13-1
ある日差しの強い夏の午後、メルグウェンはラウドを持って庭に出た。
久し振りに一人だ。
パドリックは他の小姓達と武芸の稽古中だった。
弩の稽古の時は、間違ってパドリックに矢が当たるのではないかと心配だったメルグウェンも一緒にいたのだが、剣術の稽古は剣術指南のコンワールに任せることにした。
からりと晴れた夏の空は、雲ひとつなく青く澄んでいた。
メルグウェンは薬草庭園を横切ると、足取りも軽く林に向って歩いて行った。
午後には日陰になる、柔らかい草が生えた場所があるのを知っていたのだ。
だが、林に入った途端、メルグウェンは驚いて立ち止まった。
先客がいたのだ。
それは、固く抱き合っている男女だった。
メルグウェンに背を向けている女の方は、その特徴ある髪ですぐに誰だか分かった。
しかし、男の方が誰なのか気付いたメルグウェンは目を丸くした。
すぐにその場を離れるつもりだったのだが、その場面の美しさにメルグウェンは暫し見とれていた。
柔らかく降りそそぐ木漏れ日、辺りの緑に映える女の赤い髪、そしてその豊かな髪を梳り愛撫する逞しい男の手。
ふと、男の首に腕を巻きつけて接吻していた女が振り向いた。
メルグウェンは真っ赤な顔で慌てて頭を下げる。
「ごめんなさい! 邪魔するつもりはなかったの」
そして楽器を抱えたまま走り去っていった。
ジェノヴェファは低い笑い声を漏らした。
「お姫様には、ちょいとばかり刺激が強かったかねぇ」
男の色褪せた髪を撫でながら、思案するように言った。
「城主殿もさっさとモノにしてしまえば良いのに。なにを迷っているんだか。男女の仲は葡萄酒と同じで、あまり放っておくと酢になるぞ」
ガブリエルは窓から中庭を見下ろしていた。
彼はジェノヴェファに腹を立てていた。
勝手なことばかり言いやがって。
自分でもはっきりと自覚していなかった気持ちを言い当てられたのも癪に障ったし、先程すれ違った時に気になることを言われたのだ。
「あまり焦らしていると他の男に掻っ攫われるぞ。隙を狙っているのは一人じゃないようだしな」
以前ルモンからも、メルグウェンを妻にしたがっている騎士が数人いるというのは聞いている。
そのうちの一人はモルガドだろう。
俺は阿呆のように本人に尋ねたのだから。
ガブリエルは眉を顰めた。
目の下ではメルグウェンがモルガドとパバーンと楽しそうに話している。
パバーンはともかく、モルガドは女に好まれる風貌をしているのではないか?
彼の短く刈った鳶色の髪や浅黒い肌を見ながら、ガブリエルはそう思った。
それに奴の何でもはっきりさせないと気がすまない性格は、時には鬱陶しいが心根が分かっていいのかも知れぬ。
とにかく奴は忠実で勇敢な男だ。
話も上手いしユーモアもある。
モルガドが何かを言い、メルグウェンが嬉しそうに笑うのを見たガブリエルは、舌打ちすると窓際を離れた。
これが簡単なことだったら、俺だってさっさと言い寄ってるわ。
ある夜メルグウェンは、部屋を訪ねてきたジェノヴェファを訝りながらも迎え入れた。
月の美しい夜で、灯りがなくても部屋の中は煌々と明るかった。
メルグウェンの勧める椅子に腰掛けたジェノヴェファは口を開いた。
「別れの挨拶に来た。明日の朝早く、ここを発つ」
メルグウェンはびっくりした。
この前、ジェノヴェファがルモンと一緒にいる所を見て、これからずっと彼女はワルローズに残ると思っていたのだ。
これでパドリックや他の者が病にかかっても安心だと喜んでいたのだ。
「ルモンと一緒に?」
おずおずと尋ねたメルグウェンにジェノヴェファはくすっと笑った。
そして愛しそうに自分の腹を撫でながら言った。
「念願の子も授かったし、そろそろ自分の巣に帰る頃だ」
それではルモンもいなくなってしまうのか。
とっても寂しくなるけど、とメルグウェンは思った。
ルモンには幸せになって欲しい。