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姫さま、彼女ができる

 

 にやにやにやにや。

 元騎士の目の前で、だらしない顔でわらっているのは元姫さまである。元騎士の部屋でクッションを抱えて、視線はどこか宙を見つめている。時折、ちらちらと元騎士に視線をやっては、また視線をそらしにやにやと笑う。

「………」

 聞いて欲しいのだろうなあ、とわかっていながら元騎士が声をかけないのは、姫が笑っている理由を知っているからである。

(女生徒に呼び出されてから、この調子ですから…交際を申し込まれたのでしょうね)

 姫が嬉しいことは、自分だって喜ばしいことである。しかし、この表情の崩れようはいただけない。

「姫、お顔が崩れておりますよ」

 姫という呼称は、中学生になった今では二人きりのときだけしか使っていない。今世を謳歌したいと願う主が強く願うものだから、他者がいる場では名前で呼ぶようにしている。

「いやあ、だってさあ。前世では恋愛なんかできなかったし、これはもうまさしく春が来たーって感じなわけよ」

 頭の中に春が来ていそうな顔で、元姫さまは言う。

 よかったですね、と返しながら、元騎士はお茶のおかわりを渡すのだった。


 **


 昨日の笑顔からうってかわって、元姫さまの顔には表情が無い。クッションを抱えた姿も宙を見つめる姿は変わらないのに、表情だけがごっそり抜け落ちている。

 今度は何があったのか。

 交際を申し出てきた女生徒の呼び出しに応えて傍を離れた昼休みの後から、ずっとこの調子である。

「どうされたのですか」

 姫の好きだった熱い紅茶を渡しながら、元騎士が聞く。

 元姫さまは宙にあった視線を手元に移し、ぼそりと礼を言ってから紅茶を飲む。

 そのまま何も言わない姫に、元騎士も黙って待つ。

「…あの女、キライ」

 ティーカップから湯気がたたなくなるころ、元姫さまがつぶやいた。

 前世でも今世でも、人の好き嫌いなど見せたことのない主の言葉に元騎士は驚いた。

「何かあったのですか?外見が好ましいと仰っていたのに」

 問えば、主は紅茶をゆらゆら揺らしながら、ぼそぼそと言う。

「あの女、お前と縁切れって言うの」

 ティーカップから手を離し、自分の膝を抱える。

「大事な友達だから縁は切れない、って言ったら、じゃあ付き合わないとか言うの」

 膝の上に顎を乗せて、ますます体を小さくする。

「意味わかんないって言ったら、俺とお前が仲良すぎて気持ち悪い、とか言うの」

 抱えた膝に額を付けた元姫さまの表情は見えない。いみわかんない、とつぶやく声だけが聞こえる。

「…それでは、私は呼ばれるまで離れていることにしましょう」

「いやだっ!」

 元騎士が話しているのを遮って、顔を上げた元姫さまが叫ぶ。

「話したこともない女のせいで、お前と友達じゃなくなるのなんて嫌だ!」

 主から怒ったような声音でそう言われ、元騎士は困ったように笑う。

「大変うれしいお言葉ですが、それでは同じようなことが再び起こらないとも限りません」

「…お前はそれで平気なのか」

 元姫さまが押し殺したような声で言う。

 応える元騎士は、微笑んでいる。

「あなたにお仕えすることを許されているのならば、どのような形でも私は構いません」

 常にお傍に居られないのは、少し不安ですが。と付け加えた。

 その笑顔を見て、言葉を聞いて、元姫さまの拳にぐっと力が入る。

「なんだよ…せっかく、友達になれたと思ってたのに。お前は、違ったのか。友達だって喜んでたのは、俺だけだったのか……!」

 主からの言葉に元騎士は嬉しさを覚えるが、しかし首を振る。

「私の存在があなたを悲しませるのであれば、引くのは当然のこと」

 こう言えば、納得してくれるだろう、と元騎士は告げた。しかし、主の顔は泣きそうに歪められていく。

「そんなこと頼んでないよ。傍に居るって言ったのは、お前じゃないか。今度はずっと一緒にいられるって喜んだのは、嘘だったのかよ…」

 前世では叶わなかった、対等な関係で友情を築きたいのに。どうしてお前は拒絶する。よく知らない女との恋愛より、今日まで一緒だったお前との友情の方が大切なのに。なんでそれがわからない。

 泣きそうな顔で怒ったように、元姫さまが言う。

 元騎士は、黙って最後まで聞いていた。主が悔しそうな顔で押し黙り、しばらくして元騎士が口を開く。

「…すみませんでした」

 気づけば日は落ち、薄暗い部屋で互いの顔はよく見えない。

「私は、前世と同じようにあなたにお仕えしているつもりでした」

 うつむいた元姫さまをじっと見て、元騎士は続ける。

「違ったのですね。もう、あなたは姫ではない。私がお仕えし、お守りすべき姫ではない」

 静かに立ち上がった元騎士は、元姫さまの手をそっととる。

「それでも、あなたは私の大切な人です。大切な、友人です」

 はっと顔を上げた元主と元騎士の視線が合う。

「気がつくのが大変遅くなって、申し訳ありませんでした。こんな私でも、あなたは友人だと、認めて下さいますか?」

 自信なさげに微笑む元騎士に、元姫さまの顔に笑顔が浮かぶ。

「遅いよ。遅すぎる」

 元騎士の手をぱしりと叩き、それからぎゅうと握った。

「…けど、それでも、友達だからな。許してやるよ」

 元姫さまの顔に、満面の笑みが浮かぶ。元騎士の顔にもほっと安堵の笑みが広がった。

 再開して約十年。ようやく、元姫さまと元騎士は、お互いに友人として笑い合ったのだった。




彼女、一日と持たず(笑)。


元騎士は意外ともてるので、元姫さま余計に「初・告白」が

嬉しかったようです。



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