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第14話:聖域都市の夜明けと不快な隣人

 呪われた領主館の中枢、中央階段のオーバーホールが完了してから数日。

 リアムの「リフォーム」の影響は、もはや館の壁の内側だけには留まらなくなっていた。


「……信じられませんわ。あんなにどす黒い霧に覆われていた『死の森』が、今では新緑の輝きを放っていますなんて」


 二階のバルコニーから外を眺めていた聖女セレスティアが、感嘆の声を漏らした。

 かつては枯れ木が牙のように突き出し、魔物の咆哮が絶えなかった森。それが今や、館から溢れ出す黄金色の魔力によって浄化され、伝説の『聖域』さながらの美しい景観へと塗り替えられていた。


「精霊たちが歌っているわ……。これなら、エルフの故郷ふるさとよりもずっと居心地が良いかもしれない。リアム、あんた、本当に森ごと『作り直して』しまったのね」


 エルナが風に乗り、バルコニーの手すりに腰掛ける。

 彼女の銀髪は、浄化された空気を受けていっそう瑞々しく輝いている。


 そんな二人の背後で、リアムは手すりの建付けを確認しながら、職人らしい現実的な懸念を口にしていた。


「森が綺麗になるのは良いことだけど、これだけ目立つと『不純物ノイズ』が混じりやすくなるからね。……ほら、コレットさん。あそこに動いている影、わかるかい?」


 リアムが指差した先、森の入り口付近に、数人の人間がたむろしているのが見えた。

 すると、足元の床板からコレットがひょこりと顔を出す。


「うん、パパ! 私の感覚ネットワークが捉えてるよ。あそこにいるのは、近くの廃村から逃げてきた難民の人たちみたい。……でも、その後ろに、すごく嫌な感じの『鉄の匂い』がする一団も隠れてる」


「鉄の匂い……。帝国の視察団、あるいは追っ手か」


 カミラが白銀の鎧を鳴らし、リアムの隣へ立った。

 彼女の鋭い眼光は、森の奥に潜む「軍靴の響き」を正確に察知していた。


「リアム殿。領地が豊かになれば、それを狙うハイエナが現れるのは世の常だ。特に、貴殿を追放した帝国中央の連中が、この変貌を黙って見過ごすはずがない」


「そうだね。……でも、僕のの庭を荒らされるのは、職人として我慢できないな」


 リアムは愛用の工具カバンを肩に担ぎ直した。

 彼にとって、この領地はもはや「追放先」ではなく、自らが手塩にかけて育て上げた「巨大な建築作品」の一部なのだ。


     *


 森の入り口。

 そこには、飢えと疲労でボロボロになった難民たちが、館から溢れ出す温かな光に誘われるように集まっていた。

 だが、彼らの前に立ちはだかったのは、豪華な馬車と、それを守る十数人の帝国騎士たちだった。


「どけ、下賤な民ども! ここは帝国より派遣された視察団が、反逆者リアム・アークライトの生死を確認する場所だ。貴様らのようなゴミが立ち入って良い聖域ではない!」


 馬車から降りてきたのは、派手な法衣に身を包んだ、恰幅の良い男だった。

 帝国の建築官、バルト・ボロメオ。かつて帝都でリアムの才能を妬み、彼を追放へと追い込んだ黒幕の一人である。


「ひひっ。呪いの館で発狂して死んでいるかと思えば、何だこの美しい森は……。まさか、あの無能が何かしらの秘宝を見つけたのではあるまいな? ならば、この土地ごと私が没収し、手柄にしてくれよう」


 バルトが欲深い笑みを浮かべ、館へと馬車を進めようとした、その時だった。


「――おっと。そこから先は、居住者以外立ち入り禁止ですよ」


 穏やかだが、芯の通った声が響いた。

 木々の間から姿を現したのは、作業着姿のリアム。

 そしてその背後には、伝説の聖女、エルフの姫、最強の女騎士、魔王軍幹部のサキュバス、そして館の精霊という、あまりにも非現実的な「住人」たちが並んでいた。


「リ、リアム!? 貴様、なぜ生きている! それにその女たちは……まさか、不浄な魔族と徒党を組んでいるのか!」


 バルトが驚愕で顔を歪ませる。

 だが、リアムは彼のことなど視界に入っていないかのように、足元の地面を軽く叩いた。


「バルトさん。あなたの馬車、重量計算が間違っていますよ。その重さでこの道を通ると……地盤が『リフォーム(・・)』されてしまいます」


「何をわけのわからんことを! 構わん、騎士共、あの反逆者を捕らえろ! この館は今日から帝国が管理――」


 バルトが叫び終わる前に、コレットが楽しそうに指を鳴らした。


「パパの言う通りだよ! ここは私の『お庭』なんだから、勝手に入っちゃダメ! ……えいっ!」


 ドゴォォォォォォン!!


 帝国騎士たちが踏み込んだ瞬間、地面がまるで生き物のようにうねり、巨大な「落とし穴」が口を開けた。

 ただの穴ではない。リアムが事前に仕掛けておいた、侵入者を自動で選別し、敷地外へとスライドさせて排出する【自動追放スロープ(エジェクター・フロア)】だ。


「ぎゃあああああ!? 地面が、地面が流れるぅぅぅ!?」


「あ、危ないから踏ん張らないでくださいね。そのまま滑っていけば、森の出口まで三十分で着きますから」


 リアムが淡々と説明する中、帝国騎士たちはボウリングのピンのように次々と穴に吸い込まれ、森の彼方へと滑り去っていった。

 最後に残されたのは、腰を抜かして地面にへたり込んだバルト一人。


「な、な……っ。貴様、帝国に逆らうつもりか!? こんなボロ館に立てこもって、何ができるというのだ!」


「ボロ館? ……バルトさん、失礼なことを言わないでください」


 リアムが静かに一歩踏み出すと、館全体が彼の怒りに呼応するように、眩い黄金の障壁を展開した。

 その神々しい輝きを前に、バルトは言葉を失った。


「ここは僕の家であり、彼女たちの聖域です。……傷一つ、つけさせませんよ」


 リアムの背後で、ベアトリスが楽しそうに爪を研ぎ、カミラが剣の柄に手をかける。

 セレスティアは慈悲深い(けれど一切の容赦がない)微笑みを浮かべ、エルナは弓を引き絞っていた。


「……ひ、ひいいぃぃぃっ! 覚え、覚えていろよぉぉ!」


 バルトは捨て台詞を残し、自らもスロープへと飛び込んで逃げ去っていった。


 不快な隣人を追い出した後、リアムは森の入り口で震えていた難民たちに視線を向けた。


「……さて。皆さんも、行く場所がないのなら、うちの『・・』で良ければ、少し手を入れましょうか? ちょうど、新しい村の設計図を書いてみたかったところなんです」


 リアムの無自覚な一言に、ヒロインたちは一斉に顔を見合わせた。


「「「「……また増やす気ですの(のよ・か・よぉ)!!!」」」」


 聖域化した領主館の物語は、一軒の家を超え、一つの「都市ユートピア」の建国へと動き出そうとしていた。


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