12-9
ガブリエル、メルグウェンとルモンに囲まれたパドリックは、ジェノヴェファに薬草を煎じた薬を飲まされていた。
やっとのことでパドリックがコップ一杯の薬を飲み干すと、ジェノヴェファは彼をベッドに横たえて言った。
「やれやれ、これで一安心だ。まだ油断は禁物だがね」
そして後ろに立っているメルグウェンを見て言った。
「2時間毎に私が作る薬を飲ませてやってくれ」
「はい」
「ずっと食事をしていなかったから今日はこれだけだ。明日からはもう少し腹に溜まる物をやれるだろう」
ジェノヴェファは大人しく聞いているメルグウェンをジロジロと見た。
メルグウェンの顔は泣きすぎた所為で斑になっていた。
黒い髪は何があったのか肩に届く程の長さもない。
だが、これが城主殿が恋している相手だろう。
メルグウェンはジェノヴェファに頭を下げた。
「パドリックを救ってくださってありがとうございました」
「私は別に何もしていないさ。聞けば城主殿が蹴っ飛ばして起こしたって言うじゃないか」
メルグウェンはびっくりした顔をして、パドリックの上に屈みこんで何か話しているガブリエルの方を見た。
メルグウェンが眉を顰めて何か言おうと口を開いたのでジェノヴェファが言った。
「まあ、いいじゃないか。その結果、こうして目が覚めたのだから」
ふん、気は強そうだが、優くていい娘じゃないか。
ジェノヴェファはルモンの側に行くと、ニヤリと笑ってその腕を取った。
「私らは退散することにしよう。どちらも水入らずということで」
メルグウェンがベッドの上に屈みこむと、ガブリエルの話を黙って聞いていたパドリックがメルグウェンを見た。
「……どうしたの?」
メルグウェンが泣いているのを見て、小さな声で心配そうに聞く。
「貴方が無事だったから、嬉しくて」
そう答えるとにっこり笑ったメルグウェンを見て、安心したようにパドリックは目を閉じた。
ガブリエルはメルグウェンに言った。
「俺が看ているから、おまえも少し眠りに行け。酷い顔だぞ」
頷いたメルグウェンはパドリックの額に接吻すると、扉に向った。
部屋を出る前に立ち止まり振り返ったメルグウェンは、何か言いたそうにした。
その様子を見ていたガブリエルは言った。
「こいつの病のことで、おまえが責任を感じることはない。全て俺が悪かったのだから」
メルグウェンがなおもじっと立っていると、ガブリエルは追い払うような仕草をした。
「ほら、さっさと行けよ。まるで猿みたいな顔しているぞ」
メルグウェンはガブリエルを睨みつけると走り去った。
ジェノヴェファが自由に台所を使うことをガブリエルが許可したため、料理長は不満だった。
初めて台所に足を踏み入れたジェノヴェファは、さながら自分のテリトリーを犯された動物のように、歯をむき出して鍋を抱えている料理長を見て大笑いした。
「私はあんたの鍋を盗ろうなんて思っちゃいないよ。あの子一人の分を作るんだからこれで十分さ」
そう言って自分が持って来た小さな鉄鍋を上げて見せたので、料理長も大人しくなった。
だが、魔女が妙な薬を自分の料理に入れたりしないように、ジェノヴェファの一挙一動を見張っていた。
城の台所では10人近くの料理人が働いている。
昼食の準備をするこの時間は大層賑やかだ。
料理長が見守る中、スープを作る者、魚を下ろす者、鳥に詰め物をする者、肉串を回す者、火に薪をくべる者、皆自分の受け持った仕事に一生懸命だ。
そして4人いる見習い達は、慌しく時には料理人に叱られながら、野菜を洗って剥き、鶏の羽を毟り、調理器具を洗い、床を掃き、料理人が仕事をしやすいように雑用をこなしていた。
ジェノヴェファを手伝うようにと言われたカドーは、鍋の周りをうろうろしている。
「これ、何ですか?」
恐る恐る鍋の中を覗きながら、そう聞いたカドーにジェノヴェファが答える。
「精力剤さ。おまえさんも飲むかい?」
カドーは顔を赤くして、エンドウ豆を剥いているヌエラの方をチラチラ見ながら言った。
「えっ、いいんですか?」
椀に入ったどろっとした薬を飲み干したカドーは、うわぁ苦いと顔を顰めた。
「何が入っているのですか?」
ジェノヴェファは考える振りをして指を折った。
「蛇の皮に蜥蜴の尻尾だろ。それから蝙蝠の爪に鶯の糞。新月の夜に生まれた雄牛の睾丸に鶏の鶏冠に……」
カドーは真っ青になると口を押さえて台所を飛び出して行った。
ジェノヴェファと一緒にカドーの慌て振りを笑っていたヌエラが尋ねた。
「本当にそんな物が入っているの?」
「いや、大麦の粥に薬草を入れただけさ」