王女殿下の魔法
王立学園の入学式は、思ったよりもあっさり終わった。
校長の長い挨拶と、形式ばった祝辞。
正直、眠くなる内容だったが、貴族の子弟たちは皆、姿勢を正して聞いている。
こんなに長い時間姿勢を正しておける。これも立派な才能だよな。
前世で日本人だった俺には退屈で仕方なかった。それでも、公爵家に泥を塗るわけにはいかない。特に、うちの家は良くも悪くも目立ちやすい。
そんなことを考えながら、俺は入学式を終えた。
ーーーーーーーーーー
入学式を終えた生徒たちは、それぞれのクラスへと移動し、自己紹介を終えオリエンテーションへ入っていた。
「では、オリエンテーションを行う」
教師の声に、ざわりと空気が変わる。
通常のオリエンテーションといえば、仲良くなるための場として用いることが多いが、魔法学園ではそうはいかない。魔法や剣術の基礎の確認。成績には直結しないが、今後の指導方針を決める重要な場だ。
俺は、父の「あまり目立つな」という言葉を思い出していた。
あまり目立たないようにしよう。
本気でそう思っていた。
だが、運命というのは往々にして裏切ってくる。
実技場に集められた新入生たちの中で、一人だけ異質な存在がいた。
淡い金髪、澄んだ蒼い瞳。
背筋を伸ばし、完璧な所作でこの場を支配する少女。
ーーこの国の王女様。
誰が見てもそうと分かる、圧倒的な気品。
だが、その周囲だけ、妙に距離が空いていた。
・・・孤立してる、のか?
敬われている・・・周囲の反応は確かにそう読み取れる。
だが、誰も近付こうとはしない。教師ですら、必要以上に話しかけない。
教師であれば、王族に媚を売るぐらいの反応を見せると思っていたが、そうでもないらしい。
各々が魔法や剣技を見せていき、ついに彼女の名前が呼ばれた。
「アリシア=ルミナス=アークレイン殿下」
一瞬、空気が張り詰める。
その名前が響き渡ると、誰もが声をひそめ、その人物に視線を送った。
そして、彼女は一礼し静かに前へ出た。
誰もが彼女に注目する中、完璧な所作で教師からの指示を待っている。
「基礎魔法の発動を」
教師の指示に従い、アリシア様は杖を構える。
そして、詠唱を始めた瞬間、俺は違和感を覚えた。
ん?なんだ、あれは?
魔力の流れが、不自然だ。
魔力の量は多い。
流れも、質も悪くない。
なのに、途中で無理に押さえつけている。
これは、『詰まる』な
俺がそう思った瞬間、異変が起こり始めた。
彼女の放出されずに溜まった魔力が暴走しかけ、周囲の空気が大きく揺れた。
「――っ!」
彼女の顔が一瞬だけ歪む。
教師たちは身構え、生徒たちは息を呑む。
だが、ギリギリで魔法は不完全な形のまま消えた。
ーー失敗。
そう、魔法は発動しなかったのだ。不完全なままの詠唱では魔法は発動せず、空気中に霧散する。彼女の体内に詰まっていた魔力も徐々に体外へ流れ出て霧散していく。
「また、ダメだった」
彼女はそっと呟き、俯いている。握られた杖は、ぎしぎしと音が鳴るほど握りしめられていた。
そんな姿を見て、周囲には重い沈黙が落ちる。
「・・・殿下、お下がりください」
教師は淡々と告げた。
フォローも、叱責もない。
まるで、予想通りだと言わんばかりに。
周囲の囁きが、耳に入る。
「やっぱり」
「魔法の才能がないって本当だったんだ」
「昔から制御が得意ではないと聞いたが」
アリシア殿下は俯いたまま、その場を離れた。
誰も追わない。
・・・え? それで終わり?
誰も気づかないのか、こんな単純なことに。誰も彼女を助けないのか、教師のくせに。そんなのおかしいだろ。俺は、考える前に彼女を追っていた。
実技場の隅で、一人座っている彼女を見つけた。
正直、関わらない方がいいと思った。
相手は王女だ。しかも、あの反応を見ると、彼女は冷遇されているのだろう。誰にも期待されずに育ってきたのだろう。そんな彼女に関われば、俺も巻き込まれることになる。
面倒ごとは御免だ。
目立ちたくない。
――でも。
気づいたら、足が動いていた。
「・・・あの」
声をかけると、彼女は驚いたように顔を上げた。
「何か・・・?」
警戒と諦めが混じった目。誰も信用していない。みんな敵だと、誰も助けてくれないと、彼女の目はそう語っている。そんな目を見て、胸が少し痛んだ。
なんとかしてあげたい。
「あの、さっきの魔法なんですけど」
魔法の話をすれば、彼女の身体は強張り、より警戒を強めた。
だが、俺は構わず話を続けた。
「魔力、途中で止めすぎてますよ。あれでは詰まってしまいます。」
数秒の沈黙。
「・・・え?」
ぽかん、と口を開けたままのアリシア殿下。
「あと、呼吸も、もう少し深く」
彼女は戸惑いながらも、俺の声に耳を傾けた。
「・・・でも、私は、魔力が多過ぎて、かなり抑えないと暴走して、また、誰かを傷つけて」
彼女は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。苦しそうに。
「いえ、殿下なら大丈夫です」
「・・・本当に?」
「はい、あれだけ魔力を圧縮できるんですから、魔力の制御なんて朝飯前ですよ。自信を持って魔力を流し込んでください」
俺の言葉に促されるように、殿下は立ち上がり、杖を構えた。
詠唱が始まる。
今度は、魔力が途切れない。詰まることはない。
流れが整い、歪みが消えていく。
次の瞬間
澄んだ光が、周囲に静かに満ちた。
完璧な魔法。魔力も十分、しっかりとコントロールされている。
今まで見た魔法の中でも、一番美しいと思える魔法だった。
周囲が、ざわつく。
「成功・・・?」
「さっきまで失敗してたのに・・・?」
誰も驚いていたが、誰よりもアリシア殿下自身が、一番驚いていた。
自分の手を見つめ、震えている。
「・・・できた」
その声は、とても小さかった。
でも、しっかりとした声だった。
「できたじゃないですか」
俺は、できるだけ飄々とそう言った。
「きっと、コントロールが不十分な幼少期に魔法を発動して失敗したんですよね?殿下の魔力量はすごいですから。流石に小さい体では暴走して当たり前です。誰も、ちゃんと教えてくれなかっただけですよ。もう暴走はしないでしょう。自信を持ってください」
彼女が、こちらを見る。
その瞳が、大きく揺れた。
「・・・私は」
言葉を探すように、唇が震える。
「無能だと・・・ずっと」
それ以上、言えなかったようだった。
「そんなことないです」
即答だった。その言葉に嘘はない。
「少なくとも、さっきのは才能の問題じゃありません」
彼女は、しばらく黙っていた。
そして、深く息を吸い――頭を下げた。
「・・・ありがとうございます」
王女としてではない。
一人の少女としての、礼だった。
「あなたのお名前を、伺っても?」
「レオンです。レオン=アルヴィス」
俺の名前を聞き、一瞬、彼女の表情が固まる。
「・・・アルヴィス?」
あ。
やばい。
「あの、公爵家の・・・?」
「えっと、三男です」
なぜか、少し申し訳なくなる。
俺なんかが、あんな才能の塊のような家系にいることが。
だが、彼女はゆっくりと首を振った。
「・・・関係ありません」
そして、初めて柔らかく微笑った。
「私を助けてくれた方の名前です」
彼女の笑顔が、彼女の言葉が、スッと身体に入ってくる。
胸が・・・妙に落ち着かない。




