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姫さま、お見舞いに行く

 

 前日の夜にランドセルに入れる物を確かめるのは、元姫さまの日課である。

(国語と算数と、明日は音楽の授業があるな。…たて笛は必要だったろうか)

 時間割表を見ながら教科書を集めていた元姫さまの手が止まる。音楽の授業は、歌を歌うときもあればリコーダーを使用するときもある。果たして明日はどちらであったか。

 ランドセルにしまった連絡長を取り出して、ぱらぱらとめくってみる。

 前回の音楽があった日のページを見るが、リコーダーの必要性を示す言葉はない。今日の日付も確認するが、明日の「持ってくるもの」欄には、何も書かれていなかった。

 連絡長を見る限り、リコーダーは不要なようである。しかし、持ってくるように言われたような気がするのだ。

(どちらだったか…考えるほどに不安になる)

 不安ならば持っていってしまえば良いのだが、このたて笛というやつは微妙にランドセルからはみ出る大きさをしている。不要かもしれないのに持っていくには、少々邪魔だ。

 元騎士に電話で聞こうかと思うも、時計を見ると夜の九時を回っている。電話は控えるべき時間だろう。元騎士ならば姫さまに頼られたと大喜びで出るだろうが、常識的に考えてやめておいた。

(明日の朝、迎えにきたときに聞こう)

 幼稚園での再会以来、あの男は毎日迎えに来るのだ。そのときに聞けばいい、と考えて、元姫さまは布団にもぐりこんだ。


**


 結論から言うと、リコーダーは不要だった。

 しかし、元姫さまのランドセルには、リコーダーが入っている。

 ランドセルからひょこりと飛び出すその邪魔なものを見て、眉をしかめる。

(なんだって、今日に限って休みなんだ!)

 今朝、元騎士は迎えにこなかった。幼稚園の入学式から小学5年生になる今日まで、一度もそんなことはなかったのに。

 おかげでクラスメイトには、不要なリコーダーを持ってきたことに関して笑われた。お姫さまはお供がいないと駄目なんだな、とからかわれた。

 担任の教師からは「風邪で休んでるから、宿題のプリント渡しておいて」と頼まれた。家が近い者など他にも居るだろう、と言ったら、いつも一緒に居るんだから、いいじゃないかなどと返された。あいつが付いてくるだけだと言っても、担任は笑うばかりだった。

 そんなわけで、元姫さまは現在、元騎士宅に居る。

 実は、再会してかれこれ六年の付き合いだが、元姫さまがここを訪れるのは初めてだ。それというのも、元騎士が「私などの家に姫をお招きするなど、恐れ多い」などと言うからだ。

 まったくもって不愉快だ。

(友達になりたいと、言っているのに!)

 腹立たしいことが重なって虫の居所が悪い元姫さまは、元騎士に文句と、お見舞いの言葉を言ってやるつもりで彼の部屋のドアを開けたのだが。

(寝てるのか)

 ベッドの中、額に汗を浮かべて眠る元騎士がいた。熱があるのだろう、赤い顔で眉をしかめている。

 こんなに弱った元騎士を見るのは、初めてだ。

 その顔を見て、言いたかったたくさんの文句など吹き飛んだ。もう帰ろう。そう思い、元姫さまは持ってきた宿題を机の上に置いて、そっとドアに向かう。

「…ひめ……?」

 振り向けば、ぼんやりした顔の元騎士が体を起こしてこちらを見ていた。

「ごめん、起こしたか。もう帰るから、早く寝ろ」

 近寄って布団に戻そうと手を伸ばすと、元騎士は体をひねってその手から逃れる。

「いけません、ひめ。あなたに風邪がうつったら大変です」

 ショックだった。辛そうにしながら、自分を遠ざける彼にまた腹が立ってきた。

「…俺は、もう病弱な姫じゃない」

 絞り出すように言えば、彼は首を横に振る。

「それでも、あなたが寝込む姿は、もう見たくない。お願いです、帰ってください」

「じゃあ早く布団に戻れ」

「あなたを見送ったら、戻ります。布団の中からで申し訳ありませんが…」

「お前がおとなしく寝たら、帰る」

「ひめ、お願いですから…」

 元騎士は、聞き分けのない子どもに対するように言う。いや、これは病弱だった頃の自分に向けられていた言葉だ。

「…いやだ」

 嫌だ、泣きそうだ。

「ひめ…」

 瞳を湿らせるものを我慢するために、元姫さまは拳を握り締めて言う。

「俺にも、お前を心配させろ!」

 ぽかんとした元騎士。涙目で起こる元姫さま。しばらく静寂が続いた。


 その後、元姫さまの言葉に感激して大はしゃぎした元騎士は熱が上がり、元姫さまに大いに怒られるのだった。


あれ、次は高校生くらいに飛ぶはずだったのに…。


なんでこいつら、寄り道ばっかりなんだ。

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