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第6話:鉄の乙女と最新キッチン

 セレスティアとエルナという二人の強力な「居住者」を得たことで、領主館の聖域化は一段と加速していた。

 庭には枯死していたはずのハーブが咲き乱れ、廊下を歩けば木の温もりが足の裏を優しく刺激する。もはやここが「呪いの館」と呼ばれていたことなど、冗談にしか聞こえない。


「さて、今日は裏庭にある『離れ』の調査に行こうと思うんだ」


 朝食後、リアムが切り出すと、セレスティアとエルナが顔を見合わせた。


「離れ……。あそこからは、時折、鉄が擦れるような嫌な音が聞こえてきますわ」

「精霊たちもあそこには近づきたがらないわね。重苦しい、執念のようなものを感じるわ」


 二人の忠告を背に、リアムは愛用の工具カバンを担いで離れへと向かった。

 本館から少し離れた場所に建つ石造りの離れは、分厚い鉄格子の扉で閉ざされている。その隙間からは、ドロリとした黒い魔力が漏れ出していた。


「……なるほど。ここは『強制隔離室』として設計されているのか」


 スキル【魔導設計図】を展開する。

 内部には、一人の人間が閉じ込められていた。だが、その姿は異様だった。

 全身を隙間なく覆う、刺々しいフルプレートアーマー。関節部には赤黒い呪いの鎖が巻き付き、それは壁の支柱と一体化している。


「……だれ……だ……」


 地を這うような、低い声。

 リアムが鉄格子をハンマーで叩き壊して中に入ると、そこには立ち上がることすら許されず、膝をついたまま固定された「鉄の塊」があった。


「帝国騎士団、第三軍所属……カミラ・ヴァレンシュタイン……。近寄るな……。この鎧は……触れる者の命を吸う……呪いの『鉄の処女』だ……」


 兜の隙間から見える瞳は、極限の飢えと疲労で濁っている。

 呪いの鎧が脱げなくなり、そのまま壁の一部として固定されて数年。彼女は鎧の隙間から流れ込む微かな魔力だけで、死ぬことも許されず生き永らえていたのだ。


「カミラさんですね。初めまして、新しく領主になったリアムです」


「領主……? 逃げろ……。貴様のような……軟弱な男が……触れていい呪いでは……」


「軟弱? いえ、僕は職人ですよ。……それより、随分とお腹が空いているようですね。鎧の中から、盛大に音が聞こえていますよ」


 ぐぅぅぅ……、と鎧が共鳴するような音が響く。

 カミラの顔が兜の中で赤くなるのが分かった。


「……っ。数年……何も食べていないのだ……。当然だろう……」


「数年も! それは欠陥住宅どころの話じゃない。栄養不足は建物の基礎が腐るのと同じです。よし、まずはあなたを『解体』……じゃなくて、救出する前に、スタミナをつけてもらいましょう」


 リアムはカミラを固定している鎖をハンマーで叩き、強引に壁から切り離した。

 カミラは鎧の重みで倒れそうになるが、リアムがその体を支える。


「なっ……呪いを受けて……なぜ平気なのだ……!?」


「ああ、この服、防水・防呪加工の特注作業着ですから。さて、カミラさん。あなたの鎧は今すぐには脱げそうにありませんが、食事なら可能です」


「何を……馬鹿な……。兜の面頬めんぽうすら、呪いで癒着して……指一本、通らぬのだぞ……」


「職人を舐めないでください。隙間がないなら、作ればいい」


 リアムは本館のキッチンへカミラを運び(台車に乗せて運んだ)、すぐさまキッチンの改造に着手した。


「セレスティアさん、エルナさん! 火を熾して、最高級のコンソメを作ってください。あと、ストローの代わりになる『魔法配管』を用意します!」


 リアムはキッチンを【魔導システムキッチン】へと急速リフォームした。

 ただの調理場ではない。食材の栄養素を数倍に濃縮し、魔力的に「液状化」させる特殊な抽出器を備えた、最新鋭の厨房だ。


「さあ、カミラさん。この『魔導吸引チューブ』を兜のわずかな隙間に差し込んでください。これは僕が今作った、摩擦ゼロの超滑水パイプです」


「なっ、貴殿……本気か……?」


 半信半疑ながらも、カミラは差し出された細いチューブを兜の継ぎ目に押し込んだ。

 すると、リアムがコンロのレバーを捻る。


「栄養抽出、開始サーブ!」


 ゴボゴボという音と共に、キッチンで調理されたばかりの「超濃縮・黄金ポタージュ」が、パイプを通ってカミラの口内へと送り込まれた。


「……っ!? ……う、うううううっ!!」


 カミラの全身が、ガタガタと震え出した。

 数年間、魔力しか摂取していなかった乾いた体に、最高級の出汁と、バターの風味、そしてリアムの魔力によって「聖域化」された栄養が爆流となって流れ込む。


「美味しい……。なんだ、これは……。温かい……命の味がする……!」


 鉄の兜の中から涙が溢れ出し、隙間からこぼれ落ちる。

 カミラは夢中でチューブを吸った。

 リアムがキッチンの火力を調整するたびに、彼女の萎んでいた魔力回路がみるみるうちに再起動していく。


「ふう。食後は胃に優しい薬膳スープに切り替えますね。……カミラさん、顔色が良くなりましたよ」


「……リアム、殿……。貴殿は、神か……? いや、それとも、最高の料理人なのか……?」


「いえ、ただの領主……兼、リフォーム職人です」


 栄養が全身に行き渡り、カミラの体から放たれていたドス黒い呪いの魔力が、少しずつ薄れていく。

 食事によって彼女自身の生命力が回復したことで、鎧の呪いを押し返し始めたのだ。


「……決めた。私は、誓う」


 カミラは重い鎧を鳴らして、リアムの前に跪いた。


「この呪いの鎧を完全に脱ぎ去るまで……いや、脱いだ後もだ。この『至福の食卓』を、そして提供者である貴殿の家を、私の剣にかけて守り抜こう!」


「ああ、それなら助かります。ちょうど、不審者の侵入が多くて困っていたところなんですよ」


 リアムは満足げに頷き、カミラのために「鎧を装着したままでも座れる超高耐荷重チェア」の設計図を書き始めた。

 こうして、館に「最強の盾」が加わったのである。


カミラの生存理由


「呪いの鎧」による強制延命:

この鎧は「着た者の命(魔力)を吸う」一方で、依り代である宿主が死んでしまうと魔力の供給源を失うため、「死なない程度に最低限の魔力を逆流させて生かし続ける」という、エゴイスティックな生存維持機能を持っています。


冬眠状態に近い代謝低下:

壁に固定され、指一本動かせない状態で数年間過ごしたため、エネルギー消費を極限まで抑えた「仮死状態に近い冬眠」に入っていました。


離れの「魔力溜まり」:

離れ自体が地脈の歪みに位置していたため、呼吸をするだけで周囲の淀んだ魔力を取り込み、それを栄養の代わりに変換して生き永らえていました。

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