魔王様、夏コミを蒸そうとしたら精霊が熱中症対策大使になっていた件【4】
この日も、魔王は苛立っていた。
玉座の肘掛けを、指先が苛立たしげに叩く。
「魔王様。お飲み物はいかがですか」
「いらん」
側近の提案を断り、魔王は深々とため息を吐いた。
「解せぬ……」
最近の魔王は、よくこの言葉を口にする。
原因は、異世界・日本。
異世界・日本征服計画は、ことごとく失敗していた。
大睡眠魔法は、魔王達の声と姿を見た腐の者達が興奮で覚醒し、失敗。
内部侵略のため送り込んだ魔族達は、同人誌文化に目覚めてしまい、失敗。
日本を氷漬けにするはずの氷の精霊フロスト部隊は、ゆるかわマスコットとして日本で大人気。
これについては、失敗か成功かの判断がつかず、魔王は考えないことにしている。
そして今、魔王の目の前には、一冊の分厚い冊子が置かれている。
「これは何だ」
「転送されてきたカタログです」
側近が静かに答えた。
もう嫌な予感しかしない。
恐る恐るページを開く。
「…………」
付箋。
付箋。
付箋。
異様な量の付箋が、あるページへと集中して貼られていた。
『魔王×側近』
『側近×魔王』
魔王と側近、時折見知らぬモブなる者と並ぶイラストが、びっしりと並んでいた。
しかもご丁寧に、地図が挟んであり、館の一つが、カラフルに塗られ、「最優先」「新刊全部」「先着ノベルティ有り」などの書き込みがされている。
「……何だこれは」
「夏コミという催しで、同人誌を収穫する大きな祭と聞きました」
「この地図は……」
「我々のカップリングですね。人気ジャンルらしく、南館が一つ埋まっているそうですよ。それともう一つ……」
サキュバスやインキュバス達すら鼻血を吹いて卒倒した、想像を超える卑猥の塊。
館一つ分の、魔王と側近のドスケベ同人誌……。
そして、その同人誌も後日、ここへ転送されてくるのだろう。
しかも、館一つ分。
「よし、燃やそう」
「魔王様?」
「燃やすぞ」
側近が目を見開く。
「何をでしょうか、魔王様」
「この腐の者共のサバトをだ!!」
限界突破した魔王の怒号が響き渡った。
◆
「お待ちください魔王様!」
珍しく、側近が必死だった。
「それは、大量の人間を死に追いやるおつもりですか……!?」
「そうだな。紙はよく燃えるだろうな」
「人間を殺さぬとおっしゃったのは、魔王様ご自身でしょう!」
「ぐっ……」
魔王は、痛いところを突かれた。
先代までの魔王軍ならば、人間など幾ら死のうが気にしなかった。
だが今代の魔王は違う。
世界征服は行う。
だが、無意味な虐殺はしない。
それは魔王自身が決めた方針だった。
「……では、死なぬ程度に蒸す」
「蒸す……」
「私も異世界の人間の知識は学んでおるからな!熱中症に全員かかれば、腐の者共のサバトなど成立するまい!」
そして、館が無人になったところで、自分達を描いた同人誌は燃やす!
必ず、燃やす!
魔王は高らかに笑った。
「フハハハハ! 待ってろ! 腐の者共!!」
側近が呆れた目をしていたことに、魔王は気づかなかった。
◆
そして、夏コミ当日。
開催時刻丁度に、会場上空で巨大魔法陣が発動した。
「やれ」
魔王の命令と同時に、熱魔法が会場全域へ放たれる。
気温と湿度が急上昇した。
「アツッ!?」
「急に蒸し暑くなった?」
「会場内のエアコンも全然効いてない!!」
歴戦の参加者達ですら顔色を変える。
空調服。
冷却タオル。
凍らせたスポーツドリンクと経口補水液。
塩タブレット。
ハンディーファン。
日傘。
熱中症対策で完全武装したオタク達の汗が止まらない。
「暑さおかしくない!? 予報より遥かに暑いんだけど!?」
「スタッフさんが倒れた!!」
「私も……立ってられない……」
会場がざわつく。
大睡眠魔法に打ち勝った腐の者達も、熱中症には勝てそうになかった。
「今年は……中止か……?」
誰かがその絶望に呟いた、その時。
ひゅるり。
冷たい風が吹いた。
「……え?」
暑さが落ち着いていく。
「みんな〜! だいじょうぶ〜?」
もち。
もちもちもちもち。
会場上空に、大量のフロスト達が現れた。
「もちもちフロストだーー!!!」
参加者達から歓声と拍手が上がる。
頭には保冷剤入りの特製帽子。
小さな体には、同じく特製の冷却タオルがマフラーのように巻かれている。
「フロストがきたよ〜!」
「今日は熱中症対策大使なの〜!」
フロスト達は、会場中へ冷気を撒き始めた。
送られてくる熱魔法を、氷魔法へ変換する。
熱魔法の元を辿れば魔力であり、精霊達にとっては力の源だった。
「みんなが助けてくれたから〜」
「今度はフロストが助けるよ〜」
列待機エリアへ冷風が流れる。
倒れかけた参加者へ氷が届けられる。
みぞれのようなミストが噴射される。
「すずしい〜!!」
「生き返る!!」
「熱中症対策すごすぎ!!」
「流石、魔王様の部下! かわいいだけじゃなかった!」
「えっへへ~」
魔王の作戦は、身内によって崩壊した。
◆
一方その頃。
「………………」
魔王は沈黙していた。
「フロスト達が、私達の熱魔法を冷気へ変換しているようですね。流石精霊と言ったところでしょうか」
その時。
「魔王様〜!見えてる~?」
様子を見るための水晶越しに、フロスト達が小さな手を懸命に振っている。
「フロスト達か……どうした……」
「魔王様もおっちょこちょいだね〜!」
「はぁ?」
「ボクたちを応援してくれたんでしょ~」
「優しいから〜!」
「でも、あったか~い魔法と間違っちゃった~」
「……おい」
魔王は、小声でどういうことだと側近を睨んだ。
「フロストを夏コミに企業参加させたいという申し出に許可を出したのは私でして。勿論、魔王様にもご報告しようとしたのですが……ヴァルが焼くだの蒸すだの言い出すから」
素の呼び方に戻った側近の言葉は、耳打ちの形で伝えられた。
「側近さんとないしょ話~?」
「側近さんといつも仲良し〜」
「ギャーーーーーー!」
「耳打ち、エッロ!」
「今の仕草だけで、無限に米が食べれる!」
「今すぐ本出せる!」
突然、水晶の向こうから割れんばかりの黄色い声が上がった。
側近が良い笑顔で話を続ける。
「フロストを預けている企業のステージとのことで、あちらにもこちらの映像が流れております」
何それ、魔王、そんな話、聞いてない。
魔王が呆然としていると、ステージは勝手に盛り上がっていく。
「仲良しの話、詳しく!!」
「魔王様の低音イケボに耳がー!!」
「側近さんの笑顔が麗しすぎて目がー!!」
腐の者達が食いついてくる。
「……皆の者、フロスト達をよろしく頼む……」
「ぎゃーーーーー!!魔王様ーーー!!!!」
魔王は、阿鼻叫喚の中、真顔でそう言うしか出来なかった。
◆
中継後。
「それにしても……すごいですね」
側近が空を見上げる。
「何がだ」
「本日は、本来なら台風だったはずなのです」
「……ほう、なら今からでも台風を強化して、全てを水浸しにするのもありか……」
「……ですが、会場を中心に雲が晴れているのですよ」
「えっ……つまり?」
「台風も呼べません」
魔王は、ゆっくりと忌々しい会場を見下ろした。
炎天下の長蛇の列に汗だくになりながらも、目をぎらつかせている腐の者達。
その執念は、台風すら押し返したというのか。
「…………」
魔王は少しだけ怯えた。
そして。
「解せぬ」
そう呟きながら、小さな嫌がらせとして会場の一角に出来ていた「コミケ雲」なる雲から雪を降らせてやった。
作中の熱中症対策アイテムについて。
※ハンディーファンと空調服は、屋外では熱風になってしまう場合もあるそうなので、お気をつけください。
※日傘は、周囲や会場ルール、TPOを守っての使用を前提にしています。
※作中のコミケ描写はフィクションを含みます。
熱中症対策は万全に!
皆さま、ご武運を!!
( ・ω・)ノ❆•¨•.¸¸♪✧
って、2026年は雨だったようで。( ̄▽ ̄;)




