第12話:館の精霊と壁の鼓動
四人目の住人ベアトリスが加わり、館の賑やかさは頂点に達していた。
だが、リアムには一つ、どうしても納得がいかない場所があった。
「……ここだ。中央階段の三段目。踏むたびに、妙な『声』がする」
リアムは愛用の聴診器型魔導具を階段の踏み板に当て、真剣な表情で診断を下していた。
ギィ、という軋み音ではない。それは、どこか吐息にも似た、震えるような音だった。
「リアム様、また階段と対話していらっしゃいますの? 聖女の私から見ても、その執着は少し……異様ですわよ」
セレスティアが呆れたように、お盆を持って通りかかる。
「セレスティアさん。建物は生き物ですよ。特にこの館は、僕が地脈を整えてから、壁一枚一枚に意志が宿り始めている。……ほら、ここを叩くと、壁が『もっと強く』って言ってる気がするんだ」
「……気がするだけじゃなくて、実害が出てるわよ、リアム。あんたが中央の柱を磨き上げるたびに、館全体が微かに震えてるの、気づいてないの?」
エルナが耳をピコピコさせながら、不気味そうに周囲を見渡す。
リアムは構わず、階段の装飾彫刻に手をかけた。
スキル【魔導設計図】で見ると、階段から廊下、そして屋根裏へと続く「館の骨組み」そのものに、膨大な魔力の奔流が集中しているのが分かった。
それは、三百年もの間、このボロ館を見守り続けてきた『地縛霊』の核だった。
「よし。今日はこの階段と、中央吹き抜けの『全剥離洗浄』を行う。……みんな、少し揺れるかもしれないけど我慢してね」
リアムはカバンから、高純度の魔導研磨剤と、魂を浄化する「聖域のブラシ」を取り出した。
彼が狙いを定めたのは、館の心臓部。
職人としての魂を込め、リアムは中央の太い大黒柱を、一気に磨き上げた。
「スキル――【神の左官】!」
シュァァァァァァッ!!
磨かれた柱が、太陽のような黄金色の光を放つ。
三百年分の煤と呪いが一瞬で剥ぎ取られ、剥き出しになった「館の真の姿」に、リアムの指先が深く、優しく沈み込むように触れた。
「ひゃんっ!? ……ぁ、あぁぁぁんっ!!」
突如、館全体に、少女の甲高い絶叫が響き渡った。
「「「な、何事ですの!?」」」
リビングにいたヒロインたちが飛び起きた。
大黒柱の表面から、淡い光の粒が溢れ出し、それが一箇所に集まって人の形を成していく。
現れたのは、淡い水色のドレスを纏った、十二歳ほどの可憐な美少女だった。
だが、その姿は透けている。
彼女は顔を真っ赤に染め、涙目でリアムの胸ぐらを掴んだ。
「だ、だめえぇぇ! そんなに……そんなに激しく、奥まで磨かれたら……私、消えちゃう、溶けちゃうよぉぉ……!」
「……え。君、誰?」
「誰じゃないよ! 私はコレット! この館そのものなの! おじいちゃんが建ててからずっと、ボロボロで寂しかったのに……急に貴方が来て、毎日毎日、恥ずかしいところまでピカピカに磨くから……っ!」
地縛霊コレット。
彼女は、この館に宿る思念が、リアムの過剰なまでのリフォーム魔力によって「強制的に実体化」させられた、館の精霊だった。
「なるほど、館の精霊だったのか。ごめんね、建付けが悪そうだったから、つい気合が入っちゃって」
「気合入れすぎだよぉ! 柱を撫でられるだけで、私、全身がゾクゾクしちゃうんだから……っ。……あ、ああ……また、そこを……!」
リアムが「お詫びに」と、柱の傷を優しく指でなぞると、コレットはその場に座り込んで、熱い吐息を漏らした。
館の壁が彼女の肌、床が彼女の体温。
リアムの「愛あるリフォーム」は、彼女にとっては、逃げ場のない究極の愛撫と同じ意味を持っていた。
「……リアム様。これ、新しく住人を増やしたというより……『家そのものをヒロインにした』ってことですわよね?」
セレスティアが引きつった笑顔で呟く。
「……あいつ、ついに無機物にまで手を出したわね。……職人って怖いわ」
エルナが戦慄する。
「パパ……。もう、私を離さないでね……? 貴方がいないと、私、またボロボロになっちゃう……。……もっと、綺麗に……私(この家)を、愛して……っ」
コレットがリアムの足にしがみつき、潤んだ瞳で見上げる。
こうして、館そのものである五人目のヒロインが、正式にリアムのハーレム(住人)に加わった。
家の声が聞こえるようになったリアムのリフォーム道は、ついに「建物との相思相愛」という、人知を超えた領域へと突入していくのだった。
Q:コレットは幽霊なのか?
A: 正確には「館に宿った地縛霊が、リアムの魔力で精霊化した存在」です。彼女の状態は館の状態とリンクしており、館がピカピカになれば彼女も元気になり、館が傷つけば彼女も痛みを感じます。




