13-4
ガブリエルは父親の力を借りようと思い、キリルの城に向ったのであった。
貴族同士の婚姻は王の許可が必要だ。
そしてメルグウェンは、いくらエルギエーンの山奥から出て来たとしても貴族の娘だった。
問題はメルグウェンの父親が娘を攫われたとして王に訴えていることだった。
ガブリエルはキリルから上手い具合に王に話をしてもらえれば、メルグウェンの家族が納得するような方法が見つかるのではないかと考えていた。
だが、キリルはガブリエルがマギュスの城主の娘との縁談をふいにしたことを大層不満に思っており、息子の話を聞いて良い顔はしなかった。
ガブリエルは辛辣な言葉を吐く父親を、初めは根気良く説得しようとした。
だが元々互いに短気な性格のこともあって、話しているうちに段々声が高くなり、最後は言い争いになってしまった。
「父上が協力してくださらないなら仕方がない。私は自分で首都に赴き王に許可を貰って来ます!!」
捨て台詞を残し、ガブリエルはさっさと首都へと発ってしまったのだった。
それから既に2週間が経とうとしていた。
ガブリエルに心の中を打ち明けられていたジョスリンは、弟の留守の間に父の許しを得てやろうと必死だった。
初めてワルローズに行った時、ジョスリンは弟がバザーンから連れ帰り大事にしているという姫に興味をそそられた。
ガブリエルが妹の死に責任を感じているのは知っていた。
だから妹と同じ位の歳の娘を戦場に放っておけなかったのも頷けた。
だがメルグウェンを見たときジョスリンは、ガブリエルが彼女に対して、妹以上の気持ちを持っているのではないかと疑ったのだ。
ジョスリンはこの地方では珍しい黒髪黒目の美しい姫に好意を抱いた。
彼女は貴族の娘らしく淑やかに見えたが、弟の話によると喧嘩っ早くて剣を持たせれば男でも敵う者はそう多くないだろうとのことだった。
とても美しい目をしているとジョスリンは思った。
その表情豊かな大きな瞳は、隠し事などできないように思えた。
反対に何か疚しいことがある者がこの目に見つめられたら、さぞかし居心地悪く感じるだろう。
ジョスリンは父親に、メルグウェンが年の割りにしっかりとした美しい姫であること、パドリックが彼女にとても懐いていて、まるで血の繋がった姉のように慕っていることを熱心に説いた。
「メルグウェン姫だったら、ガブリエルが戦に向う時も、別の理由で城を留守にする時も安心して城を任せられるでしょう。ワルローズ城の住人は皆彼女をとても大切に思っていることが感じられましたし、アナもまるでスクラエラにしていたように彼女に仕えていました」
「だが何故あいつは、そんな娘がいるのにマギュスからの話を受けたのだ?」
「その時は、まだそのように考えていなかったのでは? ガビックは自分の気持ちに気づいたのは、つい最近だと言っていましたから」
「子でもできたのだろうか?」
「いや、それはないでしょう。ずっと、妹の代わりと思っていたそうですから」
「我が子ながらあいつのことは理解できぬ。せっかくの良縁を断り、何故わざわざ面倒な結婚を望むのだろう」
「愛ではないですか?」
「結婚は家と家の問題であると、あいつはあの歳になっても分からんのか」
「家とは関係なく城主になってしまったガビックですからね」
メルグウェンはパドリックを庭の隅に連れて行った。
「秘密ってなあに?」
パドリックが好奇心に目を輝かせて尋ねる。
「絶対に誰にも言っては駄目よ」
パドリックは手のひらをメルグウェンの方に向け、厳かに誓った。
「木の箍、鉄の箍、破ったら啄木鳥に突つかれ、狼に八つ裂きにされ、井戸に放り込まれ、天の火に焼かれるぞ」
「狼に八つ裂きにされちゃったら、もうどうされても構わないと思うんだけど」
メルグウェンはパドリックの目線に屈むと、ガブリエルそっくりの青みがかった灰色の瞳を覗き込んだ。
「あのね。人の体の中には心というものがあるの知ってる?」
「うん。物語の中で王子様がお姫様に私の心を貴方に捧げますって言うあれでしょ?」
「そう、その心よ」
「でも、どこから出すの?」
「出せないのよ。でも誰かをとても好きになると自然に心がその人のところに行ってしまうんだと思うわ」
パドリックは分かったような分からないような顔をした。
「それで、私の心なんだけど、うっかりしていて誰かに盗られちゃったの」
パドリックはびっくりした。
「誰に盗られたの? 心を盗むなんて人間じゃないよね? 僕、叔父上に言ってそいつを捕まえてもらうよ!」
「私が自分で取り返しに行かないと駄目なのよ」
「それって危険なの? 僕も一緒に行っていい?」
「一人で行かないと駄目なの」
パドリックががっかりした顔をしたので、メルグウェンは慌てて言った。
「だけど帰ってきたら全部貴方に話してあげるわ」
「うん。その魔物を退治したら、そいつの目玉を持ってきてくれる?」
「目玉は無理かもしれないけど。でも何か証拠を持ってきてあげるわ」
「歯でも指でも何でもいいや」
「だから私がどこに行ったか誰にも言わないのよ」
「うん、分かった」
パドリックは真面目な顔をして頷いた。