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メルグウェン姫と騎士ガブリエルの物語  作者: 海乃野瑠
第12章 - ジェノヴェファ
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12-10

パドリックはゆっくりと、だが確実に回復に向っていた。


しかし、ベッドに座れるようになるまで一週間もかかり、立ち上がれるようになるまで更に二週間かかった。


そして赤ん坊のように一から歩くことを覚えなければならなかった。


その間、メルグウェンはまるで親鳥のようにパドリックに付き添い見守っていた。


パドリックが苦い薬を飲むのを嫌がって泣いた時も、自分の体が思うように動かず癇癪を起こした時も、辛抱強く宥め賺して薬を飲ませ、練習を続けさせた。


ガブリエルも出来る限り時間をつくり甥の様子を見に来た。


メルグウェンについてパドリックが歩く様が肥えた家鴨の親子のようだと笑ったので、メルグウェンはムッとしたが、パドリックは喜んでガアガア騒ぎながら歩いた。


元のように庭を駆け回れるようになったのは、緑に染まった麦畑に真っ赤な芥子の花が鮮やかに映える頃であった。


パドリックが元気になると、ガブリエルは度々自分と一緒に領地の見回りに連れて行くようになった。


ワルローズ規模の町では、領主が自ら領地を見回ることは稀ではなかったのだ。


メルグウェンも出来るだけ一緒に行った。


ガブリエルは自分が城壁や税関所、港や麦畑を巡回する間、パドリックに簡単だが時間のかかる仕事を与えた。


そうすれば悪戯を思いつく暇がないからだ。


だがパドリックは大人の仲間入りを許してもらったと思い、嬉々として銅貨を仕分けて数えたり、城壁に使われている石の数を数えたりしていた。


また、ガブリエルはメルグウェンが一緒にいる時には、彼女に書記の仕事をさせた。


農作物の貢納や、レジンカ河の通行税等の記録を取りながら、メルグウェンは領地のことを知っていった。


メルグウェンは幸福だった。


色々な場所を見て歩くのも楽しかったし、一日中ガブリエルの側にいることができた。


それに前よりも自然に話せるようになったことが嬉しかった。


メルグウェンが分からないことを尋ねると、ガブリエルは馬鹿にしたりせずに丁寧に説明してくれた。


初めは笑われるのではないか、煩く思われるのではないかとビクビクしながら質問していたメルグウェンも、思ったことを自由に口にするようになった。


羊皮紙の上に屈みこんでいたメルグウェンがふと顔を上げると、ガブリエルが自分をじっと見つめていることがあった。


そんな時、メルグウェンは頬を染め慌てて書類に視線を戻したが、暫くすると目を上げガブリエルがもう自分の方を見ていないことを確認すると、そっと息を吐くのであった。




ワルローズには、レジンカ河の税関所を間に挟み海側と河側に港が二つあった。


河口の港は川辺に荷捌き地を整備したものであり、数十艘の帆船や小船を停めることができた。


主に商いに使われる活気溢れる港だ。


海に面した港は古代からあったもので、石を積んだ堤防に囲まれていた。


こちらを利用するのは漁船が多かった。


また堤防は北の国からの侵略を防ぐための城壁としての役割も果たしていた。


ある日の午後、ガブリエルは建築家と数人の騎士を伴って堤防を見回っていた。


パドリックと手を繋いで堤防の上を歩きながら、メルグウェンが船に乗りたいと言うと、前を歩いていたガブリエルが振り返って言った。


「秋になったら、船で父の城にパドリックを連れて行くことを約束している。こいつに弟か妹が生まれるのでな。その時、おまえも一緒に来たら良い」


「はい」


そう答えたメルグウェンだったが、夕日の中、港に戻ってくる漁船を眺めながら考えていた。


でも、この男は私のことを何てご両親に紹介するのかしら?


私の素性が分かったら、父上の城に戻るようにと言われてしまうのではないかしら?




建築家の話に相槌を打ちながら、ガブリエルは少し離れたところにいるメルグウェン達を見ていた。


パドリックと一緒に堤防に腰を下ろしたメルグウェンは、夕日に顔を染めて次から次にと港に入ってくる船に手を振っている。


嬉しそうなパドリックの笑い声が風に乗って届いた。


ガブリエルは胸の中が暖かくなった。


あの二人にはずっと今のように笑っていて欲しい。


最近ふと気がつくと、知らぬうちにメルグウェンのことを考えていた自分がいる。


病気が治ったパドリックの面倒を以前よりもちゃんと見てやりたいと思った。


だが、俺はあいつもついて来ると分かっているから、こんなに頻繁にパドリックを連れ出しているのではないか?


仕事をさせるのも、その間気付かれずにあいつを眺めていられるからではないのか?


真面目な顔をして、羊皮紙に鷲ペンを走らすあいつを見ているのは楽しい。


けれども、黒い艶やかな髪から覗く小さな耳や、長い睫が影を作る丸みを帯びた頬を見ていると何故か胸が苦しくなるんだ。


じっと見つめていると俺の視線を感じたのか、あいつは顔を上げて、俺と目が合うと真っ赤になっておろおろしだす。


俺はどうしようもなくあいつを抱き締めたくなって、気取られないようにそっぽを向く。


大体パドリックが病気だった時も、勿論パドリックのことは心配だったが、俺はそれ以上にあいつのことを心配していたのではなかったか?


魔女の奴は俺があいつに恋しているようなことを言っていたけど、そうなのだろうか?


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