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第8話:騎士の胃袋と夜の警護

 呪いの鎧から解放されたカミラ・ヴァレンシュタインの朝は早い。

 白銀に生まれ変わった鎧を纏い、彼女は館の廊下を音もなく闊歩していた。数年間の幽閉生活が嘘のように、その足取りは力強く、凛としている。


「……ふむ。異常なし、か」


 カミラは鋭い視線を窓の外へ向けた。

 聖域化した庭には、リアムが設置した『自動防衛噴水』が優雅に水を湛え、不審な魔物の気配は一切ない。

 だが、彼女の腹の虫は、その静寂を切り裂くように勇ましく鳴り響いた。


「ぐぅぅ……。……っ、不覚。騎士たるもの、食欲に支配されるなど……」


 兜の中で顔を赤くするカミラ。

 そんな彼女の鼻を、廊下の突き当たりから漂ってきた「暴力的なまでに食欲をそそる香り」がくすぐった。

 焼きたてのパン。香ばしいベーコン。そして、深いコクを感じさせるコーヒーの匂い。


「おはよう、カミラさん。早いですね」


 キッチンから顔を出したリアムが、爽やかに微笑んだ。

 彼はリフォームしたばかりの『魔導オーブン』から、黄金色に輝くクロワッサンを取り出しているところだった。


「リ、リアム殿。……ああ、警護の報告に来たのだ。館の周囲に敵影はなし。……その、朝食の準備、手伝おうか?」


「助かります。じゃあ、このサラダの盛り付けをお願いできますか?」


 カミラは、かつて戦場で剣を振るったその手で、慎重にレタスを皿に並べた。

 伝説の女騎士が、エプロン姿の領主の隣で大人しく料理を手伝う。その光景は、後から起きてきたセレスティアとエルナを絶句させるに十分だった。


「……ちょっと、カミラさん。あなた、昨日の今日で、もうリアム様の『お隣』を確保しているんですの!?」

「騎士の忠誠心って、胃袋に直結してるのね。あんなに幸せそうな顔でレタスをちぎる騎士、初めて見たわ」


 四人が食卓を囲む。

 リアムが作った『厚切りベーコンのエッグベネディクト』を口にした瞬間、カミラの全身に戦慄が走った。


「……っ! なんだ、この卵の滑らかさは……。ソースの酸味が、ベーコンの脂を完璧に御している。……リアム殿、貴殿はやはり、天才か」


「キッチンの魔導回路を調整して、一定の温度で加熱し続けるようにしただけですよ。食材も、この館の聖域パワーで栄養価が高まってますからね」


 カミラは、もはや言葉もなく食事に没頭した。

 数年間、泥水を啜るような魔力供給だけで生きてきた彼女にとって、リアムの作る「温かな家庭の味」は、どんな最強の武器よりも彼女の心を射抜いていた。


     *


 その日の夜。

 リアムが寝室で明日の『地下室増築プラン』を練っていると、ドアの向こうから金属の擦れる音がした。


「……? 誰だい?」


 ドアを開けると、そこにはフル装備のカミラが直立不動で立っていた。


「リアム殿。今夜から、私が貴殿の『夜の警護』を担当する。安心して眠るがいい」


「ええっ? 警護って……ドアの外にずっと立ってるつもり?」


「当然だ。主君の寝首を掻かせるわけにはいかない。……それに、この階下の廊下はリアム殿がリフォームしたおかげで、足元からじんわりと温かい(床暖房)。立っていても全く苦ではないのだ」


 カミラは真剣だ。だが、リアムは困り果てた。

 伝説の女騎士に、一晩中ドアの外で番をさせるわけにはいかない。


「カミラさん、気持ちは嬉しいけど……。そうだ、いい考えがあります。カミラさんの『専用待機室』を、僕の寝室の隣に即興で作りますよ」


「待機室……?」


「ええ。警護もしやすくて、かつ最高にリラックスできる部屋です」


 リアムはすぐさま壁に手を当て、スキルを発動した。

 寝室の隣にあった物置部屋が、瞬く間に『騎士専用・防衛拠点兼プライベートルーム』へと作り変えられていく。

 壁は防音完備。ベッドは鎧を着たまま寝ても壊れない超硬質マット。そして、壁にはリアムの寝室の様子(異常がないか)を確認できる魔導モニターまで完備した。


「さあ、カミラさん。ここなら警護をしながら休めます。どうですか?」


 カミラは、その機能的かつ居心地の良い空間に圧倒された。

 特に、リアムの気配を常に感じられる設計に、彼女の頬は朱に染まる。


「……っ。……これでは、警護というより、まるで……夫婦の寝室のようではないか……」


「え? 何か言いました?」


「い、いや! なんでもない! 有難く使わせてもらう!」


 カミラは逃げるように部屋へ飛び込んだ。

 ふかふかのベッドに身を沈め、リアムが自分のために特別に作ってくれた空間の温もりに包まれる。


「……あ、ああ……。……ずるいぞ、リアム殿。こんなに心地よくては、騎士としての緊張感が……溶けてしまう……」


 最強の盾と呼ばれた女騎士は、その夜、生まれて初めて「誰かに守られている」という多幸感の中で、深い眠りに落ちた。


 だが、翌朝。

 「どうしてカミラさんだけ隣の部屋なんですの!?」というセレスティアの絶叫と、「私もリアムの隣で寝る権利を要求するわ!」というエルナの抗議が、館の平穏を派手にぶち壊すことになる。


「……はぁ。やっぱり、もっと大きな『相部屋』が必要かなぁ」


 リアムの苦労と増築の日々は、まだまだ続くようだった。


Q:カミラの警護能力は?

A: 彼女が「住人」として登録されたことで、館の防衛システムと彼女の五感がリンクしました。現在、館の敷地内にネズミ一匹入っただけでも、彼女は即座に察知して迎撃することが可能です。


Q:カミラの食事量は?

A: 数年間の絶食の反動か、ヒロインの中では一番の食いしん坊です。特に肉料理への執着が強く、リアムが新しいメニューを作るたびに、騎士のプライドを投げ捨てておねだりするようになっています。

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