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「それは無理だ。20年後に急に跡継ぎだなどと名乗り出られては困る」
「そのようなことは決してない。私は女の子を産むのだから」
「……それでもやっぱり、その話は受けられない」
ガブリエルがそう答えると、ジェノヴェファはせせら笑った。
「昔はもっと度胸があったのではないか?」
「度胸の問題ではない」
「ほほぉ、小姓殿も恋をする年頃になったか」
「俺はもう小姓ではないぞ」
「城主殿は大切な女がいるのだろう? 悲しませたくないのだろう?」
「大事にしている女はいるが、恋人ではない」
「自覚していないという訳か。では聞くが、城主殿はその女を他の男に与えられるか?」
「そのつもりだったのだが」
「そうか? 他の男がその女を抱き、口と口を合わせ、肌と肌を重ねても良いのか?」
ガタンと音をたててガブリエルは立ち上がった。
そして、平然と座っているジェノヴェファを上から睨みつけると言った。
「話を逸らすのは止めろ」
「報酬について話し合っていたのではないか」
ジェノヴェファはしゃあしゃあと答えた。
ガブリエルは苛立った声を上げた。
「時間がないのだ!! こうやって話している間にもあいつは」
「ガブリエル様」
ルモンが遮った。
ルモンはジェノヴェファの方に向き直って言った。
「私ではガブリエル様の代わりにはなれないか?」
「おい、ルモン!」
「子供だけが欲しいと言うならそれでも良いが、貴方が受け入れてくれるなら、私は貴方を妻に迎えたい」
ガブリエルは口をあんぐり開けてルモンを見ていた。
ジェノヴェファはルモンを観察するようにジロジロ見ている。
やっと話せるようになったガブリエルが慌てて言う。
「ルモン、俺の為に犠牲になる必要はないぞ」
ルモンはガブリエルの方は見ず、ジェノヴェファを見つめたまま言った。
「犠牲なんかじゃない。私は貴方を初めて見た瞬間、恋に落ちた」
ジェノヴェファはルモンを優しい目で見た。
「……良いだろう。城主殿の甥を診に行こう」
ルモンとガブリエルは目を輝かせた。
ジェノヴェファはそんな二人を見て言った。
「何故か、おまえたちは二人とも神秘な力に守られているように感じるのだ。こういう力に逆らってはならぬ」
「神秘な力だと?」
「ああ、霊の力か、妖精の力か」
「妖精の……」
ガブリエルは自分の首から月長石の首飾りを外した。
「もしかして、これのことか?」
その首飾りを手に取ったジェノヴェファは答えた。
「そうだ。城主殿はこの月長石に守られている。絶対外さない方が良いだろう。だが」
ルモンの方を向いてジェノヴェファは頷いた。
「騎士殿は生まれながらにして、この力に守られているようだ。しかし、結婚の申し込みについては考えさせて欲しい」
話が決まったのなら、すぐに出発したいと言ったガブリエルにジェノヴェファは答えた。
「準備をするので2時間程、時間が欲しい。準備ができたら城に行く」
ルモンと城に戻りながらガブリエルが聞いた。
「本当に妻にするつもりか? あの女は俺が10歳の頃、既に大人だった。いくら美人でも、俺達より10は年上だぞ」
「歳など関係ありません。彼女を見た瞬間、運命を感じたんですから」
ガブリエルは溜息をついた。
「あの女に魔法をかけられてしまったのかも知れんな」
とにかく、これでワルローズに戻れる。
一刻も早くパドリックの側に戻りたかった。
そしてパドリックを看病しているメルグウェンの許に。