第1話:呪いの館は、最高の素材でした
「――リアム・アークライト。貴様をアークライト家の名から除名し、帝国最果ての領地へと追放する。二度とその『汚らわしい手』を帝都へ向けるな」
その言葉と共に投げつけられたのは、一通の辞令と、錆びついた領主の印章だった。
帝国軍事名家アークライト家。破壊魔法の権威として知られ、戦場を更地にする「破壊の象徴」たる一族。その長男として生まれた俺、リアムに下されたのは、事実上の死刑宣告だった。
(……汚らわしい手、か。ひどい言い草だな)
俺は馬車の窓から、自分の両手を見つめる。
確かに、俺の手は一族が尊ぶ「破壊」の力を持っていない。代わりに持っていたのは、壊れたものを直し、空間を整え、安らぎを生み出す力――建築魔導。
一族にとって、それは「戦意を削ぐ軟弱な魔力」であり、忌むべき汚れだった。
だが、俺にとっては違う。
「……ようやく、誰にも邪魔されずに『家』と向き合える」
馬車が止まったのは、地図からも消えかかっている「死の森」の入り口だった。
御者は怯えた顔で俺の荷物を放り出すと、逃げるように馬車を走らせていった。
目の前に広がるのは、枯れ木が牙のように突き出た不気味な森。その奥に、俺の新しい「領地」がある。
数時間、獣道を切り開きながら歩いた先で、俺はそれを目が点になって見ていたのだろう。
「……これは、すごいな」
思わず吐息が漏れた。
そこにあったのは、かつて高名な領主が住んでいたという古い館だ。
しかし、現在は見る影もない。外壁はどす黒い蔓に覆われ、窓ガラスは割れ、屋根からは不気味な紫色の煙が立ち上っている。
何より、漂ってくる「呪い」の気配が凄まじい。普通の人間なら門をくぐっただけで発狂するレベルだろう。
だが、職人の目は誤魔化せない。
「あの外壁の石積み、西の霊山から切り出した『聖灰岩』じゃないか。今じゃ手に入らない超一級品だ。それに、あの建物の重心……三百年は経っているはずなのに、一ミリも歪んでいない。素晴らしい基礎だ!」
俺は駆け寄った。呪いの霧が肌を刺すが、気にならない。
スキル【魔導設計図】を発動する。
視界に展開されるのは、建物の三次元構造と、魔力の流れ。
「なるほど。地脈が捻じ曲げられて、負のエネルギーが館の中心に溜まる構造になっているのか。だからこれほど呪いが色濃い……。でも、逆に言えば、地脈を整え直して換気さえ良くすれば、ここは世界最高のパワースポットになるぞ」
俺はワクワクしながら、愛用の工具カバンを肩に担ぎ直した。
この館は死んでいるんじゃない。酷い「住環境の悪化」に苦しんでいるだけだ。
ならば、俺のやることは一つしかない。
ぎぃぃ、と重い音を立てて玄関の扉を開ける。
中はさらに酷い有様だった。床板は腐り、壁には怨念を帯びた血文字が浮かんでいる。だが、そんなことより俺が許せなかったのは――。
「……カビ臭い。それに、空気が全く動いていないじゃないか」
職人として、耐え難い。
俺は真っ直ぐに館の奥、最も魔力が滞っている「開かずの間」へと向かった。
扉には何重もの封印が施されていたが、そんなものは【万全の住空間】のスキルを持つ俺の前では、単なる「建付けの悪いドア」でしかない。
ドゴォォォン!
俺はカバンから取り出した建築用魔導ハンマーで、封印ごと扉を叩き壊した。
爆煙と共に部屋へ踏み込むと、そこには――。
「……だれ、か……わたしを……ころして……」
細く、かすれた声が聞こえた。
部屋の中央。異様なほど豪華だが、禍々しい刺の生えた「呪いの椅子」に、一人の少女が縛り付けられていた。
真っ白な髪は汚れ、その瞳は絶望に沈んでいる。
彼女が纏う法衣には、帝国の国教である聖教会の紋章。
「……聖女、セレスティア?」
ニュースで見たことがある。数年前、魔王の残滓を封印するために自らを犠牲にして行方不明になったという、伝説の聖女だ。
まさか、こんな場所で呪いの苗床にされていたなんて。
「……あなたも……呪いに……狂いに来たの……? お願い……もう、やめて……」
彼女の体から、黒い魔力が絶え間なく溢れ出し、それが館の壁に吸い込まれている。彼女は、この館を維持するための「電池」にされていたのだ。
セレスティアは、俺の姿を見て、恐怖に肩を震わせた。
俺の手にあるハンマーが、自分をさらに痛めつけるための道具だと思ったのだろう。
だが、俺は彼女の前に膝をつき、真剣な顔で告げた。
「セレスティアさん。とりあえず、これだけは言わせてください」
「……っ、な、に……?」
「この部屋、換気が最悪です。こんなところにいたら、呪われる前に呼吸器をやられますよ」
「……え?」
セレスティアが呆然とした声を上げる。
俺は立ち上がると、迷わず彼女の背後にある壁に向かった。
そこには、分厚い石壁がそびえ立っている。設計図によれば、ここを壊せば最高の風が通るはずだ。
「よし。まずは、風の通り道の確保からだ」
俺は魔導ハンマーを構え、魔力を込める。
一族の「破壊」の力ではない。構造を理解し、より良い形に変えるための「解体」の力。
「スキル――【神の左官】!」
ドォォォォォン!!
凄まじい衝撃音と共に、館の壁が綺麗に円形にくり抜かれた。
そこから、数十年ぶりであろう新鮮な外気と、夕焼けの光が室内に一気に流れ込んでくる。
「な……っ!? 封印の壁を、そんな、素手同然で……!?」
驚愕するセレスティア。
だが、俺の作業は終わらない。
次に俺が狙いを定めたのは、彼女を縛り付ける「呪いの椅子」だ。
「この椅子もダメだ。座面が硬すぎるし、背もたれの角度が腰に悪い。これじゃあ安眠なんて夢のまた夢ですよ。セレスティアさん、ちょっと失礼しますね」
「え、ちょっ、何を――!?」
俺は彼女を椅子ごと抱きかかえると、手際よく拘束を解き、床に敷いた魔法の防塵シートの上に彼女を横たえた。
「……あ、あれ……? 呪いの枷が……外れて……?」
「今、もっとマシな椅子に作り変えますから。職人の意地にかけて、腰痛知らずの特等席にしてあげますよ」
俺は再びハンマーを振り上げ、禍々しい呪いの椅子を思い切り叩き始めた。
火花が散り、怨念の叫びが聞こえるが、俺の【万全の住空間】スキルがそれらを全て「良質な素材の音」へと書き換えていく。
夕闇が迫る中、呪われた館の最奥から聞こえてくるのは、悲鳴ではなく、軽快な工事の音だった。
「……この人、本当に、何者なの……?」
差し込む光の中で、呆然と俺の作業を見つめる聖女。
俺と彼女の、そしてこの館の運命が大きく変わり始めた瞬間だった。
聖女セレスティア:『背徳の執教椅子』による強制循環
生存の仕組み:
この椅子は、座った者の聖魔力を「負のエネルギー」に変換して館へ供給する変換器です。聖女が死んで魔力が途絶えると、館の維持ができなくなるため、椅子は吸い取った魔力の一部を「生命維持エネルギー」に再変換して彼女の心臓に送り込み続けていました。
状態:
「極限まで腹を空かせた状態で、自分の血液を薄めて飲まされている」ような、終わりなき飢餓と循環の中にいました。リアムが椅子をリフォームしたことで、この「搾取の循環」が「癒やしの循環」へと書き換えられました。




