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メルグウェン姫と騎士ガブリエルの物語  作者: 海乃野瑠
第12章 - ジェノヴェファ
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12-7

メルグウェンはパドリックの手を摩りながら、必死に涙を耐えていた。


今までは話しかけると、それでも掠れた声で答えていたパドリックだったが、二日前からそうすることもなくなった。


ただ昏々と眠り続けている。


どうしたら良いのだろう?


私は何ができるのだろうか?


メルグウェンは青白いパドリックの顔を見つめながら思った。


一日一日が何と長く感じるのだろう。


あの男は約束どおり薬を持って帰ってくるのだろうか?


アナはパドリックにつきっきりのメルグウェンを心配し、少し外に出て良い空気を吸ってくるように勧めた。


薬草庭園に出たメルグウェンは、空を見上げて息を吸い込んだ。


春だ。


柔らかい日差しの中、植物はそれぞれ芽を出し、鳥は遠慮深い鳴き声を聞かせている。


そのうち一斉に賑やかになるだろう。


そこにパドリックがいないなどと考えられない。


お願いです。


あの子を助けてください。


その為には何でもしますから。


堪え切れなかった涙が一滴メルグウェンの頬を転がり落ちた。




夕暮れ時に町に入ったガブリエル達は、辺りの異様な静けさに気がついた。


ガブリエルは不吉な思いがして、城までの道を急がせた。


跳ね橋を下ろす間、我慢できずに門番に訪ねたが、亡くなったという話は聞いていないとのことだった。


中庭には誰も出迎えていなかった。


ガブリエル達は馬から下りると、ルモンが馬を厩に連れて行く間、ガブリエルとジェノヴェファはパドリックの寝室を目指して走った。


階段を駆け上がり、扉を開くと、パドリックのベッド脇に跪いていたメルグウェンが驚いて振り向いた。


ジェノヴェファは、憔悴した顔に安堵の色を浮かべたメルグウェンをしげしげと見た。


「早くパドリックを診てやってくれ」


ジェノヴェファはパドリックに近寄ると、その額に手を当て、瞼を捲ったり、口の中を覗いたりした。


そして痩せ細った手首を取り脈を測る。


側に立ったメルグウェンは留守中のことをガブリエルに報告していた。


「……医者は何度診ても、もう治っていると言うのです。どう見てもパドリック殿は死にかけているというのに!」


ジェノヴェファは立ち上がると、ガブリエルの方を向いて言った。


「その医者の言うこともあながち間違ってはおらぬ」


二人は驚いたようにジェノヴェファを見た。




ルモンがそっと部屋に入ってきて、ベッドの足元に立った。


「この子の体は癒えている。熱病は治っているのだ。だが心が病んでいて、それにより体が弱っているのだ」


「どういうことだ?」


「人とは面倒な動物で心というものがある」


「……」


「この子は去年の夏からこの城で暮らしているのだったな?」


「ああ、そうだ」


「何故こんなに幼いうちに親と引き離したのだ?」


「城主の跡取りとなれば、少年の頃から親元を離れ、騎士になるため修行を積むのは当たり前のことだ」


「それだけか?」


ガブリエルは唇を噛んだ。


確かに父親の城ではパドリックを持て余していた。


パドリックは他の子供より2年ばかり早く親の城を出されたのだった。


「だが、俺もこいつと同じ歳で、手がかかり過ぎるという理由で叔父の許に送られた」


ジェノヴェファはガブリエルを哀れむような目で見た。


「いくら似ていても人は一人一人違うのだ」


パドリックは俺よりも繊細なのかも知れぬ。


それに、とガブリエルは思った。


俺には兄上がいた。


俺を肉親として愛し、庇ってくれる兄上が。


ガブリエルは眠っているパドリックの顔を見ながら言った。


「この城の者は皆パドリックを可愛がっていた」


ジェノヴェファは部屋にいる皆を見回しながら尋ねた。


「この子と特に親しかった者が最近死んだというようなことはなかったか?」


「いや」


「可愛がっていた動物などは?」


「それもない」


ジェノヴェファは溜息をつくと呟いた。


「では信じていた誰かに裏切られたのか」


ガブリエルは途方に暮れた顔をした。


その時、メルグウェンが叫び声を上げた。


そして、恐怖に見開いた目で皆を見回すと、口元を押さえて部屋を飛び出した。


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