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第10話:漆黒の誘惑とクローゼットの秘密

 領主館の地下室。かつては湿気た空気と埃が支配していたその場所は、今やリアムの手によって「完璧な魔導貯蔵庫」へと生まれ変わろうとしていた。

 だが、その一角。リフォームの魔力がまだ届ききっていない古い石壁の隙間から、異質な「甘い香り」が漂っていた。


「……あら。私の隠れ家を見つけるなんて、野暮な殿方おのこねぇ」


 暗がりに浮かび上がったのは、夜の闇を溶かしたような漆黒のドレスを纏った美女だった。

 頭上には小さな角、背中には蝙蝠のような翼。そして何より、見る者を狂わせるほど妖艶な、紫色の瞳。

 魔王軍幹部――サキュバスのベアトリスである。


「不法侵入者……いや、不法占拠者かな。こんにちは、この館の領主のリアムです」


「あら、ご丁寧にどうも。私はベアトリス。魔界のジメジメしたアパートに飽き飽きしてねぇ、噂の『聖域』を別荘にしようと思って、ちょっとだけ地下に穴を開けさせてもらったのよ」


 ベアトリスは優雅に足を組み、手元のワイングラスを揺らした。

 サキュバスといえば、男を誘惑し精を吸う恐ろしい魔族。だが、リアムの目は彼女の背後に積まれた「山」に向けられていた。


「……ベアトリスさん。その、あなたの後ろにある膨大な荷物……全部あなたの私物ですか?」


 そこには、数百着はあろうかという豪華なドレス、数え切れないほどの靴、宝石箱、そして魔法の化粧道具が、無造作に積み上げられていた。

 あまりの物量に、地下室の床が少し沈んでいる。


「そうなのよ! 魔界って収納スペースが全然足りなくて、お気に入りの靴がカビちゃったこともあるの。ここなら快適だと思ったのに、これじゃあ足の踏み場もないわ……。貴方が噂のリフォームの達人なら、私のこの悩み、解決してくれるかしら?」


 ベアトリスはリアムの首筋に腕を回し、耳元で吐息を漏らした。

 並の男ならこれだけで骨抜きになるだろうが、リアムは職人の顔で「うーん」と唸った。


「……確かに、この収納効率の悪さは『罪』ですね。せっかくの素敵なドレスが、これでは型崩れしてしまいます」


「あら……? 誘惑が効かないどころか、私の服の心配をしてくれるなんて……」


「よし、決めた。ベアトリスさん、あなたが『住人』としてルールを守るなら、最高のクローゼットを用意しましょう」


 リアムはすぐさま、地下室の壁一面を指差した。

 スキル【万全の住空間オール・アメニティ】と、空間魔法を組み合わせたリフォームの開始だ。


「壁の厚みを異空間へと拡張。自動洗浄、自動乾燥、そして『着たい服をイメージするだけで手元に届く』検索機能付き……。名付けて【ウォークイン・マジック・クローゼット】です!」


 リアムが壁を軽く叩くと、石壁が滑らかにスライドし、中から眩いばかりの光が溢れ出した。

 そこには、外見からは想像もつかないほど広大な、白を基調とした超近代的な衣裳部屋が広がっていた。


「な、なによこれ……! ドレスが全部、浮かんで展示されているわ……!? しかも、この鏡……私の肌を一番美しく見せるようにライティングまで調整してある……っ!」


 ベアトリスは我を忘れてクローゼットに飛び込んだ。

 サキュバスとしての誇りも、魔王軍の任務も、この「最高の収納スペース」の前では無意味だった。

 彼女は鏡の前で自分を眺め、リアムが作った魔法の姿見に映る自分の美しさに、うっとりと頬を染めた。


「……決めたわ。私、ここから一歩も出ない。魔王様には、リフォームが最高すぎて退職しますって手紙を書いておくわ」


「それは困るけど……まあ、住人として契約してくれるなら歓迎ですよ」


 リアムが苦笑していると、地下室の階段から騒がしい足音が響いてきた。


「リアム様! また新しい女の気配がしますわよ!」

「ちょっとリアム! 地下にサキュバスを囲うなんて、あんた正気なの!?」

「主殿、敵襲か!? 私の剣が、不埒な妖気を感知したぞ!」


 セレスティア、エルナ、カミラの三人が武器とホウキを手に駆け込んできた。

 だが、彼女たちが目にしたのは、豪華なクローゼットの中でドレスを抱きしめて号泣している魔王軍幹部の姿だった。


「「「……は?」」」


「見なさいよ、この機能美! 私、今、世界で一番幸せな女よ! リアム、愛してるわ! 貴方のための『正妻の部屋』、今すぐこの隣に増築してあげるからね!」


「「「「いやです・いやですわ・いやだ・ダメです!!」」」」


 三人の拒絶に、リアムの否定が加わって、四人の声が地下室に綺麗に響き渡った。


 こうして、館には「家事(と着せ替え)担当」のベアトリスが加わった。

 サキュバスに狙われる領主の貞操……ではなく、増え続けるヒロインたちを収めるための「増築」に、リアムは今日も頭を悩ませるのだった。


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