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13-3

ジェノヴェファとルモンが去り、数日後にはガブリエルもドグメールとマロを連れて旅立ったため、城は一気に寂しくなった。


その年は天候が良かったお蔭で、果樹園では李や杏が大量に採れた。


メルグウェンとパドリックは、女達がジャムや砂糖漬けを作るのを手伝った。


アナに教えてもらって、果物を捥いで洗い、種を取り、裏庭に焚かれた焚き火の上の大きな鉄鍋に放り込んでいく。


メルグウェンはパドリックが生の実を食べすぎて腹を壊さぬように見張っていた。


「パドリック、もう終わりにしないとお腹が痛くなるわよ」


「うん、後ひとつだけ」


「さっきもそう言ったじゃない。本当に後ひとつだけよ」


「うん。じゃあ、その大きいの頂戴」


山のようにあった果物がやっとなくなり、メルグウェン達はふやけた手を洗った。


パドリックは指先が李色に染まったと喜んでいる。


やがて鍋の中から沸々と音がして甘酸っぱい良い匂いが漂ってきて、パドリックは涎が垂れそうな顔をした。


出来たジャムや砂糖漬けは瓶に入れて食糧貯蔵室に保存する。


冬の間も城では果物が食べられるのだ。




2週間経ってもルモンもガブリエルも帰って来なかった。


そしてキリルの城からは、ガブリエルは更に3週間ほど留守にすることを伝えてきた。


その時初めてガブリエルが父親の城に行ったことを知ったメルグウェンは、何の用事でと不安になったが、アナや騎士達に尋ねても知らないと言われてしまった。


その日は朝から晴れていて、家具に閉まってあった敷布を虫干しするのに女達は忙しかった。


メルグウェンも自分が刺繍した敷布を広げて、木の間に張ってある紐にかけた。


風にはためく布を見ながらメルグウェンは甘酸っぱい気持ちになるのを避けられなかった。


使われることはないだろうけど。


一針一針心を込めて縫ったのだ。


あの男を想いながら。


溜息をつき、空の籠を抱えて城の方に歩き始めたメルグウェンは、後ろから聞こえてきた侍女達のおしゃべりに思わず足を止めた。


メルグウェンが立っている場所からは彼女達の姿は見えなかったが、断片的に会話が聞こえてきた。


「……では、ご結婚の許可をもらいに」


「お相手は……」


「…………この前のようなことにならぬよう……」


「それで、向こうのお城で……」


「……じゃあ、お戻りになる時は奥方とご一緒かも知れないわね」


メルグウェンは最後の言葉を聞くと、自分の部屋に走って戻った。


籠を片隅に置くと、ゆっくりと窓辺に近づいた。


とうとうその時が来てしまったのだ。


この城に戻って来てから、いつかはこうなることが分かっていた。


この幸福は長続きしないことは分かっていた筈なのに、それが現実となってしまうとこんなにも辛い。


鉄の固まりを飲み込んだように胸が苦しく、深呼吸をしても良くはならなかった。


あの時、ルモン達を見送った日、あの男が言っていた話とはこのことだったのだろう。


また私に邪魔されないように、父親の城で結婚することにしたのね?


私に話したらまた何かされると思ったのだろうか?


メルグウェンは自分の胸の中にガブリエルに対する怒りが静かに燃え上がるのを感じた。


確かに私は自分の気持ちをはっきりとあの男に伝えていない。


だけど、あの男が気付いていなかった訳がない。


大体、こうして隠れて結婚しようとすることからして、それは明らかだ。


あまりにも酷いではないか!


戻ってから話を聞いて欲しいですって?


冗談じゃない、そんな話なんか聞きたくないわ!!!


あの男が自由でなくなる前に決着をつけてやるわ。




メルグウェンはアナを説得にかかった。


「アナ、お願いよ。絶対に10日間で戻ってくるから」


「ガブリエル様に分かったら私が叱られます」


「分かりゃしないわ。あの男は留守じゃないの。あの男が戻ってくる頃には、ここに澄まして座っているわ」


「でも、どこに行かれるのです」


「それは言えない。一人で行っては駄目というなら、イアンについて来てもらうから」


アナは溜息をついた。


一生のお願いだと言って手を合わせて頼むメルグウェン。


できればその願いを叶えてあげたかった。


けど、もし姫の身に何かあったら……


アナは悩んだ。


メルグウェン様は律儀なお方だ。


10日で戻ると言ったら、絶対に戻ってこられるだろう。


姫を信じよう。


そう決心したアナは、翌朝メルグウェンに言った。


「分かりました。10日間だけ私も目を瞑りましょう。けれども、護衛はイアンだけでは不安なので、モルガド様にも頼みました」


メルグウェンは目を輝かせた。


「ありがとう、アナ。ちゃんと戻ってくるから」


ガブリエルの結婚の噂はアナの耳にも届いていたのだ。


キリルの城に勤めている従兄弟の結婚式に行った料理人が、戻ってきて仲の良い侍女に話したようだった。


できればメルグウェンには聞かせたくなかったのだが、どこかで聞いてしまったらしい。


多分姫はガブリエル様に自分の気持ちをお伝えに行かれるのでしょう。


アナはメルグウェンが悲しむだろうと思って心を痛めた。


失恋した心を癒せるのは新しい恋しかないと言われている。


モルガド様だったら姫の傷付いた心を癒してあげられるのではないかしら?


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