二人の別れ
登場人物が亡くなります。苦手な方はご注意ください。
「……騎士さま」
か細い声と共に伸ばされたやせ細った腕を騎士の手が支える。
「姫……」
病の床に臥した主の負担にならないよう、騎士はそっと声をかけた。
「騎士さま、わたくしはもう長くありません……」
主は、目を閉じたままつぶやくように言う。認めたくない、否定したい。けれど、病弱な主の体が、もう病に絶えられないことは、ずっと側で守ってきた騎士が良く知っていた。主に嘘のつけない彼は、黙って首を横に振ることしかできない。
「……ごめんなさい。いつか、遠乗りに行きましょうと、言ったのに」
馬に乗って見に行きたいと願った花畑は、見ることができなかった。
自分で足を運んで菓子を選びたいと言っていた城下の菓子屋は、行くことができなかった。
ここ数年は、室内から出ることも稀になるくらい、彼女の体は弱っていた。
今はもう、起き上がることもできない。
「わたくし、次に目が覚めたら、きっとすっかり体が良くなっているの」
そうしたら、騎士さま。二人で遠くへ出かけましょう。木のぼりもしてみたいわ。夏の小川で水遊びをするのも、きっと楽しいでしょう。いろんなお店で食べ歩きをして、旅人に遠い国のお話をしてもらうの。
姫さまは、小さくかすれた声で、たくさんの楽しいことを語る。
「次に姫が目覚めたとき、私はきっとあなたの騎士として、あなたを守りましょう」
そうして、姫。あなたを連れて何処にでも出かけましょう。遠乗りに行く前に、乗馬の練習をしましょうね。小川も良いですけれど、海もきっと気に入りますよ。歩きながら食べるのは、お行儀が悪いと侍女に叱られそうですね。遠い国の衣装も、姫ならきっと似合うでしょう。
騎士は、涙で頬を濡らしながら、姫さまに応える。
二人は、来ることのなかった楽しい未来を語る。
いくつものやりたかったこと、見たかったもの、行きたかった場所を挙げ続ける。
いつしか、姫さまの声が聞こえなくなって。
気付かないふりをした騎士の声だけが、語り続ける。
姫さまは幸せそうに笑って、それを聞いていた。
もう開かれることのない姫さまの目から、雫がそっと流れて落ちて。
やがて、騎士の声も嗚咽に紛れて消えていった。
一旦投稿したものの、設定を間違えていたため削除して投稿し直しました。
すみません。
プロットなどなく、てれっと書いていきます。
気がむいたときに続くので、お付き合い頂ける方はよろしくお願いします。