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しかし、パドリックは中々良くならなかった。
数日すると熱は下がったのだが食欲が全然なく、スープ以外は食べようとしない。
そのうち枕から頭が上げられなくなり、一日中うつらうつらとしているようになった。
ふっくらと桃色だった頬もすっかりこけてしまった。
いつも好奇心に満ちて輝いていた目も光を失い、落ち窪んでしまっている。
メルグウェンは心配でならなかった。
このまま衰弱していって死んでしまうのではないか?
医師は熱は下がったのだからもう治る筈だと言い、血を採ろうとしたのでメルグウェンは怒って部屋から追い出した。
その日も殆ど一日中パドリックの側で身体をさすってやっていたメルグウェンだったが、夜になって自分のベッドに入ると不安で堪らなくなった。
起き上がると燭代に火を灯し、肌着の上に外套を羽織り部屋を出た。
暗い廊下を歩きながら、パドリックが夜中に城の中を徘徊するのをとても好きだったのを思い出した。
一人で歩き回って怪我などしないように、メルグウェンはパドリックの夜の冒険に何度かついて行ったことがある。
その時、恐くないのかと尋ねたメルグウェンにパドリックは笑って答えたのだった。
「暗いと昼間と違う世界みたいで面白いよ」
メルグウェンは頑丈な木の扉の前に立って深呼吸した。
鍵がかかっているのかしら?
だが、力を入れて引くと扉は僅かに軋んで開いた。
メルグウェンは薄暗い部屋の中を見回した。
ベッドには誰もいないようだ。
扉が音をたてて閉まり、メルグウェンは飛び上がった。
ああ、びっくりした!
どこにいるのだろう?
まだ広間にいるのかしら?
それとも、もしかして…
メルグウェンは嫌な思いを打ち消すように頭を振った。
広間に下りて行ってみようか?
メルグウェンがそう思って扉の方に行きかけた時、急に扉が開きガブリエルが入って来た。
メルグウェンを見てびっくりしたように立ち止まる。
「…随分と大胆だな」
メルグウェンは薄暗い部屋の中でも分かるように真っ赤になり、慌てて外套の前を掻き合わせた。
「勘違いしないでください!」
「俺の部屋で何をしている?」
「こんな時間にお部屋を訪ねるなんて非常識だと思うけど、お願いがあって来ました」
ガブリエルは真面目な顔になり、メルグウェンに続きを話すよう促した。
「パドリック殿のことです。熱は下がったのに悪くなる一方だし、あの医者はいい加減なことばかり言うし、もう心配で心配で…」
メルグウェンは言葉に詰まり、涙をこぼした。
「お願いです。貴方の知っている魔女の住んでいる場所を教えてください。私が訪ねて行ってパドリック殿のために薬を貰って来ます」
ガブリエルはクッと笑いを漏らした。
「考えていることは一緒だな。夜が明け次第、ルモンと二人で行って来る」
メルグウェンはその時初めてガブリエルが鎖帷子を身に纏っていることに気がついた。
「8日後に絶対薬を持って帰ってくる。それまでパドリックのことをよろしく頼む」
涙を拭いたメルグウェンは、黙って頷いた。
数時間後、まだ夜が明けきらぬうちにガブリエルとルモンは旅立って行った。
二人を見送ったメルグウェンは自分の部屋に戻った。
これから、とても長い一週間となるだろう。
パドリックはガブリエル達が戻ってくるまで、はたして生きているのだろうか?
メルグウェンは自分の幼い兄弟のことを思った。
彼らの死が原因で気の病にかかってしまった母親の気持ちが分かる気がした。
メルグウェンはいても立ってもいられなくなり、パドリックの部屋に向った。
そっと部屋に入りベッドの側に座る。
パドリックは眠っているようだった。
ちゃんと息をしているのを確かめたメルグウェンは溜息をついた。
先程ガブリエルに言われたことが思い出された。
両親に知らせたのかと尋ねたメルグウェンにガブリエルは答えたのだった。
「パドリックの母親は妊婦だ。万が一熱病がうつったりしてはまずいので見舞いに来ないように言ってある」
「ではジョスリン様は?」
「兄上も同じだ。父上の城の跡継ぎが二人共病にかかったりしたら困るのだ」
「まだあんなに小さいのに一人で可哀想だわ」
「パドリックは大層おまえに懐いている」
「でも私は家族ではないわ」
「血が繋がっていないからか?あいつはおまえを本当の姉のように慕っているぞ」
「私もパドリック殿のことはとても好きよ」
そう言ったメルグウェンをガブリエルは優しく見下ろして言った。
「おまえがあいつの側にいてくれて良かった」