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バザーンはエルギエーン地方の北西にある町で、海に向かって馬で5日程かかる所にあった。
野薔薇が咲き誇る夏の初めのある朝、メルグウェンは父と6人の騎士に守られバザーンに旅立った。
城の中庭には、母と弟が一行を見送りに出ていた。
父に留守を頼まれたマルカリードは不安そうな顔だが、ネヴェンテルとの絆もできた今、そんなに心配することはなさそうだった。
ダネールの奥方は、挨拶に近づいたメルグウェンに目を合わせず、お幸せにと呟いただけだった。
母親のそんな態度に慣れているメルグウェンは無言で腰を屈めると、隣に控えている召使から手綱を受け取り馬上の人となった。
乗馬は好きなメルグウェンだが、何日も続けて馬に乗るのは流石に慣れておらず、初めの数日はかなりきつかった。
馬から下りられるのは、昼食を取る時と夜宿を借りる時だけだ。
だが慣れてくると、自分の隣を行く滅多に口を開かない父親に色々と質問をしては、回りの景色に目を輝かすのだった。
幸い晴天に恵まれて旅は順調に進み、盗賊に襲われることも、霧で迷子になることもなく、終わりに近づきつつあった。
町に近づいた証拠に、馬に乗った旅人にすれ違ったり、馬車の百姓を追い越したりすることが多くなった。
バザーンに入るには、パエール河に架かる橋を渡った。
河には小船が行き交い、橋の上は荷馬車や家畜、荷物を抱えた人々でごったがえしており、メルグウェンは目を見張った。
ダネールの城下町は小さかったため、この様に大勢の人を見るのは初めてだった。
一行はのろのろと進む列に並び、橋を渡った所にある門でダネールは人数分の通行費を支払った。
元々バザーンはパエール河沿いの小さな村であったが、2世紀程前から河と陸の交通路を使う商人が住み着き栄えたという。
その時の城主が町全体を囲う頑丈な城壁を作らせたため、敵に攻められてもバザーンは落ちることなく、ますます富み栄え現在に至る。
昼前だったが、その日はバザーンの町に泊まり、翌朝、町の東にある修道院に行く予定だった。
宿屋で昼食を取った後、ダネールは娘を伴い、バザーンの城主に挨拶に向かった。
城は修道院とは反対に町の西側にあった。
宿屋の親父の話では、城主のザルビエルは奥方、娘二人と長女の婿と暮らしているとのことだった。
息子に恵まれなかった城主は、昨年結婚した長女の婿を跡継ぎに決めた。
十数年の間、万が一城主に何かあったらと不安だった町の人々もようやく一安心したそうだ。
婿はまだ若く城主としては未熟だが、王家の遠縁にあたるフィルド家の次男で将来を期待されている。
長年、ザルビエルに養子を取るよう強く勧めていた町の長老達も満足いく婿であった。
夫の話に頷きながら一行に給仕をしていた女将も口を挟む。
「噂によるとジルード様の都仕込みの立ち振る舞いと見栄えの良さにエステル姫はぞっこんだそうですよ。こんなに幸せな結婚はありますまい」
「そうだな。後はお二人の跡継ぎが生まれるのを待つばかりだなあ」
お喋りな女将は、自分は出席していない婚礼の模様を詳細を加えて熱心に旅人達に語るのだった。