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第45話:(前編) 腐敗した聖域、地下根系の不法投棄

 新しき主として立ったエルナの布告により、エルフの里は表面的な平穏を取り戻したかに見えた。

 世界樹の梢は瑞々しい緑を湛え、精霊たちは久方ぶりの陽光を浴びて歓喜の歌声を響かせている。

 だが、その輝かしい光景の裏側で、リアムの足元を伝う地脈の振動は、依然として不快な、粘りつくような不協和音を奏で続けていた。


 リアムは作業着のポケットから使い古した聴診器を取り出し、世界樹の根元にある、一見すれば美しい苔に覆われた岩盤に耳を当てた。

 彼の魔導設計図には、昨日の導管修繕だけでは決して拭い去ることのできない、深層部からの重い澱みが赤黒い警告色となって表示されている。

 それは、地表の美しさを保つために、数千年にわたって「一族の恥部」として地下に押し込められ、腐敗し続けた負の集積所の存在を示唆していた。


「エルナさん。君の里の掃除、まだ一番汚れた場所が残っていたよ。伝統という名の化粧の下で、ここの配管は完全にパンクしている。隠蔽のために打ち込まれた古い封印ボルトが、根の成長を阻害して、内側から化膿させているんだ。……放置すれば、せっかく直した心臓も、また毒に侵されてしまう」


 リアムの言葉を受け、エルナは顔を強張らせながらも、彼の隣に並び立った。

 二人が向かったのは、世界樹の根系のさらに深部、歴代の長老たちさえも足を踏み入れることを禁じていた、禁足地「底なしの虚無」へと続く古い昇降機の前であった。

 その鉄柵には、触れるだけで指先を腐食させるほどのどろりとした呪詛がこびり付き、周囲の精霊たちは恐怖に震えて寄り付くことすらできない。


 リアムは無造作に愛用の大型ハンマーを担ぎ直し、その錆びついた扉を職人の鋭い眼光で射抜いた。

 彼が扉の接合部に一撃を加えると、封印の術式がガラスのように砕け散り、中から溢れ出したのは、もはや魔力とも呼べない黒い液状の奔流だった。

 それは歴代の長老たちが、禁忌の実験に失敗した魔導具や、汚染された触媒を、一族の清廉を謳うために不法投棄し続けた、数千年分のゴミの山であった。


「……信じられない。これが、精霊の愛した森の、真の根底だというの。私たちが清らかさを誇っている間に、足元ではこんなに醜い毒が溜まり続けていたなんて。……私たちが守ってきた伝統は、この汚物の上に建っていたのね」


 エルナは立ち込める悪臭と絶望に瞳を揺らし、膝を突きそうになった。

 一族が誇ってきた「純潔」が、単なる「汚れの隠蔽」に過ぎなかった事実は、彼女の心を根底から揺さぶった。

 リアムは迷わず彼女の肩を力強く支え、自身の魔力を彼女の背中へと流し込んで、その折れかけた支柱を内側から補強した。


「過去の設計ミスに絶望している暇はないよ、エルナさん。君がこれからこの里を正しく管理していくなら、このゴミの山を全部片付けて、真っ白な更地に戻すのが最初の仕事だ。過去の汚れを直視して、それを削り出す勇気がない者に、新しい家を建てる資格はない。……ほら、君の風で、この澱んだ空気を外へ逃がして。僕がその隙に、この膿の源泉を解体するから」


 リアムが地下の深淵へと足を踏み出すと、ヘドロの中から、捨てられた魔導具たちの残滓が形を成した異形の防衛機構が牙を剥いた。

 それは意思を持たない、ただ隠蔽を守るためだけに動く悲しき自動機械の群れであった。

 リアムは工具カバンから高純度の洗浄用触媒を取り出し、それを自らのレンチに丁寧に塗布した。


 物理的な破壊ではなく、汚れそのものを中和し、元あるべき純粋な素材へとリフォームするための、極限のクリーンアップ作業が始まった。

 リアムの放つ黄金の魔力が、どろりとした闇を物理的に削り取り、エルナの放つ清冽な精霊の旋風が、削り出された毒素を次々と浄化していく。

 二人の共同作業は、里の過去を洗い流し、新しい未来の土台を築くための、最も過酷で、最も尊い大掃除であった。


「リフォーム・オーバーブースト。……もう、自分たちの過ちを隠して生きていくのは、終わりにしようか、エルナさん」


 リアムの叫びと共に、地下を支配していた重苦しい圧力が霧散し、世界樹の根が数千年ぶりに、本来の白く瑞々しい輝きを取り戻していく。

 削り出されたヘドロは純粋な魔力へと還元され、里を蝕んでいた不協和音は、穏やかな大地の鼓動へとリフォームされた。

 地下から地上へ戻る二人の背中には、過去の汚れを直視し、それを乗り越えた者だけが持つ、揺るぎない覚悟の光が宿っていた。


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