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第13話:館の主(ハウス・マスター)の溺愛メンテナンス

「ひゃうんっ!? あ、だめ、そこ……そこは、一番……汚れが溜まってて、恥ずかしいのぉ……っ!」


 館の中央、吹き抜けを貫く巨大な螺旋階段。

 実体化した地縛霊の少女、コレットが手すりにかじりついて身悶えていた。

 リアムが今、魔導研磨機を当てているのは、階段の裏側――長年の湿気と淀んだ魔力が混ざり合い、真っ黒なカビとなってこびりついた、建物の「急所」とも言える地脈の結節点だった。


「コレットさん、動かないで。ここを綺麗にしないと、君の体(建物)の魔力循環が滞ったままだ。……ほら、ここを一皮剥くだけで、こんなに澄んだ音がするだろう?」


 キィィィィィィン、と鼓膜を震わせるような、透明感のある金属音が響く。

 リアムがスキル【神の左官ゴッド・ハンド】を乗せた指先で汚れを剥ぎ取るたび、コレットの半透明だった体は内側から黄金色の光を放ち、その頬は熟れた果実のように赤く染まっていく。


 彼女は館そのものだ。

 リアムが柱を磨けば彼女の肌が磨かれ、リアムが床にワックスを塗れば彼女の体温が上がる。

 三百年もの間、主を失い、誰にも顧みられず、暗い呪いに侵食されていた彼女にとって、リアムの「徹底的な手入れ」は、抗いようのない快楽と圧倒的な浄化をもたらしていた。


「……あ、あああぁぁぁ……っ! なに、これ……中が、熱いよ……。リアムの指先から、すごい力が……私の中に、直接入ってくる……っ!」


 コレットの指先が、新しく張り替えられたばかりの床板に深く食い込む。

 館全体が、歓喜とも悲鳴ともつかない微かな震動に包まれ、窓ガラスが共鳴して歌うような音を立てた。


 そんな「過激」なリフォーム風景を、リビングから見守っていた先住のヒロインたちは、複雑な表情を浮かべていた。


「……リアム様。あの、お仕事中なのは重々承知しておりますけれど、あんなに……その、少女の形をした精霊を泣かせるようなメンテナンスは、教育上よろしくありませんわ!」

 聖女セレスティアが、顔を真っ赤にしながらも、嫉妬を隠しきれない様子で身を乗り出す。


「そうよ! 私たちがリビングでくつろいでいるのに、床の下からあんな声が聞こえてきたら、落ち着いてお茶も飲めないじゃない! あんた、わざとやってるんでしょう!?」

 エルナが尖った耳をピンと立て、もどかしそうに尻尾(エルフにはないが、そんな勢いで)を振り回す。


「主殿……。私にも、あの『研磨』を……。いや、なんでもない。だが、館の精霊殿だけが、あのような熱烈な寵愛を受けるのは、騎士の公平性に欠けるのではないか?」

 カミラまでもが、白銀の鎧をカチャカチャと鳴らしながら、羨望の眼差しを階段に向けていた。


 だが、リアムの耳には彼女たちの声は届いていない。

 彼の意識は今、コレットの核――館の最深部に突き刺さった「違和感」にのみ集中していた。


「……見つけた。これが、君を苦しめていた根源だね」


 階段の支柱、その奥深くに打ち込まれた、赤黒い錆にまみれた巨大な釘。

 それは帝国の呪術師が、この館の地脈を封じ、永劫に「呪いの温床」とするために打ち込んだ【侵蝕の楔】だった。

 楔がコレットの霊体の一部を貫き、そこから絶え間なく毒を流し込んでいたのだ。


「コレットさん、今からこれを抜く。……激痛が走るだろうけど、これを乗り越えれば君は本当の自由になれる。僕を信じてくれるかい?」


「う、うん……っ。リアムがすることなら、私……全部、受け入れるよ。……だって、貴方は私の、新しい『心臓』なんだもん……!」


 リアムは覚悟を決め、魔導ハンマーを振り上げた。

 単なる解体ではない。呪いを打ち消し、そこに新しい「命の建材」を流し込む、究極のリフォーム術。


「スキル――【万全の住空間オール・アメニティ】・限界突破オーバーブースト!!」


 ドォォォォォォォォォォン!!


 館が割れるような衝撃音が走り、黄金の光が螺旋階段を駆け上がった。

 リアムが楔を引き抜くと同時に、自らの膨大な魔力を、欠けた柱の「継ぎ木」として流し込む。

 それは建物への補修であると同時に、コレットという存在そのものへの、リアムの魂の刻印だった。


「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 コレットが大きくのけぞり、その姿が眩い光に包まれる。

 呪いの黒い煙が霧散し、代わりに館全体が、まるで呼吸を始めたかのように瑞々しい生命力に満たされていった。


 光が収まったとき、そこには驚くべき変化が起きていた。

 コレットの姿が、もはや透けていない。

 彼女は実体としての重みを持ち、その足元にははっきりと、陽光に照らされた影が落ちていた。


「……あ。……私、触れる。リアムに、触れるよ……!」


 コレットは震える手で自分の頬に触れ、それから弾かれたようにリアムの胸に飛び込んだ。

 冷たい幽霊の感触ではない。

 リアムの魔力によって再構築された彼女の体は、驚くほど柔らかく、そして温かい。


「えへへ、やったぁ! パパ、大好き! 私、もうこの家から出られない幽霊じゃないよ。この家そのもので、パパの『一番のお気に入り』だもんね!」


 コレットはリアムの首に腕を回すと、その頬に、実体化した唇で何度も何度も口づけを贈った。

 もはや「建物」としての感謝を超えた、剥き出しの独占欲。


「ちょっと! パパって呼び方は紛らわしいですわ! それに、そんなに密着するなんて、建物としての矜持はどこへ行きましたの!?」

「離れなさいよ、この図々しい館精霊! あんた、自分が一番年上(築三百年)だからって、やりたい放題じゃない!」


 セレスティアとエルナが激昂して階段を駆け上がり、リアムとコレットを引き剥がそうとする。

 だが、コレットは「べー」と舌を出して、リアムの腕の中に潜り込んだ。


「むりだよー。私はこの家そのものなんだもん。私がパパと離れたら、この家、バラバラに壊れちゃうんだから。ね、リアム?」


「……まあ、確かにコレットさんの核と僕の魔力が同調してるから、急に離れるのは構造的に不安定になるかもしれないけど……」


「ほら、パパもこう言ってるし! 今日からパパの隣で寝るのは、この家の『床』である私の特権なの!」


 カミラとベアトリスも参戦し、中央階段は未曾有の乱闘騒ぎとなった。

 だが、その騒ぎの振動すらも、今のコレットにとっては「リアムが整えてくれた家が、賑やかで幸せな証拠」として、心地よい愛撫のリズムにしか聞こえなかった。


「……ふぅ。五人……いや、家も含めて六人か。……みんながこうも騒がしいと、そろそろ本気で『大広間』の増築を考えないと、構造計算が追いつかないな」


 リアムは揉みくちゃにされながらも、新しい設計図を脳内で広げていた。

 職人としての喜びと、家主としての重すぎる責任。

 呪われた領主館は、今や世界で最も騒がしく、そして最も幸福な「生きた要塞」へと、完全に生まれ変わったのである。


Q:コレットが「パパ」と呼ぶ理由は?

A: 三百年もの間、放置され朽ち果てていた彼女(館)を、文字通り一から作り直し、新しい「命(実体)」を与えてくれたリアムを、生みの親であり、かつ依存対象である「絶対的な保護者」として認識したためです。本人的には「パパ=旦那様」という、非常に重いニュアンスが含まれています。


Q:リアムの魔力が流し込まれた影響は?

A: 楔を抜いた跡にリアムの魔力が充填されたことで、館の全ての建材がリアムの意志に従うようになりました。これにより、コレットはリアムが願うだけで「間取りを瞬時に変える」などの神業的な館の操作が可能になっています。

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