固まっている。


「え、え・・・えーと・・・その・・・それ、で・・・?な、何がですか・・・・・?」


「・・・・・・ホント、後先考えてなかったんだな。だから、お前は、どうするんだと聞いたつもりなんだが・・・」


怒りを通り越して、すでにあきれの域に達したようだ。エストは額に手を当てつつ、大きく息をつく。

魔物を殺すこと、ただそれだけを考えていたはずの思考が水を差されたことによって少しずつ冷めて行く。


「えっと・・・その・・・ど、どうすればいいんでしょぅ・・・」


語尾がほとんど聞き取れないほど自信のなさそうな声。しかし、自分よりも頭半分ほど背の低い少女の困惑の視線は、少しばかりエストには刺激が強かったようだ。


「ッ・・・・一個だけ、手がないこともない」


顔を赤くしつつも、仕切り直しとばかりに少女を一にらみしてからエストは突き刺したままだった剣を引き抜いて右肩に担ぎなおす。一方護衛の少女は、目の前の少女をエストが侮辱しているとでも思っているのかエストを睨みつけっぱなしだ。

そんな視線を気にもかけず、エストは目の前の少女に指を突き付ける。


「言っとくけどな・・・成功率はよくて五分五分だ。うまくいかなきゃ100パーセントこいつは暴れだす。・・・その責任、てめえがとれ」


責任をとる、すなわちこの魔物の命を奪えという意味だ。

かなり酷な宣告であるが、エストにとってみればこれでもかなり譲歩したのだ。

一度は吹き飛ばされ、二人がかりでやっと無力化することに成功した魔物だ。しかも悲鳴を上げる体では、先ほどと同じことができるという保証もない。もし再び暴れだされたら打つ手がないのだ。


「俺の身体もほぼ限界だ。もう一度暴れられたら確実に俺たちは死ぬ・・・だから、そうなる前にてめえでケリをつけろ」


「・・・・っ」


目の前の少女が息をのむ気配が伝わってくる。なぜかそのしぐさに、一瞬リオの姿が重なってしまって罪悪感を覚えたが頭を振ってそれを振り払う。


「それができねえならコイツは殺す。・・・どうすんだ?」


「貴様・・・!先ほどから聞いていれば無礼な口を!」


ついに我慢できなくなったのだろう、護衛の少女が横合いから食って掛かるように荒げた声をあげる。

だが、そんな声に対してエストは冷たい視線をぶつけて応える。


「暴れたならば私が魔物を討つ!それならば文句はあるまい!?」


「大アリだ、少し黙ってろ護衛。俺は今、こいつに聞いているんだ」


その一言に堪忍袋の緒が切れたのだろう。少女は腰に下げた刀の柄に手を当て、今にも引き抜かんと構える。


「非礼を詫びろ・・・さもなくば、切る」


「待ってっ!!!・・・私、なんですね?」


そんな彼女を抑えたのは、唇をかんでうつむいていたもう一人の少女。

先ほどから一切そらされないエストの冷たい視線に対して、正面から向き合ってそれでもなお毅然な視線でもって応える。


「ああ、お前だ。その程度の責任も負えない、覚悟もできないヤツに、甘いことなんざ言わせねえよ」


「・・・・・そう、ですね。あなたの言うとおりです」


言葉をかみしめるように、胸に手を当ていったん下を向く少女。

だが、大きく一度息をつくと顔を上げてまっすぐにこちらを見つめてくる。


力はあります・・・・・・。覚悟も・・・決めます。お願いします、やり方を教えてください」


すっと頭を下げる。手がスカートの前部分を握りながら震えているのは、怒りからなのか恐怖からなのか、エストにはわからなかった。だが、覚悟を決めたという言葉を信じさせるだけの何かを、エストは少女から感じ取った。


「・・・・・強情なヤツだな、お前」


肩に担いだ剣を、ため息とともに軽くふるう。

魔物へと改めて目を向け、剣を握っていない方の左手を数度開閉させる。


「この魔物・・・ブレイドボアっつーんだが、その名前聞いてわかるとおり、でけえ牙が特徴の魔物だ」


ブレイドボアの牙は全長およそ1m半、太さもかなりあり、2m近くある巨体をわずか二本の牙で完全に支えられるほどの強度がある。当然、彼らの立派な武器なのだろう。


「いわばコイツが自信の象徴・・・なら、そいつをへし折ってやりゃあ、もしかしたらここを逃げ出すかもしれねえ」


確証はねえがなと皮肉をこぼし、エストは先ほどから剣呑なまなざしを向けてくる護衛の少女に目を向ける。


「手ぇかせ。お前のご主人様の頼みだろ?」


「ぐ・・・・言われるまでもない!」


エストが左、少女が右の牙の前でそれぞれの得物を手に立つ。男性にしては小柄なエスト、女性の中でも群を抜いて小柄な少女。どちらも牙をへし折るには力が足りないようにしか映らないが、それを補うためなのか全力で振りかぶる。


「いいか女!俺たちの力じゃこの牙へし折るだけで精一杯だ、暴れだした瞬間にてめえがやれ!」


「は・・・・はい!」


力をためる二人に合わせるように、緊張度合いを増していくもう一人の少女。

エストの第6感が、周囲に満ちる精霊のざわめきをとらえるが、ひとまず剣へと全力を注ぐことに集中する。


「行く・・・ぞッ!!!」


さして打ち合わせがあったわけでもないというのに、二人の振り下ろした剣が牙をとらえるのはまったくの同時だった。

甲高く、それでいてどこかくぐもったような音が洞窟中を満たし、一瞬ののちに静寂へと消えていく。


支えを失った魔物のからだが、ぐらりと揺れる。


「・・・・・おねがい・・・っ!」


必死な響きを秘めた少女の願いの声が、耳が痛いほどの静寂に飲まれていく。

ブレイドボアは、一瞬の静寂を経たのちその体をゆっくりと起こす。先ほどまで敵意に満ちていたはずのその目が、どこか雑然とした色を秘めていることに気付いたエストは、一足先に集中を切る。


「・・・・・・・ふぅ」


ブレイドボアは、ゆったりとした足取りで少女へと近づいていく。

エスト以外の二人はその様に身を固くしたが、魔物がゆっくりとその鼻先を少女へとこすり付ける様子に緊張を解いた。


「・・・・・わかって、くれたの?」


一切少女に目を向けることも、鳴き声を上げることもなく魔物は子供の待つ巣へと振り向いた。

甘えるようにすがりつく子を引き連れ、姿が見えないところまで歩き去ったところで少女はぺたりとその場に座り込んでしまった。


「・・・あ、はは・・・よかったぁ・・・」


エストと護衛の少女もまた、それぞれの得物を鞘に納めるとその場に座り込んだ。

先ほどのダメージが残るエストはもちろん、渾身の力で地面めがけて魔物を叩き落とした少女のからだにもまたダメージがたまっていたのだ。


「・・・はっ・・・大したもんだな、お前」


ぼそり、とほとんどつぶやきのような小さな声だったが、まったく音のない洞窟の奥では十分に残りの二人の耳に届いたようだ。


「え?」


「大したもんだって言ってるんだよ・・・はぁ・・・ったく、本当に成功させちまうとはよぉ」


上半身を投げ出すように座っていたエストは、片手で顔を覆う。自然ともれてくる笑いが、クツクツと静かな洞窟中に響き渡る。


「そ、そんなに・・・笑います・・・?」


「笑わずに、いられるかっての・・・ククク、ほんと大したやつだよ」


ひとしきり笑い終えたのか、大きく一息つくと反動をつけて立ち上がる。


「大したもんだよ、お前。まぁ、無駄な殺生しねえで済んだ・・・・・・礼を言うぜ、ありがとよ」


いまだに座り込んだままの少女に、エストは手を差し伸べる。

その手をつかんだ少女は、一瞬立ち上がると思われたがわずかな唸り声をあげて首をひねる。


「・・・どうした?」


「あ、あははは・・・腰、抜けちゃった・・・」


はぁ、と再び大きくため息をついたエストは握ったままの手を離して自身も座り込む。


「お前、名前は?」


そこで名を聞かれるとは思っていなかったのだろう、少女は少しばかり面食らった様子だった。

それでも素早く立て直し、口を開く。


「私は・・・・・・」


長すぎる間。明らかに不審な様子を見せる少女に、エストの眼差しが厳しいものになる。

一方で少女は何かを考え込むように、ほんの数秒ほど俯く。


「・・・私の名前はアリエス。あちらの子は、エリン。助けていただいて、ありがとうございました、剣士さん」


意を決したかのように、小さく顔をはね上げつつの名乗りに、怪訝そうな視線を隠しもせずにぶつけるエスト。


「剣士さんも教えていただけますか?」


そんな視線など意にも介していない様子で、しれっと名前を聞いて見せる少女。

警戒心丸出しの視線はそのままに、エストもまた自分の名を名乗る。


「エストだ。見りゃわかると思うが、ギルドに所属してる」


「依頼で、魔物の討伐にいらしたんですよね? さっきもおっしゃってましたので、なんとなくわかってました」


エストの目にはさほど裏があるとは写らない、屈託のなさそうな笑顔を浮かべる少女アリエス。

だが、その程度で疑いを解くほどにエストは他人を信じない。


「(偽名・・・だろうな。家名を名乗ってこねえあたり、なんかあるんだろうな)」


アリエスと名乗ったこの少女、エストの目には貴族、それもかなりの箱入り娘に映っている。

リオのように(・・・・・・)、貴族は時として王族に仇なす存在として敵対されることもある。アリエスが貴族であると仮定すれば、今までエストが見てきた一連の出来事全てに納得が行くのだ。


「・・・・・話せねえ、ってか?」


決して気を許したわけではない。ギルドに所属する人間にとって、自分の身は自分で守るのが当たり前。危険なこと、特に強大な権力を持つ王族相手に楯突くような行動など自殺行為だ。


だが、そうであったとしてもだ。

今のエストには、目の前の少女に肩入れしたくなる理由があったのだ。


「・・・話せるところまで、話したいです。でも、最後までは・・・」


話せるところまでということは、暗に話せないこともあると言っているのと同じこと。

何かしら事情があるにはあるが、それを隠すつもりは全くないということ。


とりあえずという形で、エストはそこを信用することにしたのだ。


「で?」


だからこそ、覚悟をもって首を突っ込むことにしたのだ。

かつての自分と、そしてリオと同じ苦しみに直面している少女を救うために。今まで腐り続けていた自分を、ほんの少しでも変えるために。


「お前は、どうしたいんだ?」


かつて選択を与えてもらえなかった自分とは違う道を歩ませるために、エストは選択を投げかけた。


更新が遅くてすみません・・・と、言っても読んでくださっている方なんてほとんどいないのかもしれませんがorz


交差する道の先での続きになります。今回でやっと、一番最初のキャラ設定で書いた名前を全員分出せました。キャラ自体は数話前から出てたんですけどね(笑)


アリエスとエリンの二人が、これから先どのような形で『エストの道と交差する』のかを、全力で書いていきたいと思います。


こんな更新の遅い作品ですが、おつきあいくださっている方がいましたら、これからもどうぞよろしくおねがいします。

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