12-5
古びた木の扉には動物の足のような物が沢山釘で打ち付けてあった。
鹿や猪だろうか?
すっかり干からびてしまっている。
「魔除けですかね」
ガブリエルは扉を開くと薄暗い家の中を覗いた。
「誰かいるのか?」
答えはなかった。
「留守でしょうか?」
「裏庭かも知れん」
二人が家を回って裏庭に行こうとした時、スルリと足元を掠めて走っていった動物がいた。
黒猫のように見えたが、イタチか何かかも知れなかった。
その後から背の高い、燃えるような髪をした女が近づいてきた。
濃い緑色の服を着て白い前掛けをつけている。
女はガブリエルとルモンの前で立ち止まると、二人をじろじろと順に見てニヤッと笑った。
そして歌うように言った。
「これはまた、美味そうな活きのいいのが2匹」
二人は顔を見合わせた。
「ジェノヴェファ」
ガブリエルが声をかけた。
「おや、馴染みかい?」
「俺を覚えているか?」
女はガブリエルの灰色の瞳を覗きこんだ。
ガブリエルは森の中の湖に引き込まれるような気がした。
ふと水面に波紋が広がったと思うと、女はからからと笑い声を立てた。
「小生意気な小姓殿ではないか。随分と育ったな」
「あんたは変わらないな」
ガブリエルも笑いながら答えた。
女の家に入り、ガブリエルとルモンは暖炉の前に座った。
ルモンは物珍しそうに部屋の中を眺めている。
天井の梁からそれは様々な物がぶら下がっていたのだ。
薬草の束、何か動物の干からびた死骸、羽とガラス玉で作った飾りのような物、木の皮、何かが入った大小の麻の袋……
ルモンはそれからジェノヴェファに視線を移した。
火の中に薬草を一掴み放り込んだ女は、暖炉の中に吊るしてある鉄鍋の中の物をしゃもじでかき混ぜている。
赤い縮れた髪の間に覗いている顔は彫が深く美しかった。
どことなく威厳の備わったその風貌は女王を思わせる。
幾つぐらいなのだろうとルモンは思った。
ジェノヴェファは20歳とも40歳とも見えたのだ。
ガブリエルは、ジェノヴェファが鉄鍋で煮込んでいたスープを二人に勧め、両手を前掛けで拭いて二人の前に腰掛けるまで黙っていた。
「これは何ですか?」
スープの入った椀を受け取ったルモンが尋ねた。
「不老不死の霊薬さ」
「いや、魚のスープだろ?」
材料が何であるにしろ、こくがあって美味いスープだった。
ガブリエルは、空になった椀をテーブルに置くと話し始めた。
ワルローズの城主となった経緯を語り、城に幼い甥を預かっていることを説明した。
パドリックが数日前から病にかかって臥せっていることを話すと、ジェノヴェファは言った。
「それで私が治すことができると思ったのかい?」
「ああ。俺はあんたの力を信じている」
「アランダルスの医者は信じないのか?」
「さあ? 叔父上はとても効果があるようなことを言っていたが」
「いくら病を治しても、根源がなくならなければ意味がないのだ」
「病を引き起こした原因ということか?」
「そうだ」
ジェノヴェファは暫く考えていたが、ガブリエルを見ると言った。
「それで報酬は?」
「何が望みだ?」
「私には自分の知識を受け継がせる子がいない。だから、女の子が一人欲しい」
「欲しいったって、攫ってくる訳にもいかんだろ?」
「自分の血を分けた子が欲しいのだ」
ガブリエルはジェノヴェファの緑色の瞳をじっと見つめた。