表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/19

第2話:聖女の絶望をリフォームで解体する


「……あ、あの……。一体、何をしているんですか?」


 床に敷かれた魔法の防塵シートの上で、セレスティアが困惑の声を上げた。

 数年もの間、呪いの椅子に縛り付けられ、魔力を吸い取られ続けていた彼女だ。その体は羽毛のように軽く、顔色は青白い。だが、その瞳には恐怖ではなく、純粋な「理解不能なものを見る目」が宿っていた。


 無理もない。俺は今、彼女を苦しめていたはずの『呪いの椅子』をバラバラに解体し、ノミとカンナで削り直している真っ最中だからだ。


「何って、リフォームですよ。この木材、実は『黒曜魔榧こくようまがや』っていう最高級の芯材なんです。呪いを溜め込みすぎて変色してましたけど、表面を一皮剥けば、ほら」


 シュルリ、と薄く削り節のような木片が舞う。

 黒ずんでいた木肌の下から、飴色の美しい光沢が現れた。同時に、部屋を埋め尽くしていたどす黒い瘴気が、スッと消えていく。


「スキル【神の左官ゴッド・ハンド】……さらに、表面に『精神安定メンタル・ケア』の術式を彫り込みます。セレスティアさん、あなたはこれまで、この椅子に『奪われて』きた。だから今度は、この椅子に『与えて』もらう番です」


 俺の手が高速で動く。

 一族の者が戦場で城壁を崩すために使う魔力を、俺は木材の繊維を整えるために注ぎ込む。

 釘は一本も使わない。継手つぎてを組み、魔導力で圧着させる。

 背もたれには、座る者の体温に合わせて形状を微調整する「形状記憶魔法」を付与。座面には、俺が帝都の職人街で買い溜めていた「雲羊の羊毛」を贅沢に詰め込んだ。


「よし、完成だ。名付けて『特製・安眠リクライニングチェア:聖女仕様』。さあ、座ってみてください」


「え……ええっ!? でも、それは呪いの……」


「呪いなんて、ただの『悪いエネルギーの滞留』です。掃除して整えれば、それはただの動力源に変わる。大丈夫、僕を信じてください」


 俺は戸惑う彼女の体を優しく抱き上げ、完成したばかりの椅子へと腰掛けさせた。

 その瞬間、セレスティアの体が「びくん」と跳ねた。


「……っ!? なに、これ……温かい……?」


「座面に魔法陣を組み込んで、自動で適温を保つようにしました。腰への負担を分散させる設計なので、どれだけ座っていても疲れませんよ」


 セレスティアの表情が、劇的に変わっていく。

 これまで彼女を責め立てていた刺のような呪縛は、今や心地よい振動を伴うマッサージへと変換されていた。

 背もたれに体を預けると、椅子が彼女の体型に合わせて完璧にフィットする。


「ああ……。わたし、ずっと……痛くて、寒くて……暗いところに……いたのに……」


 彼女の目から、大粒の涙が溢れ出した。

 それは苦痛の涙ではなく、凍りついた心が溶け出す際の涙だった。

 数年間の不眠と絶望。それが、たった一脚の椅子によって「癒やし」へと上書きされていく。


「……眠っていいんですよ。ここはもう、あなたのなんですから」


 俺がそう言って彼女の頭を軽く撫でると、セレスティアは吸い込まれるように深い眠りへと落ちていった。

 伝説の聖女が、まるで幼子のような無防備な寝顔を晒している。


「ふう。さて、彼女が寝ている間に、この部屋全体をどうにかしないとな」


 俺は腕まくりをした。

 壁に開けた穴からは心地よい風が入っているが、内装がまだ「呪いの館」のままだ。

 壁紙は剥がれ、床は埃まみれ。これでは聖女の健康に悪い。


 俺はカバンから「魔法の漆喰」と「洗浄用魔導スプレー」を取り出した。

 まずは床のクリーニングだ。

 スキル【万全の住空間オール・アメニティ】を全開にする。


掃除開始クリーン・アップ!」


 俺が指を鳴らすと、部屋の四隅から光の波が広がり、床の汚れやカビを一瞬で分解していく。

 続いて壁。どす黒い血文字が書かれていた壁を、真っ白な漆喰で塗り替えていく。

 ただの漆喰ではない。セレスティアの聖魔力に反応して、自動的に空間を浄化し続ける「自動換気漆喰」だ。


 作業に没頭していると、時間が経つのを忘れる。

 窓の外はいつの間にか夜の帳が下りていたが、館の周囲にたむろしていたはずの魔物たちの咆哮が、全く聞こえないことに気づいた。


「おや……?」


 窓の外を覗くと、俺が壁をブチ抜いた場所を中心に、柔らかな黄金色の光が庭まで広がっていた。

 それはセレスティアから溢れ出した聖魔力が、俺のリフォームした空間によって増幅され、外部へと放射されている輝きだった。


 負の地脈が反転し、清浄な魔力で満たされていく。

 呪いの館が、急速に『聖域』へと変貌していた。


「……ん……。……さま……リアム、さま……」


 小さな寝言が聞こえた。

 振り返ると、セレスティアが椅子の上で幸せそうに身悶えしている。

 その頬には赤みが差し、先ほどまでの死に体とは別人のように瑞々しい美しさを取り戻していた。


「よし。次はキッチンだな。彼女が起きた時に、何か温かいものでも作ってあげないと」


 俺は満足げに頷き、次の獲物――いや、次の施工箇所を探して、暗い廊下へと足を踏み出した。

 しかし、俺はまだ気づいていなかった。

 この館が『聖域化』したことで、世界中の敏感な者たちが、この地に視線を向け始めていることに。


 そして、聖女セレスティアが目覚めた時、彼女が俺に対して「単なる恩人」以上の、極めて重い感情を抱くことになろうとは。


「……あ、そういえば、キッチンに行く前にトイレの配管も確認しておかないとな。水回りのトラブルは、生活の質を著しく下げるからね」


 帝国を追放された職人の夜は、まだまだ終わらない。


黒曜魔榧こくようまがや」について

AI回答:オリジナル(造語)です。

意図: 実在する高級囲碁盤などの素材として有名な「カヤ」という木材に、ファンタジー要素(黒曜石のような色、魔力を持つ特性)を掛け合わせました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ