第7話:(前編)鉄の乙女のメンテナンス
「……リアム殿。本当に、このまま進めるのか?」
館の一階に新設された『魔導洗浄室』。
そこには、重厚な鉄の椅子に座らされた女騎士カミラの姿があった。
フルプレートアーマーの隙間からは、先ほどリアムが流し込んだスープの香りが微かに漂っているが、彼女の纏う空気は緊張に満ちている。
「ええ。カミラさん、あなたの鎧はただの防具じゃない。皮膚や血管に魔力の根を張った『寄生型の呪具』です。無理に引き剥がせば、あなたの肉体ごと千切れてしまう」
リアムは冷静に、魔導診断機を鎧の胸当てに当てながら告げた。
隣では、セレスティアが心配そうに聖水を用意し、エルナが精霊の風で部屋の湿度を調整している。
「じゃあ、一生この鉄クズの中で過ごせっていうの? 彼女、せっかく美味しいスープを飲んだのに、まだ顔も洗えていないのよ」
エルナが不満げに唇を尖らせる。エルフの彼女にとって、汚れを放置するのは耐え難いことなのだ。
「だからこそ『メンテナンス』が必要なんです。建物の配管が詰まったら、高圧洗浄して中を綺麗にするでしょう? それと同じですよ」
リアムはカバンから、特製の『魔導洗浄液』が詰まったタンクを取り出した。
それは彼が昨夜、館の聖域エネルギーを抽出して精製した、呪いを分解しつつ細胞を活性化させる究極の洗剤だ。
「カミラさん、これから鎧の隙間からこの洗浄液を流し込みます。少し……いえ、かなり変な感覚がすると思いますが、耐えてくださいね」
「……あ、ああ。貴殿を信じよう。戦場での傷に比べれば、何事も――っ!?」
リアムが鎧の首元と関節の隙間にノズルを差し込み、洗浄液を注入した瞬間。
カミラの言葉が悲鳴に近い吐息に変わった。
ドクドクと、温かな液体が鎧の内側を満たしていく。
数年間、空気すら通わなかった皮膚の表面を、驚くほど滑らかな液体が愛撫するように這い回る。
それは、こびりついた鉄錆と、呪いの粘液、そして彼女自身の老廃物を容赦なく剥ぎ取っていくプロセスだった。
「ひ……あ、熱い……。いや、冷たいのか……? なんだ、これ……脳が、痺れる……っ!」
「よし、液が回りましたね。セレスティアさん、聖魔力を液に同調させてください。エルナさんは、鎧の中の温度が上がりすぎないよう、冷却の精霊を」
「はい、リアム様! 汚れよ、去りなさい!」
「わかったわ。……あんた、あんまり変な声出さないでよね。こっちまで恥ずかしくなるわ」
二人の協力により、洗浄液は黄金色に輝き始めた。
鎧の中で、洗浄液が高速で循環を始める。
それは、リアムが設計した「全自動・呪い剥離システム」だ。
「……っ、あああぁぁぁ! 脱げる……呪いが、私の肌から、剥がれていく……っ! 気持ち……いい……っ!」
カミラは身悶えし、鉄の指先で椅子の手すりを強く握りしめた。
数年分の「汚れ」という名の絶望が、リアムの作った聖なる洗剤によって洗い流されていく快感。
それは、魂を直接磨かれているような、破壊的なまでの浄化体験だった。
やがて、鎧の各所にある排出口から、真っ黒な泥のような液体が溢れ出した。
それが床に落ちる前に、リアムが設置した魔法の排水溝が瞬時に浄化して消し去る。
「ふぅ……。第一段階、終了ですね。カミラさん、気分はどうですか?」
リアムがノズルを引くと、鎧の中から「ぷしゅっ」と清涼な蒸気が吹き出した。
先ほどまで禍々しい黒光りを放っていた鎧は、今や鏡のように周囲を映し出すほど白銀に輝いている。
「はぁ……はぁ……。……信じられん。体が、軽い……。鎧が、自分の一部になったかのように……しっくりと馴染んでいる……」
カミラの声から、刺々しさが消えていた。
まだ鎧は脱げていない。だが、内側はリアムの手によって「最高級の裏地」を張ったかのように清潔で、心地よい空間へと作り変えられたのだ。
「良かった。これで皮膚の癒着はほぼ解消されました。……さて、ここからが本番です」
リアムはハンマーではなく、細い精密ドライバーのような魔導具を取り出した。
「洗浄で呪いの核が露出しました。これからその核をリフォーム……つまり、書き換えます。そうすれば、その鎧はあなたを縛る『檻』ではなく、あなたを守る『最高の居場所』に変わるはずだ」
リアムの瞳に、職人としての鋭い光が宿る。
その様子を後ろで見ていたセレスティアが、ふと気づいたように呟いた。
「リアム様……。あの、カミラさんの鎧の胸元のパーツ……あんなに盛り上がっていましたかしら?」
「え? ああ、溜まっていた汚れが取れて、中身……つまり彼女の体が、本来の健康的な張りに戻ったんでしょうね。……エルナさん、何を顔を赤くして睨んでるんですか?」
「……鈍感。あんた、本当に職人バカね」
エルナの呆れ声を受け流し、リアムはカミラの胸元、呪いの核心部へと手を伸ばした。
伝説の女騎士を「家」ごと作り変える、禁断のメンテナンスが始まろうとしていた。




