夏の終わりに届いたメール
唐突に流れ出したメロディに内心びっくりしながら、俺は持っていたシャーペンを放って机を離れ、ベッドの上にダイブしながらそこにある携帯を掴む。
数秒ベッドの心地よい感触にうずめていた顔をもぞもぞと上げ、開いた携帯に一通のメールを確認する。
――プール行こうぜ!
馬鹿な友人からの馬鹿なメールだった。
あまりにも馬鹿だったので単刀直入に相手に馬鹿とメールを送りつけてベッドの横の窓から外を眺める。
闇、とするには外にある電柱と民家が邪魔をする暗さ。
空にはうっすらとした雲がかかっており光の弱い星は見えず、月は昇っていないのか見当たらない。
控え目な空だと感心するが、目ではなく耳に入ってくるのは逆に謙虚さを知らぬ虫のうるさい鳴き声。
しばらく呆けていると、再びメロディが流れた。
視線を携帯に移すと、今度はメールではなく電話だった。
「只今留守にしております。ぴーという音が鳴りましたら、性が山本で名が武弘の方は小学生の頃に出したラブレターを音読してください」
『言っとくけどお前、アレ掲示板に掲載された程の力作だぞ?』
「晒されただけだ馬鹿。いいから泣け」
まずは軽い軽口。この夏ほぼ毎日似たような事を繰り返している。
「で、何? 今度は清水さんに手紙送りたいの? あの子彼氏いるよ?」
『ちげえって! 今回はお前をデートに誘おうと思ってさ!』
「切るぞ。まだ明日提出の宿題終わってないんだ」
『あー待て待て! お前だってプール入りたいだろ?』
寝返りをうって見るのは部屋の隅にある音も立てていないクーラー。次いで肌に張り付くシャツを浮かせ中に空気を送り込む。
「入れればな。プールったってどこに行く気だよ? 近場にあるプールっていったらお前、学校しか――」
自分の発言にはっとし、俺は上体を起こして携帯にかじりつく。
「お前、まさか……」
『あっは気付いたっぽいね、りょーちん?』
馬鹿だ、こいつ。
『安心しろって。今日の当直は里山のじーさんだからバレねえって。たぶん』
「流石にバレるだろ。新学期早々呼び出しとか俺ヤだよ」
それに、まだ宿題も残っている。
『あと何人か呼ぶつもりだからさ、皆で夏の締めくくりといこうや』
この茹だるような暑さはまだ続くだろうが、一か月続いた夏休みは終わってしまう。
そんな日に、学校のプールに忍び込んで『馬鹿』をやる。
ふむ、考えてみれば、
「――悪くない」
電話を終えた俺は手早く支度して、親に見つからないように外に出て学校に駆けだした。
「ウヴォオオォラァァア!」
「ヌゥオラァって、ちょ、ま、待て! まぶへぁ!」
巨大な水飛沫とともに隆弘が沈んでいく。
「――っは! おいこら亮太! 乗り気じゃなかった癖に一番騒ぎやがっ待て! まだ呼吸が整ってな――!」
もう一度水飛沫が上がる。
これで一人の馬鹿が死んだ。
これは世界にとって良いことだ
ノーベル賞の一つくらい貰いたい。
しかし惜しいことだ。
とても愛すべき馬鹿だったというのに。
「おい」
背後からの声。
対処しようといたときにはすでに腰に手が回されていた。
「死ねえぇぇ!」
「う、うぉ……!」
頭から水中にぶち込まれ、水が鼻から喉から入ってくる。
体を動かして足場を見つけ、立ち上がって顔を出すと同時にむせかえった。
「はっはっはどうだ? 思い知ったか?」
「て、てめ――」
「――ぇら何やっとるかぁ!」
突如、怒鳴り声が響いた。
「里じぃだ! 逃げろ!」
誰かが叫び、俺達はすぐさまプールから上がり荷物を引っ掴むと、当初話し合っていた通りに散り散りに逃げ出した。
どれくらい走ったか、後ろを振り返るともう里じぃの姿はなく、あれだけ響いた怒鳴り声は無くなっていた。
ゆっくりと速度を落とし、道の端の雑草の上に仰向けに倒れこむ。
「は、はは――」
体はきつかったが、自然と笑いが込み上げてきた。
近くで吠え出した犬に負けないくらいに笑った後、俺は咳き込んで笑うのを止めた。
息を整えながら空を見る。
涼しい風が濡れた髪に触れ、駆け抜けて行く。
静かな。
とても静かな、明るい夜。
晴れた空の片隅に、欠けた月がいつの間にか上がっていた。
その静寂を遮るように携帯が鳴りだし、俺は慌ててそれを取り出す。
――逃げれたか?
キングオブ馬鹿・隆弘からのメールだった。
俺に対しての問いかけであるはずのその文章が、なぜかとても客観的なものに見える。
……ああ、そうか、逃げられたんだ。
気付く。
気付いてから細く声が漏れる。
「夏に、逃げられた……」
どのくらい寝転がっていたのか、気がつけば髪はほとんど乾いており、冷えた体に悪寒が走る。
このままでは風邪をひく
上体を起こし、数秒月を見上げて立ち上がる。
後頭部をかきむしって砂を落とし、体を拭いて服を着てからゆっくりと足を動かす。
「あ……ああ、くそ……」
思い出し、舌打ち。ついでにため息も吐いておく。
「宿題も逃げてくれればよかったのになぁ」
遠く、どこからか、一度だけ小さくジジ、という鳴き声が聞こえた。
電撃掌編王でテーマ「夏の終わりに届いたメール」で応募されてた時に書いたものです。
こういう馬鹿、やれたようなやれなかったような。




