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第9話:(前編)聖域の休日と騎士の酒、エルフの意地

 呪われた館をリフォームし始めてから、数週間が経った。

 かつての禍々しさはどこへやら、今や館のテラスには心地よい風が吹き抜け、色とりどりの魔法の花が咲き誇っている。


「よし、今日は工事をお休みにして、親睦会ガーデンパーティーを開こう。みんな、連日の片付けや警護で疲れているだろうからね」


 リアムの提案に、三人の居住者たちは三者三様の反応を示した。


「親睦会ですわね! 私、リアム様のお隣で給仕をさせていただきますわ!」

 今年二十歳になったばかりの聖女セレスティアが、いそいそとエプロンを整える。


「……ふむ。休息も軍略のうちだ。リアム殿の振る舞う料理を心ゆくまで堪能させてもらおう」

 白銀の鎧を脱ぎ、軽装のチュニック姿になった女騎士カミラが、期待に胸を膨らませて頷く。


「べ、別に休みなんて欲しくなかったんだけど……。あんたがどうしてもって言うなら、付き合ってあげなくもないわよ」

 エルフの姫エルナは、そっぽを向きながら尖った耳をピコピコと動かした。典型的な「ツン」の状態だが、その足取りは誰よりも早くテラスへ向かっている。


 リアムは苦笑しながら、リフォーム済みの地下貯蔵庫から、一本の重厚な木箱を取り出してきた。


「今日は特別だよ。カミラさんとエルナさんはお酒が好きだと聞いたから、蔵で見つけたヴィンテージの『魔導古酒』を開けようと思うんだ」


「「……っ!!」」


 その言葉に、騎士とエルフの目が鋭く光った。


     *


 テラスでの宴が始まった。

 リアムが石窯で焼き上げた『特製・燻製肉のピザ』と、聖域で採れた新鮮な野菜のグリルが並ぶ。


「カミラさん、このお肉、お口に合いますか?」

 セレスティアが、騎士としての威厳を忘れてピザを頬張るカミラに話しかける。


「ああ……。この脂の乗り、そしてハーブの香り……。戦場での干し肉とは天と地の差だ。セレスティア殿、貴殿の肌が最近やけに艶やかなのは、やはりこの食事のせいか?」


「ええ、それもありますけど……リアム様が私の部屋の寝具を『シルク魔導繊維』に変えてくださったおかげですわ。カミラさんも、あの洗浄リフォーム以来、一段と美しくなりましたわよね」


「……っ、よせ。騎士に美しさなど不要だ。……だが、確かに。あのリフォーム以来、肌が呼吸しているような心地よさが続いているのは事実だな」


 二十代の女性同士、美容と食事の話題で意外にも盛り上がる二人。

 一方、テラスの隅にあるベンチでは、エルナが一人でベリーのジュースを回していた。


「エルナ、どうしたの? 口に合わなかった?」

 リアムが、彼女のために用意した特製の『完熟ベリーのフローズン・スカッシュ』を差し出す。


「……別に。あんたたちが楽しそうだから、見てただけよ。……大体、人間は賑やかすぎるのよ。エルフはもっと静寂を愛するものなの」


「そうか。じゃあ、これは僕が一人で飲もうかな。せっかくエルナの魔力特性に合わせて、精神を安定させるハーブを配合した自信作だったんだけど」


 リアムがグラスを引こうとすると、エルナが慌ててその袖を掴んだ。


「ちょっと! ……誰も飲まないなんて言ってないでしょ。せ、精魂込めて作ったっていうなら、捨てちゃうのは可哀想だから、私が毒見してあげるって言ってるの!」


 ひったくるようにグラスを受け取り、ストローで一口啜るエルナ。

 瞬間、彼女の瞳がキラキラと輝いた。


「……っ! ……ふ、ふん。まあまあね。……でも、あんたのそういう、住人に媚びるみたいなマメなところ、嫌いじゃないわよ。……あ、今の、聞き流しなさいよね!」


 顔を真っ赤にしてフイと横を向くエルナ。リアムは「喜んでくれたなら良かった」と、彼女の頭を無意識に撫でようとして――ハッとして手を止めた。


「あ、ごめん。エルフは体に触られるのが嫌いだったっけ」


「……。……別に、あんたなら……『特別に』許可してあげてもいいわよ。……撫でなさいよ。リフォーム職人の義務でしょ?」


 消え入りそうな声で、エルナが呟く。

 リアムがそっとその銀髪を撫でると、彼女は猫のように目を細め、幸せそうに喉を鳴らした。


 そんな甘い空気の中、反対側ではカミラが「待ってました」と言わんばかりに、木箱から古酒を取り出していた。


「さあ、エルナ殿! ジュースもいいが、エルフといえば森の古酒エル・ヴィンテージだろう! 私とどちらが真の酒豪か、勝負といこうではないか!」


「……言ってくれるじゃない。いいわよ、騎士の根性、エルフの魔力で捻り潰してあげるわ!」


 リアムが用意したヴィンテージワインの栓が抜かれ、芳醇な香りがテラスいっぱいに広がった。

 休日の穏やかな空気は、ここから一気に「酔っ払い女子会」の様相を呈し始めるのだった。


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