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第15話:聖域の村と職人の妥協なき庭造り

 帝国建築官バルトが、リアムの設置した【自動追放スロープ】によって森の彼方へと滑り去ってから数分。

 静まり返った森の入り口には、呆然と立ち尽くす数十人の難民たちと、スコップを手にしたリアム、そして彼を包囲する五人の美女たちが残されていた。


「……あの、リアム様。先ほどのお言葉、聞き捨てなりませんわ」

 聖女セレスティアが、慈愛に満ちた、けれど目は一切笑っていない微笑みを浮かべて一歩詰め寄る。


「『新しい村の設計図を書いてみたかった』……ですって? 私たちは、この館の中だけで、リアム様と睦まじく暮らすリフォーム・スローライフを夢見ていたのですわよ!」


「そうよ! これ以上住人が増えたら、あんたが私たちを撫でてくれる時間が減るじゃない! エルフの私は、不特定多数の人間と関わるのは反対だわ!」

 エルナが耳を激しく動かし、リアムの袖をぐいと引っ張る。


「主殿……。警護の対象が増えるのは、騎士として誉れではある。……だが、私の『夜の警護』の時間が削られるのであれば、話は別だぞ」

 カミラもまた、白銀の鎧を威嚇するように鳴らした。


 ヒロインたちの猛烈な抗議を浴びながら、リアムは困ったように頬を掻いた。


「いや、みんな落ち着いて。……ほら、見てよ。彼らの足元を」


 リアムが指差したのは、難民たちのボロボロの靴――あるいは、裸足に近い状態の足だった。

 泥にまみれ、ひび割れ、出血している者もいる。


「職人として、あんなに『建付けの悪い』足を放置できないよ。それに、この森は僕の館の庭だ。庭にゴミが落ちていたり、雑草に見えるほど荒れた人々が苦しんでいたりするのは、家全体の美観を損ねるからね」


「……あ。……また始まったわ。この男の、重度の職人気質」

 ベアトリスが溜息をつきながら、豊満な胸を揺らして肩をすくめた。


「パパは一回言い出したら聞かないもんねー。……わかったよ、私も協力する! 私の根っこを使って、彼らのための場所を整えてあげる!」

 コレットが元気よく手を挙げると、リアムは満足げに頷き、難民たちに向かって歩み寄った。


「皆さん。……今日からここが、皆さんの新しい家です。……ただし、僕のルールに従ってもらいますよ」


 難民の代表らしき老人が、震える声で問いかけた。

「……ル、ルール……とは、何でしょうか、領主様。……重い年貢ですか? それとも、兵役でしょうか……?」


「いえ。……『毎日必ずお風呂に入り、整理整頓を心がけること』。それだけです」


 難民たちと、ヒロインたちの声が重なった。

「「「「「……えっ?」」」」」


「さて、まずは土台作りからだ。コレットさん、地脈のエネルギーを解放して。……スキル【万全の住空間オール・アメニティ】・広域展開!」


 リアムがスコップを地面に突き立てた瞬間。

 森の広場が、まるで巨大なパズルのように組み換わり始めた。


 地中から、純白の石材で組まれた頑丈な基礎が次々とせり上がってくる。

 ただの石ではない。リアムが館の改修で余った『聖灰岩』の破片を再利用し、魔力で再構築した最高級の土台だ。


「な、なんだこれは……!? 地面から家が、家が生えてくるぞぉぉっ!」


 難民たちの悲鳴に近い歓声の中、リアムの魔力が導くままに、木材が組み合わさり、屋根が架けられ、窓ガラスが嵌め込まれていく。

 数分前までただの荒地だった場所が、今や十数軒の、機能美に溢れた『魔導コテージ』へと変貌していた。


「よし。各棟には自動洗浄機能付きのトイレと、魔力循環式の小型ストーブを完備しました。……あと、中央には共同の大型リフォーム浴場も作っておきましたから、まずはそこで汚れを落としてきてください」


 リアムの手際の良さは、もはや建築という言葉を超え、一つの奇跡となっていた。

 難民たちは、夢を見ているかのような足取りで、自分たちに与えられたピカピカの家へと入っていく。


「温かい……。床が、床が温かいですよ、母ちゃん!」

「ああ、なんて清潔な空気なんだ……。長年患っていた咳が、一瞬で止まったぞ……」


 リアムがリフォームした村は、住んでいるだけで病が治り、活力が漲る、地上最強の保養地となっていた。

 その光景を複雑な思いで見つめていたセレスティアが、不意に呟いた。


「……リアム様。……あの、村の中央にある浴場。……私たちの館にあるものより、少し最新型ではありませんこと?」


「あ、気づきました? 排水溝の形状を、より渦巻き状にして、不浄な魔力を効率よく排出するように改良したんですよ」


「……やっぱり。……あんた、新しいおもちゃを見つけると、すぐに試したくなるのね」

 エルナが呆れ半分、感心半分といった様子で、新築されたコテージの壁を指先でなぞる。


 だが、その時。

 村の入り口で、難民の一人の少女が、リアムのズボンを遠慮がちに引っ張った。


「……おにいちゃん、ありがとう。……でも、わたしたち……お金、持ってないの……」


 リアムは屈んで、少女の頭を優しく撫でた。

 彼の職人の手は、少女のボサボサだった髪を一瞬で、艶やかな質感へと整えてしまう。


「代金なら、もう貰いましたよ。……ほら、その笑顔。……職人にとって、自分の作った家で住人が笑ってくれること以上に高い報酬なんて、この世には存在しませんから」


 リアムの迷いのない言葉。

 少女は顔を輝かせ、「うん!」と元気よく頷いて浴場へと走っていった。


 それを見ていた五人のヒロインたちは、全員が同じ顔――「あ、これ以上文句は言えないわ」という諦めと、惚れ直しが混ざった顔をして、深い溜息をついた。


「……はぁ。……結局、私たちはこの男の優しさという名の、一番逃れられない欠陥住宅に閉じ込められているんですのね」

 セレスティアが、どこか清々しい表情で笑った。


「いいじゃない。……私たちが、この村の管理職になればいいのよ。……私はエルフの知恵で農業を教えるわ。……ベアトリス、あんた、サキュバスなんだから、接客の作法でも教えたら?」


「あらぁ、いいわねぇ。……カミラは自警団の教育係かしら? ……ふふふ、楽しくなりそうじゃない」


 ヒロインたちは、いつの間にか領主館を守るだけでなく、聖域都市を共に築き上げるパートナーとしての意識に目覚めていた。


 リアムは、活気づく村を眺めながら、満足げにスコップを肩に担いだ。


「よし! 次は、村の防壁のリフォームだ。……せっかくなら、不審者が来たら自動でお茶を出すような、平和な壁にしようかな」


 リアムのリフォーム道は、一軒の呪われた館を超え、世界の常識を塗り替える巨大な渦となって広がっていく。

 

 一方その頃、森の出口へと滑り落とされたバルト建築官は、ボロボロになりながらも帝都へと向かっていた。

「……おのれ、リアム・アークライト……! あの聖域……必ずや、帝国の私産にしてくれるわぁぁぁ!」


 不穏な影が迫っているが、リアムにとっては「次に来る時のための、より強力なドアベルの設置案」を練るための、良いきっかけに過ぎなかった。


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